第30話「電話越しの声」

 瀧本たちは携帯ショップ店に来ていた。

 デジタル社会と化した現在、もはやスマートフォンは生活には欠かせない存在となっている。

 もちろん異世界人であるアシュリーとナタリーはそんなものを持っていない。


「私達に必要なのですか?」

「今後この世界で暮らしていくならね。連絡手段はあった方がいい」


 ずらりと並んだスマートフォンを眺めながら、アシュリーは呟いた。

 何が何だかさっぱりわかっていないだろうけれど、それは瀧本も同じだ。

 最新機種がどう、とか、この機種はここが優れていて、とか、そんなものは全くわからなかった。


「おい瀧本、選んでくれ。私には何が何だかさっぱりだ」

「と言われても、そんなに性能に違いはないからなあ」


 バージョンが上がった、と言ってもそれぞれ細かいところを除けば基本的な性能はほとんど同じだ。

 とはいえ最新機種を使って損があるかと問われれば、金額が少し高いくらいで特に思い浮かばない。


「とりあえず店員に聞こう。その方が早い」


 瀧本は近くで業務を行っていた女性店員にどのスマホがいいかを尋ねた。

 女性店員は3人に、今一番人気のあるものからオススメの商品まで、幅広く丁寧に教えていく。

 物腰の柔らかさは、まさに店員の鑑だ。


「どうしようか」

「いろいろ聞いて、余計に迷っちゃいました」

「僕も。でも、無難に最新機種でいいかなあ」

「私もそれがいいと思います」


 ナタリーにも訪ねたが、案の定同じ答えだった。

 2人分のスマホを手に取った瀧本は、続けてスマホカバーを選んでいく。


 アシュリーが選んだのはパステル調の薄い水色の手帳型、ナタリーは少し派手な黄色のハードケースだった。

 確かに彼女達らしいといえばそうなのだけど、姉妹なのに色合いの趣向が全然違うのもなんだか面白い。


 買うものを決めて、瀧本はスマートフォンの契約を始める。

 ナタリーは未成年だからともかく、アシュリーはもう成人しているから、自身で契約することは一応可能なのではあるけれど、彼女たちの身分を証明するものが何一つとして存在しない。


 手続きはいろいろと面倒だったが、なんとか購入することができた。

 初めてのスマートフォンを手にしたアシュリーは、キラキラと目を輝かせていた。

 ポチ、ポチ、と慣れない手つきで操作しながら、おお、と感嘆の息を洩らす。


「どう? 自分のスマホを持った感想は」

「なんだか、すごいですね。それしか言葉が見当たりません」


 ナタリーも不愛想な表情のままだが、ポチポチとスマホをいじる手を止めないあたり、彼女も相当気に入ったのだろう。


 彼女たちの興奮は、店を出てからも冷めることはなかった。

 アシュリーはスマートフォンに夢中で、むほー、と子供のような声を出す。

 はしたないですよ、とナタリーは注意するも、だって、だって、と駄々をこねるような声でアシュリーは手を止めなかった。


「すごいんですよ? こんな小さな端末の中に、いろんな情報が詰まっているなんて信じられません! これでいろんなニュースを見ることができます!」

「一番はそこなんだ」

「はい」


 やっぱりどこか感性がズレている気がするけれど、アシュリーが喜んでいるのならいいか、と少し溜息めいた息を吐き、瀧本は彼女を微笑ましく眺める。

 始めてスマホを買ってもらった中学生の反応と何ら変わらない。

 対して、ナタリーはどこか冷めつつもやっぱり指は正直だった。


 2人とも反応は正反対だが、根っこの部分は同じみたいだ。


 家に帰ると、アシュリーは嬉々とした目つきを瀧本に向けた。


「私、電話をかけてみたいです」


 そういえばアシュリーにとって人生初の電話だ。

 家電なんて備えてないし、急を要する連絡をすることもなかった。


「いいよ。その前に電話番号の交換でもしようか」

「はい」


 ズルい、とふてくされるナタリーを尻目に、瀧本はアシュリーと電話番号を交換する。

 すると早速アシュリーはタッタッタッと部屋を出ていき、その直後に瀧本のスマートフォンがバイブ音と共に電話の通知を報せた。


「もしもし」

『もしもし、アシュリーです』


 沈黙、その後に瀧本はプッと吹き出し、釣られてアシュリーも電話越しに笑う。


「なんだか変な気分だね。家の中なのに電話してるって」

『でも、嬉しいです。離れていても、繋がっているんだって、そう実感できるから』


 アシュリーらしい、優しい言葉だった。

 デジタルに囲まれて育ってきた瀧本にとって、電話なんて当たり前のものとして存在していた。

 しかしアシュリーにとって、それは当たり前なものなどではなく、とても嬉しくて、あたたかいものなのだと、改めて実感できた。


「瀧本、次は私だ。お姉様と話がしたい」

「いいよ、電話番号教えるから」


 あれだけ我関せずの顔を見せていたナタリーだが、我慢ができなくなったのか、こちらも子供のように駄々をこねてくる。

 やっぱり姉妹なんだな、と少し微笑ましく思いながら、瀧本はナタリーに電話番号を教えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る