第27話「貴族の重み」
翌朝、瀧本は朝の光と共に目を醒ました。
今日は昨日のイベントの振り替え休日ということもあって、平日だが休みになっている。
それでも相変わらずアシュリーはせっせと朝食の準備に取りかかっていた。
といっても、今日はトーストなのだけれど。
「おはようございます、お姉様…………と、瀧本」
ナタリーは相変わらず瀧本に対して冷たい態度を取っていた。
彼女から信用を勝ち取るのはなかなか難しそうだ。
3人はテーブルを囲み、トーストを頬張る。
瀧本とアシュリーはもうこの朝にも慣れたものだが、初めてトーストを口にするナタリーは、目を開かせ、キラキラと瞳を輝かせる。
やはりこういう顔をみると、姉妹なんだなと実感せざるを得ない。
「忘れそうになるけど、2人って貴族様なんだよね」
「そうだ。くれぐれも変な気を起こすなよ?」
「しないって、大丈夫だから」
はあ、と瀧本は溜息をつきながら、窓の外を眺める。
電線に雀が2羽止まっていて、1羽が離れると、もう1羽が距離を詰める。
まるでアシュリーとナタリーみたいだ、なんて微笑みながら、瀧本はコーヒーを口にした。
「貴族か。想像もできないな」
「そんな、爽太さんが思っているほど煌びやかなものではないですよ」
「またまた。そんな謙遜することでもないだろ? な、ナタリー?」
「気安く話しかけるな」
棘のある言葉で返されてしまったが、ナタリー自身も瀧本の言葉に引っかかる節があるようで、少し顔を下に向け、敵意とはまた違ったまっすぐな目を瀧本に向ける。
「そうだな、確かに貴様の言う通り、今の貴様の生活よりは豪華だろうな。城があって、食事も立派で、民からも慕われていた、と思っている。けどそれと同じくらい、嫌われてもいたと思うよ。民からも、貴族からも」
そう語るナタリーの目はとても悲しそうだった。
きっと彼女の小さな体躯で、いろんなものを背負ってきたのだろう。
期待も、羨望も、失望も、憎悪も。
瀧本が想像している以上に、たくさんの人の想いを、彼女たちは背負っている。
先程のナタリーの言葉だけで、瀧本はどう返事をすればいいかわからなくなってしまった。
貴族というのは、想像以上にしんどいものらしい。
それはおそらく、瀧本たちが学んだ貴族も例外ではないのだろう。
「もっと教えてほしい。君たちのこと、いろいろ」
「構いませんよ。ナタリーも、よろしいですね?」
「お姉様が仰るなら、まあ…………」
瀧本は2人の話に耳を傾けた。
わからない専門用語がほとんど出てこないため、すんなりと頭の中に入ってくる。
アシュリー・クロウ。
セルヴィン王国次期国王第一候補。
主に戦地への派遣が主な仕事で、軍の最高責任者で、彼女自身が兵器にもなる。
戦争以外の時は、政治について勉強していたらしい。
ナタリー・クロウ。
セルヴィン王国次期国王第二候補。
彼女も戦地への派遣が主な任務だが、ナタリーは治療専門だそうだ。
もちろん医学知識は備わっているそうなのだが、基本的には自身の治癒能力で負傷した兵士たちを癒していくらしい。
「思ったんだけどさ、国の跡取り候補が2人もいなくなってるから、王国はパニックになってないかな」
「なってるでしょうね。きっと父がなんとかしてくれているでしょうけれど、それがいつまで続くか」
「早く帰りましょう。国中が心配しています」
「そうしたいのはやまやまですが、今は帰る方法が見つかりません。しばらくは爽太さんの家で大人しくしておきましょう」
アシュリーの提案に、ナタリーは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。
それほどまでに嫌なのか、と少しだけ不快な感情が芽生えてしまう。
「私は反対です。私はまだ瀧本爽太のことを信用していませんし、なにより3人で住むには狭すぎます」
前者の言葉には納得できなかったけれど、後者には充分納得できた。
元々1人暮らしをするために借りた部屋だ。
2人ならまだしも、3人となると、さすがに部屋の容量がない。
リビングやダイニングならともかく、プライベートな空間は完全に潰れてしまう。
とはいえ、ナタリーだって住む場所はないだろう。
だったら、アシュリーと一緒にいた方がいいはずだ。
「……引っ越し、するかあ」
決断するのにそこまで心労はなかった。
契約しなければならない最低限の年月は過ぎているため、今解約しても違約金は発生しない。
だったら今すぐにでも決めてしまった方がいい。
「いいんですか? 簡単に決めてしまって」
「でも、ナタリーも一緒に住むってなると、やっぱり個室はそれぞれあった方がいいだろう?」
「それは、そうですけど……」
申し訳ない、と言いたげな表情をアシュリーは浮かべる。
ナタリーは何も言わなかった。
まるで「好きにしろ」とでも言うように、頭を抱えて2人を見つめる。
「なら決まりだね。部屋は僕が探しておくよ」
瀧本はスマートフォンを取り出し、物件サイトを開いていろんな物件を探していく。
大学進学の時に使って以来、全く開いていなかった。
まさかまたお世話になるとは思っても見なかった。
また新しい家族が増えた。
今度の家族は少し面倒臭そうだ。
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