第3章

第38話「海に行こう!」

 8月。

 お盆シーズンとなり、瀧本たち3人は旅行で隣県の海辺に来ていた。

 社会人に夏休みなどなく、このようないつもより長めの休暇が大事になってくる。


 レンタカーの窓から顔を出し、アシュリーは汐風を感じ取った。


「海ですね、爽太さん」

「そうだな。天気もいいし、絶好の海水浴日和だ」


 海に行きたいと言い出したのはアシュリーだった。

 なんでも彼女たちの故郷はかなり内陸部にあり、港に行く機会なんて年に一度あるかないからしい。


「ねえ、せっかくの長期休暇ですし、行きましょう?」

「お姉様がそう言っているんだ。わがままに応えてやれ」


 ナタリーも大義名分は姉のためを謳っているけれど、目は「自分も遊びたい」という主張を隠しきれていなかった。

 毅然とした態度を取っていても、やはり中身はまだ10代、まだまだ遊び足りない部分はあるのだろう。


 瀧本は駐車場に車を止め、荷物を砂浜に運んでいく。

 もちろんアシュリーとナタリーも一緒に手伝った。


「パラソル、設置しますね」

「ああ、お願い」


 あの日から、アシュリーとの関係は変わっていない。

 気まずい雰囲気もなく、いつも通りを貫いている。


 本当は瀧本も気付いていた。

 少しつつけば何かが壊れてしまうかもしれないということに。

 それが何かはまだわからないけれど、今は現状維持を保った方がいい。

 だからアシュリーは何も言ってこないのだ、あの夜のことを。


「瀧本、どうした。考え事か?」

「いや、ちょっとね。暑さでやられただけ」

「しっかりしてくれ。まだ海に来たばかりじゃないか」

「あはは、悪い悪い、もうやることないんだったら着替えてきたら? 水着、持ってきてるでしょ」


 ああ、と返事をしたナタリーは更衣室に向かった。

 水着は1週間ほど前に購入した。

 3人共水着を持っていなかったので、瀧本もショッピングモールで購入する。


 瀧本が最後に海にやって来たのはもう10年以上前のことだ。

 中学で部活が始まってから、家族旅行に行く機会も減って、当然海やプールに行くこともなくなった。


 青い海、白い雲、降り注ぐ太陽光線。

 まさに夏、と言った天気が輝く砂浜を照らしていた。

 海水浴シーズン真っ只中だから、人で溢れかえっている。


「人が多いですね」


 パラソルを設置し終えたアシュリーを、思わず凝視してしまった。

 白いビキニと混在しそうな日焼けしていない肌。

 程良く発達した胸。

 美人なアシュリーの新たなる一面が見れて、瀧本はどことなく背徳感を味わった。

 あまり露出の多い服を普段気ないものだから、それだけでギャップがある。


「似合いますかね……少々露出が多いような」

「いや、似合ってる。けど、どこで着替えたの?」

「実は、家からずっと着ていまして」


 白い肌と対照的に、アシュリーは顔を赤く染めた。

 

「貴様、お姉様をいやらしい目で見るな!」


 じーっとアシュリーの方を凝視していると、ごちん、と強い衝撃が頭部を襲った。

 どうやら飛び蹴りを食らったらしい。

 犯人の目星は大体ついている。


「酷いじゃないか」

「失礼。変質者かと思ったのでな」


 ナタリーはフン、と冷たい視線を瀧本に向ける。

 まだまだ発展途上な胸元をカバーするように、ミント色のワンピースを纏っていた。


「そもそもお姉様、水色のワンピースのものではなかったのですか?なぜそのような破廉恥なものを」

「言わないでくださいナタリー!」


 アシュリーはお得意の身体を真っ赤に染め上げる術を使うと、その場でしゃがみこみ、顔を覆う。

 瀧本が声をかけても、彼女はブンブンと顔を振るだけだった。


「いいじゃないですか、いいじゃないですか! 私だって、たまにはイメージチェンジしたみたいんですよ。爽太さんを動揺させたいんですよ」


 もはや開き直りであるけれど、同様に自爆を意味していた。

 また彼女は顔を真っ赤にして、車の中に戻った。

 慌てて瀧本はアシュリーを追いかける。


 すぐに彼女は車から出てきた。

 薄い水着用の上着と、パレオを装着して。

 さすがにあのビキニ姿は恥ずかしかったようだ。


「これで勘弁してください」

「いいけど……」


 行きましょう、とアシュリーはスタスタと早足で砂浜に再び足を踏み入れた。

 そんなに恥ずかしいのなら、別のものを着てくればよかったのに、と半ば呆れつつ、瀧本も更衣室で水着に着替えた。


 日焼け止めも塗り終えて、瀧本たち3人は渚に足をやる。

 ざざあ、ざざあ、という清涼な音と共に、冷たい海の水が足元を飲み込もうとしていた。


「ほれ」


 バシャリ、とナタリーは瀧本に海水をかけた。

 足で蹴り上げたはずなのに、まるでバケツで浴びせられたような勢いがある。


「やったなー? このぉ!」


 瀧本も負けじと応援した。

 いい年こいて何をやっているんだ、という疑念は今は捨て去り、ナタリーとの対決に挑む。

 しかし異世界人かつ軍人である彼女に歯が立たず、あっけなくナタリーが蹴り上げた水圧に敗北してしまった。


「甘いな、私に勝とうなど10年早いわ」

「なら、次は私が相手ですよ」


 それ、とナタリーは海水をすくい、ナタリーに浴びせる。

 水量はナタリーの蹴りよりも多く、その水圧にナタリーは一撃で倒れてしまった。

 やはり異世界人なのだな、と瀧本は認めざるを得ない。


「すごいね、君たち」


 引きつった笑いしか出なかった。

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