第40話「楽しいことは、いつか終わるけれど」
3人はパラソルの下で、海原を眺めていた。
まだ3時過ぎだが、既に撤収準備を始めている利用客も少なくない。
この後は宿に行く予定だ。
まだチェックインの時間には余裕がある。
が、これ以上は体力がもたないし、さすがにナタリーも遊び疲れたようで、アシュリーの肩を借りてスヤスヤと気持ちよさそうに眠っている。
「少し早いけど、そろそろ宿に行こうか」
「そうですね、ナタリーも疲れているみたいですし」
アシュリーはポンポンとナタリーの身体を軽く叩き、彼女を起こす。
ふにゃ、と締まりのない声と共に、ナタリーは目を醒ました。
「そろそろ宿に行きますよ。着替えに行きましょう」
「そうですね、そうしましょう」
まだ寝ぼけているのか、ナタリーの言葉の輪郭が定まらない。
アシュリーに連れていかれるがまま、ナタリーは更衣室に向かう。
手を引っ張られる姿はさながら幼い姉妹のようだ。
彼女たちが更衣室に行っている間、瀧本はぼうっと水平線を眺めていた。
綺麗な海だ。
水面がキラキラときらめいていて、斜陽がいつもよりも眩しく感じる。
「何をそんなに黄昏ているんですか?」
アシュリーの声がしたので、振り返って見た。
彼女たちは夏らしくTシャツにジーンズという格好をしていた。
おそろいの格好をしているのもやはり姉妹らしい。
「別に、ただ綺麗だなって」
「そうですね、綺麗です」
アシュリーも海を眺める。
水平線はどこまでも遠く広がっていて、自分の存在さえもがちっぽけなものに思えてくるけれど、アシュリーはどうだろう。
そんなことを考えながら、瀧本は立ち上がり、更衣室に向かった。
着替え終えて、瀧本たちは撤収作業を進める。
こうやって片づけをしている時間は、昔も今も少しもの悲しい。
楽しかった時間を自分たちで終わらせているような感じがして、この時間がずっと続けばいいのに、と考えてしまう。
だけどアシュリーたちと一緒に居たら、いろんな楽しいことに出会えるだろう。
その度に悲しい気持ちが生まれるかもしれないけれど、それ以上に楽しい思い出がどんどん増えていく気がする。
よし、と瀧本は荷物を片付け、レンタカーに運んでいく。
「宿行くか」
「はい」
3人は砂浜を後にし、予約していた宿に向かった。
車を走らせること数分、やって来たのはこじんまりとした、民家のような建物だ。
趣があり、どこか落ち着いている雰囲気がある。
「ようこそいらっしゃいました」
女将の女性が愛想良く出迎えてくれた。
「予約していた瀧本です」
「瀧本様ですね。ええっと……はい。それではこちらにご案内致します」
女将さんが案内してくれたその部屋は、12畳の広々とした和室だ。
2部屋予約しようかと思ったのだが、予算の問題でそれは出来なかった。
案の定ナタリーはアシュリーを守らんとばかりに瀧本を睨んでいる。
「それではごゆっくりどうぞ」
ピシャリと襖が閉まった。
畳の香りが旅行の高揚感を落ち着かせる。
とはいえ、胸の内にある好奇心のエンジンは未だに回転したままなのだけれど。
「こういう所、初めて来ました。落ち着いた雰囲気があっていいですね」
「そうですね。こんな場所を知っていたなんて、瀧本にも感謝しないとな」
「僕はただ、ネットで調べただけだよ。だけどそうだな、こんな風に旅行に行くことなんて、大人になってから全然してこなかったから、今とても楽しい」
へへへ、と少年のように瀧本は笑った。
すると、アシュリーとナタリーは何かに気付いた様子で、そわそわと周囲を見渡し始めた。
瀧本もつられて部屋の中を探すが、なにも珍しいものは見つからない。
「どうしたの?」
「いや、妙な気配がしてな。おそらく向こうの世界……つまり私たちが元居た世界の住人の気配なのだと思うが」
向こうの世界の住人。
その言葉を聞いて一気に部屋の空気が不穏に変わる。
アシュリーとナタリーがこの世界に飛ばされた共通点、それが何者かに襲われた、という点である。
その能力がいかほどのものかはわからないけれど、攻撃の際の影響で2人がこの世界にやって来たのだとしたら、元凶そのものがこちらにやってきてもおかしくはないだろう。
「もしかしてさ、その正体って、君たちを襲った相手なんじゃないの?」
「いえ、それは違うかと。今感じ取っているのは、あんな邪悪なものではありませんでしたから」
「そう、なんだ……」
それを聞いて安堵する。
けれど、なおさらその正体が気になる。
「確かめに行こうか」
「そうですね……今のところ危険性も少ないですし、私としても正体を判明させておきたいところです。ナタリーも行きますか?」
「お姉様が行くのなら、私も参りましょう」
こうして、瀧本たちは謎の気配の正体を探るべく、部屋を出た。
何事もなくあってほしい、という瀧本の淡い願いは、ものの数十秒で打ち砕かれることとなる。
エントランスにやって来た途端、明らかにそれだと言わんばかりの人物がいた。
ガタイが整っていて、遠くからでも目立つような赤い短髪の男。
間違いなく、彼がアシュリーたちが感じ取った気配の正体だろう。
「……アズベルト?」
アシュリーは目を見開かせ、彼を凝視していた。
どうやら、瀧本の予想は当たっていたみたいだ。
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