第34話「回鍋肉定食」
夕方、ナタリーがアルバイトから帰ってきた。
「……なぜ貴様がここにいる?」
矢野の姿を目視したナタリーは、臨戦態勢とも取れる構えを取る。
構えただけでも彼女から壮烈なオーラが放たれているのがよくわかる。
そんなナタリーの気迫に臆することなく、矢野は面と向き合った。
まるで虎と竜が相対しているようだ。
「呼ばれたんだよー、アーちゃんに」
「それは本当ですか? お姉様。どうしてそんな愚行に」
「失礼ですよ、ナタリー」
すぐさまアシュリーの元に駆け寄ったナタリーだったが、アシュリーはやれやれという感じで疲れた笑みを浮かべていた。
姉妹だからか、アシュリーはナタリーの扱い方に慣れているようだ。
彼女に宥められ、少し興奮気味だったナタリーも冷静さを取り戻す。
しかし矢野に対する敵対の目はあまり変わっていなかった。
「少し早いですけれど、お食事にしましょう。ナタリー、おつかいはちゃんとやってきましたよね?」
「もちろんです。というか……だからこれだけ荷物が多かったのですね」
ナタリーはリビングのドアの前で放置されている買い物袋を指差した。
確かに袋の中はいつもよりも食材が多く詰め込まれている。
あたしも手伝うよ、と矢野は買い物袋を手に取り、キッチンへと運ぶ。
「それくらい自分で持つ。貴様は余計なことをするな」
「えー、いいじゃん。アーちゃん、勝手に使わせてもらうよ」
「はい、お気遣いなく」
矢野もナタリーの扱い方を少し理解したのか、アシュリーに許可を取って食材を冷蔵庫の中に放り込んだ。
のほほんとしていて、実は策士なのかもしれない。
「僕も何か手伝おうか?」
「そうですね。では、爽太さんは野菜を切ってください。ナタリーはお米を研いで、矢野さんはお肉の下ごしらえをするので少し手伝ってください」
アシュリーの指示に従い、瀧本は冷蔵庫からピーマンを取り出し、中の綿を取り除いて細切りにする。
それが終わると今度はキャベツを千切りにしていった。
スーパーには千切りされたキャベツが元々売られているはずだが、アシュリー曰く「一玉のキャベツを使った方がコスパがいい」と言っていたのを思い出し、ざく、ざく、と包丁を動かしていく。
瀧本自身料理はできないわけではないが、手間をかけるものを作れるほどの腕は持ち合わせていない。
だから、千切りキャベツもアシュリーがやるものと比べたら随分と歪なものだ。
「あちゃー、これじゃ出せないな」
「構いません、頑張って切ってくれたのですから」
そう褒めるアシュリーは、鶏肉を小麦粉や片栗粉にまぶしていた。
どうやらからあげでも作るみたいだ。
矢野もアシュリーの隣でもも肉をカットしている。
「手間だよね、わざわざカットされたもも肉売られてるんだから、それを買えばいいのに」
「でも、この方が安いですから。手間をお金で買うくらいでしたら、私はその手間は費やします」
カットされたものとそうでないものの値段にそこまでの大差はない。
しかし、積み重なれば大きな差額となって表れてくる。
節約できるのなら、するに越したことはない。
ナタリーも無事に白米を炊くことができたらしく、後は炊き上がるのを待つだけで、「何をすればいいですか」とアシュリーに尋ねていた。
「そうですね。実はやることはそこまでないのですよ。野菜も切り終わっていますし、あとはピーマンをミンチと一緒に炒めたいのですが……」
「お任せください!」
意気揚々と名乗り出たナタリーだったが、対象的にアシュリーは少し怪訝そうな目を彼女に向けていた。
ナタリーが火器を使うと十中八九黒墨にしてしまう。
本人曰く「しっかりと火を通さないと食中毒を起こしてしまうからいけない」とのことで、昔生の肉を食べたことで食当たりになってしまったことからかなり火に対して厳しくなってしまったのだとか。
「僕らは用済みみたいだ。食器を用意して食事の準備でも進めておこう。これも立派な仕事のうちだよ」
「仕方ない。貴様の指示に従ってやろう」
少し上から目線なのはあまり納得いっていないが、ナタリーは食器棚から食器を取り出し、テーブルの上に並べていった。
もう既に出来上がっているのは野菜サラダくらいだ。
瀧本が千切りにしたキャベツをそれぞれの皿に並べていき、プチトマトを飾り付けていく。
残りの女性陣はキッチンにて手際の良い作業を進めていた。
矢野はからあげのために鶏肉を大鍋に入れ、パチパチと跳ねる音とともに鶏肉を揚げていく。
アシュリーはピーマンと合い挽き肉を一緒に炒め、回鍋肉の素をフライパンに投入した。
「出来ました」
ものの数分で回鍋肉が完成した。
アシュリーはフライパンから大皿に回鍋肉を乗せ、瀧本たちはそれぞれの皿に料理を移していく。
それから間もなくからあげも出来上がったみたいで、その後も白米、味噌汁と、少しずつテーブルの上が豪華になっていく。
「すごいねアーちゃん、まるで食堂の定食みたいだ」
「ふふ、回鍋肉定食、いかがでしょうか」
遠慮もなしに矢野がからあげをつまみ食いする。
ほふ、ほふ、と口の中で転がしながら、親指を上にしていた。
「食べようか」
瀧本たちは椅子に座り、手を合わせた。
来客用にと備えていた折り畳み式椅子があって良かった。
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