第41話「アズベルト」

 アズベルト、と呼ばれた男性は、アシュリーを見て目を丸くしながら彼女の元へ向かってきた。

 近くになれば余計に彼の体つきの良さがわかる。

 目測だけでも180cmはあるだろう。

 ただそれだけで威圧的な雰囲気があった


「アシュリー? アシュリーなのか?」


 アズベルトは興奮気味でアシュリーに詰め寄る。

 しかし彼の瞳は無邪気な子供のようであった。


 アシュリーもナタリーも彼の姿を見て驚きを隠せないでいた。

 だけど身体からは喜びを隠せないでいる。


 彼はニコニコと嬉しそうにアシュリーたちと会話を続ける。


「まさかアシュリーやナタリーもこっちの世界に来ていたとはな」

「それはこっちの台詞です。私は、てっきり死んだものかとばかり思っていて……」

「そっか。心配させたな、ごめん」


 アシュリーの瞳が潤んでいる。

 彼女にとってアズベルトという男性は、それほど大きな存在だったのだろう。

 向こうではどんな関係だったのだろうか。

 少し心の中に黒いもやが生まれた。


 アズベルトが瀧本の方に注目する。


「お前さん、ひょっとしてアシュリーの恋人か?」

「いえ、違います、けど、一緒には住んでいて……」

「ほう」


 ニヤリ、と意地の悪い笑みを彼は浮かべた。

 なんだかこういうところは矢野そっくりだ。


 すかさずアシュリーがフォローに回る。


「こちら、瀧本爽太さんです。私達がこちらに迷い込んだ際、助けて頂きました」

「そっかあ、お前さんが。どうもありがとうな」


 ブンブンとアズベルトは瀧本の手を掴んで力いっぱい振る。

 その力があまりにも強くて、腕が引きちぎれてしまいそうだ。


 そんな彼を制止するように、どこからかアズベルトの名前を呼ぶ声が聞こえた。


「アズベルト! また人様に迷惑かけて、まったく、少しは遠慮と言うものを学んではどうですか?」

「お前に言われる筋合いはねえよ! お節介の癖に」

「私はあなたのことを思っていっているんです!」

「それがお節介だって言ってるんだ!」


 突然目の前で痴話喧嘩が始まった。

 透き通るような緋色の髪をした浴衣少女は、アズベルトに対してものすごい剣幕を立てている。

 それに対して彼も負けじと応戦していた。


 あまり人がいなくてよかった、と瀧本は思う。

 だってもしここが人の往来が多い場所だったら、間違いなく注目の的になっていたことだろう。

 とはいえ、ここは公共の場になっていることだから、他人の迷惑であることに変わりはない。


「あの、2人とも、喧嘩をするなら移動しませんか? 私も、アズベルトといろいろ話したいこともありますし」


 アシュリーの提案に、2人は静かになる。

 どうやら冷静になれたらしい。

 そうだな、と返事をしたアズベルトは、そのまま瀧本たちの部屋へと向かった。


 道中、瀧本はナタリーに小声で尋ねる。


「なあ、アシュリーとアズベルトさんってどういう関係だったんだ?」

「別になんでもない、ただの幼馴染だ。と言っても、私たちは貴族で、向こうは王家に仕える宝石職人。立場は全然違っていたけどな」


 へえ、と瀧本は相槌を打つ。

 立場が違うのなら、アズベルトがアシュリーに対してこんなにもフランクに接することがあまりにも不思議だった。

 こういう貴族社会は身分の差にとても厳しいのではないのだろうか。


 それに、あの緋色の髪の少女のことも謎だ。

 彼女もひょっとしたら異世界人なのだろうか。

 ナタリーに何者なのか尋ねたけれど、彼女も知らないらしい。


 瀧本たちの部屋に戻り、それぞれ机を挟んで向かい合った。

 緋色の少女はまだアズベルトに対して小言を言っている。

 それに構わず、アズベルトは話を切り出した。


「まずは自己紹介だな。俺はアズベルト。向こうでは宝石職人をやっていた。王様の王冠とか、姫様のペンダントとか、城のシャンデリアの装飾とか、いろいろ作ってたな」

「懐かしいですね。父も母も、とても喜んでいました。ですがある時急に行方不明になってしまって……」

「ああ、あれは宝石の素材を集めてた時だな。何者かに襲われて、気が付けばこの世界に来ていた。それが4年前だったかな」


 4年か。

 瀧本は心の中で溜息に似たような息を吐く。

 全く知らない土地で4年、どんな気持ちで生きてきたのだろう。

 もちろん向こうの時間の流れ方と相違があるかもしれないけれど、それを差し引いても4年という月日はあまりにも長い。


「えっと……アズベルトさん?」

「アズベルトでいいよ。そんなにかしこまらなくても」


 彼は全く動じず、ニッコリと笑った。

 その笑顔に、瀧本の緊張も少しほぐれる。


「アズベルト。失礼なことを訊くけど、君は何歳なんだ?」

「21だ。アシュリーの1つ上」

「そうか……大変だったね」


 そんな単純な言葉しか思い浮かばなかった。

 大変だったかどうかを何も知らない瀧本が決めるのもどうかと思ったけれど、こんな陳腐な台詞しか出てこない。


 アシュリーは残っていた疑問点をアズベルトにぶつける。


「ところで、その隣の女性は?」

「ああ、こいつはガーネット。俺の相棒だ」

「初めまして、ガーネットです! 向こうの世界ではアズベルトが迷惑をかけたようで」

「迷惑なんてかけてねえよ!」


 また痴話喧嘩が始まった。

 こうなるとなかなか止まらないようで、2人が落ち着くまでに10分も要してしまった。

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