第42話「長良親子」
はあ、はあ、とお互い罵倒合戦に疲れて息を切らしている。
彼女の疲労は着衣にも表れていて、旅館の浴衣からはみ出た胸の谷間が、不意に瀧本の浴場を掻き立てる。
おそらくアシュリーよりも出るところは出ているだろう。
瀧本はプイ、とガーネットから目を逸らした。
向こうは気付いていなかったけれど、ナタリーはそのオスの目を完全に逃しはしなかった。
「おい貴様、今どこを見ていた」
「いや、別に」
「いいから答えろ。なに、別に怒ったりしないから、ほら、言ってみろ。どうせ私にはないものに夢中になっていたんだろう? え?」
ナタリーの笑みは恐怖そのもので、声色も明らかに怒りが乗せられている。
確かに彼女のスラリとしたシルエットに劣情を抱くのは、そういうフェチがないと難しいだろう。
そんなやり取りをする2人にクエスチョンマークを浮かべながら、アシュリーはアズベルトに問いかける。
「それで、相棒というのは?」
「そうだな。説明すると長くなるんだけど」
アズベルトは立ち上がり、部屋の襖を開ける。
「ちょっと俺の部屋まで来てくれないかな」
彼はそう言うと瀧本たちの了承も得ずに廊下に出た。
こうなってしまうと追いかけるほかない。
ガーネットに目線をやると、彼女もただ頷くだけで、瀧本たちもアズベルトの跡を追いかけた。
歩くこと数分、瀧本たちはアズベルトたちの部屋に入る。
「お邪魔します」
襖を開けると、そこにはまた見知らぬ人たちが座っていた。
一人は大学生くらいの青年だ。
金髪に染め上げた短髪だが、頭頂部は黒く、まるでプリンのような頭をしている。
もう一人は30代くらいの女性。
穏やかな表情を浮かべながら、ずず、とお茶を飲んでいる。
2人は姉妹だろうか。
いや、ひょっとしたら親子かもしれない。
女性は瀧本たちの驚くことなどせずに、いらっしゃい、とニッコリと微笑んでいた。
さすがに青年の方は何が起きているのかわからない様子で、え、え、とアズベルトとガーネットを何度も見返す。
「ちょ、アズ、この人たち誰?」
「俺の知り合いだ。この宿で偶然出会って連れてきた。いろいろ話もしたいからな」
へえ、と青年は相槌を打った。
彼は瀧本たちに目を向けると、女性と同じように優しい表情になった。
「初めまして。俺は
「私は長良
ふふ、と恵子は微笑み、瀧本に名刺を渡した。
アンティークショップ「アルカンシエル」
確かフランス語で「虹」を意味する単語だったような、と瀧本は思い返す。
「私の父がね、フランスに行った時に見た虹が綺麗だったからって言ってつけた名前なんです。当然ラルクのファンでもあって」
「すごいファンキーなお父様だったんですね」
「そうなの。だから亡くなる時は本当にあっという間だったわ。もう3年前かしらね」
少しだけ部屋の空気が重たくなる。
きっと恵子にとって、この話はそこまで重たいものではなかったのだが、内容が内容だけに、瀧本たちはどう反応すればいいのかわからない。
「あら、ごめんなさい。気にしないで」
「いやいや、初対面で死人の話をされたら普通誰だって困惑するでしょ」
はあ、と翔は溜息を吐きながら恵子に話しかける。
「すみません。母、少し天然が入っているみたいで」
「あはは、でも楽しそうなお母さんですね」
「ちょっと抜けてるだけですよ」
翔は瀧本たちに対して丁寧に受け答えをする。
耳にはいくつかピアスが空いており、派手な見た目の割にはかなり物腰の低い、そんなギャップに少し困惑しつつあった。
瀧本たちも自己紹介をし、ようやくアズベルトの話を聞く。
ここまで随分と長い道のりだった。
「さっきも話した通り、4年前俺は何者かに襲われ、この世界にやってきた。もちろん食うものもないし、途方に暮れていた。そんな俺を助けてくれたのが翔の爺さんだ。それから俺は翔たちの厄介になってる」
「それはなんとなく察していました。それで、そのガーネットさんとはいったいどのようなご関係で?」
「ああ、こいつな。こいつはな、人間じゃないんだ」
アズベルトの言葉に、瀧本の思考は完全に停止した。
だって、普通に彼女は笑っているし、実際目の前でちゃんと動いているし、会話だって問題なくできている。
まさかアンドロイドなのか?
しかし現代技術でこれほど高性能なロボットなんてできない。
アシュリーもナタリーも、ポカンと開いた口が塞がらない状態だった。
まあそうだよな、とアズベルトは呟き、懐から人形を取り出す。
美術部がポージングの練習として使っていそうな人形だ。
それが服を着ているのに少し違和感はあるけれど。
「ちょっと見てろ」
アズベルトはまた何かを取り出した。
今度は濃い青の小さな宝石だ。
彼はその宝石を人形に挿し込む。
すると、人形は自立し、瀧本たちの目の前で直立する。
「簡単に言ってしまえば、ガーネットはこれと同じ原理なんだ」
そう説明されても、理解できるほど瀧本の頭は賢くない。
もはや何でもありだ、と引きつった笑いしか出なかった。
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