第28話「新しい家」
内見から実際に引っ越しをするまで、そこまで時間はかからなかった。
いくつか候補を絞った瀧本は、すぐに不動産会社に問い合わせをし、次の週末に実際に内見に伺った。
彼が選んだのは、3LDKの物件だ。
ここならそれぞれプライベートルームはあるし、団欒のスペースだってある。
家賃は当然前の物件より跳ね上がってしまうけれど、仕方のないことだと割り切った。
そしてその次の週末、瀧本は引っ越し業者に依頼を行い、荷物を新居まで運んだ。
引っ越しをすると決めてから約2週間、あっという間だった。
以前よりも広い空間に、アシュリーは「わあ」と目を輝かせていた。
一方でナタリーは、フン、とまだ瀧本のことを信用していないのか、どこか不機嫌そうな顔をしていた。
「部屋は好きに使っていいよ。レイアウトも自由だ。ただ、壁を開けたり落書きしたりするのはダメだからね。ここを出る時、お金かかっちゃうから」
「また引っ越すのですか?」
「その時があったらね。しばらくはしないよ。お金ももう全然ないし」
業者に頼むのはそこそこの費用が掛かる。
繁忙期ではなかったけれど、普通に何万円も取られてしまった。
これならレンタカーを使って荷物を軽トラックに乗せた方がマシなのではないだろうか。
いや、それだとタンス等の大型家具の扱いに困ってしまうから、やはり業者を頼むしかなかっただろう。
引っ越しを終え、荷物を全て段ボールから出し終わる頃には、既に斜陽が街を照らし始めていた。
「そうだ、夕食の準備をしなければ」
「疲れてるでしょ? 今日は出前にしよう」
「いえ、大丈夫です。これくらい」
いつものようにアシュリーは微笑むけれど、その笑顔の中に疲労が隠しきれないでいる。
2カ月近く一緒にいるのだから、気付かないわけがない。
「僕のわがままだと思って、ね? いいだろ?」
「爽太さんがそこまで言うのなら、いいですけれど……」
瀧本はスマートフォンを取り出し、出前を注文する。
「ラーメンにしようと思うけれど、何がいい?」
「私は、爽太さんと同じものでいいですよ」
「私も同じだ。お姉様と同じものがいい」
わかった、と瀧本は醤油ラーメンを3つ注文する。
支払いを確定する、のボタンを押した途端、一気に疲労感が足にやってきた。
とすん、と腰を床に落とし、ふう、と一呼吸置く。
「なんだ、この程度でへばっているのか」
「大人になってからは全然運動してないからね。2人は大丈夫なの?」
「無論だ。これでも一応軍人なんでな」
「私もです」
そういえばそうだった。
きっと若さもあるけれど、やはり軍の責任者となると、上に立つ人間としての資質だけでなく、軍人としてのポテンシャルも大事なのだろう。
あれ? と瀧本は首を捻った。
「そういえばナタリーって、アシュリーの妹なんだよね」
「何を今更」
「…………失礼なこと聞くけど、いくつ?」
「本当に失礼な奴だな」
呆れた、と言わんばかりにナタリーは頭を抱え、盛大に溜息を洩らす。
しかし瀧本の問いを拒絶することはなく「17だ」と淡々と答えた。
「そんな若いのに、軍人になってるんだね」
「まああれだ、国王一族として少し贔屓されている部分もあるからな」
「でも、ナタリーの治癒能力は一級品じゃないですか。ナタリーが医療班に従事したおかげで、兵士たちの死者数はぐんと減りました」
ポン、とアシュリーはナタリーの肩を叩く。
褒められて恥ずかしかったのか、照れくさかったのか、彼女は顔を真っ赤にして、下を向いた。
「私は、やるべきことをやっているだけだ」
口ごもりながらナタリーは返答する。
いつも毅然とした態度を見せているけれど、こういう表情を見ると、やっぱり年頃の女の子なんだと実感する。
しかしその裏では、彼女は戦争に参加し、数々の酷い有様を見てきたのだろう。
それは、アシュリーも同じはずだ。
「ここにいる間はさ、次期国王とか、戦争とか、気にせずに自由に生きてほしいな。忘れるな、なんて口が裂けても言えないけれど、僕は、ただ君達に幸せに生きてほしい」
「自由、か。私には縁遠い話だな」
フン、とナタリーは鼻を鳴らし、自室に戻った。
丁度そのタイミングで頼んでいた出前がやってきて、瀧本はその応対のために玄関に向かった。
「ナタリー、出前来たよ。一緒に食べよう」
「……ちょっと待っていろ」
彼女の声は少しだけ沈んでいた。
心配だが、今は何を言っても火に油だろう。
先に食べてるよ、とだけ伝え、瀧本はアシュリーと共にラーメンを啜る。
インスタントをいくつか食しているからか、既に彼女自身ラーメンの食べ方自体はマスターしているようだ。
しばらく経って、ナタリーもリビングにやってきた。
当然ナタリーはラーメン自体見るのが初めてらしく、じろじろといろんな角度からラーメンを観察していた。
「普通に食べられるから。ほら、こうやって」
瀧本はナタリーに見せるように食べ方を実演する。
それをマネするように、ナタリーは箸を持ち、ずるずると麺を啜った。
「……美味しいな」
「だろ?」
ナタリーの箸が止まらない。
よく見ると、彼女の口元は綻んでいた。
初めてナタリーの笑顔を見れた気がする。
やっぱり姉妹揃って、笑った顔が一番似合っている。
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