第25話「次期国王」

 しばらく歩いて近くの小さな公園まで3人はやってきた。

 イベント会場から少し離れているため、人はあまりいない。


 ナタリーは相変わらずギロリと鋭い目を瀧本に向けていた。

 さすがに慣れてしまったため、臆することはしなかったけれど、ただ苦笑いだけがこぼれる。

 

「私はまだ、貴様を信用してはいない。お姉様に付けこんで、たぶらかそうという魂胆ではないだろうな」

「そんなことしないし、僕は君たちの世界のこともよくわかってない。君たちの世界を乗っ取ろうなんて、そんな大それたこと考えてないよ」

「どうだか」


 フン、と彼女は嘲るように鼻を鳴らす。

 少々堅物な少女だな、なんて思いながら、瀧本はアシュリーに目線を向けた。

 彼女も彼女で、呆れた、と言わんばかりの表情を浮かべて空に目を移していた。


「ともかく、お姉様とのかかわりはこれ以上許さない」

「そりゃどうして?」

「決まっている。お姉様は次期国王なのだ。もしお姉様に万一のことがあれば、貴様は責任を取ることができるのか? 何十万という国民に対して」


 そうかい、と適当に返事をし、瀧本はもう一度ナタリーの言葉を脳内で反芻する。


 …………アシュリーが、次期国王?


 思わずアシュリーを二度見した。

 彼女は、先程と変わらず呆れた様子でナタリーを見つめる。


「よろしいじゃないですか。爽太さんは命の恩人です。そんな人を無下にはできません」

「ですが、一般市民が、お姉様などと……」

「王族も、一般人も、ましてや異世界人だって、同じ人間です。そうでしょう?」

「し、しかし……」


 アシュリーたちと瀧本が同じ人間かどうかは少し疑わしい。

 少なくともアシュリーには、瀧本のような平凡な人間にはない力が備わっている。

 その力を見せたが最後、この街は滅んでしまう、みたいだが、実際のところよくわかっていない。


 あれほど強い言葉を吐いていたナタリーだが、姉の前では弱くなるみたいだ。

 言葉を濁し、たじろぐ様子は、アシュリーを幼くしたようで少し可愛らしくも感じた。


「お姫様だったんだ、アシュリー。言ってくれたらよかったのに」

「これに関しては別に隠すことでもないと思っていたのですが、自分から明かす必要もないと思っていたので」


 ふふ、と微笑みながらアシュリーは向こうの世界のことを話す。

 彼女が自らの口で故郷のことを話すのはあの時の告白から2度目だ。


「私の家系は代々統治しておりまして、今の国王は私の父なんです。そして私も、いずれ父の跡を継ぐと定められています。国王をはじめ、皇族は『国家の象徴』という扱いを受けることが多いんです。清く、正しく、誰に対しても優しさを忘れない。人の上に立つ者として相応しい姿でなければならないと、そう厳しく教えられてきました。だから、我々王族は一般市民にはあまり関わり過ぎてはいけないのです。そう明確に定められてはいませんが……暗黙の了解と言われるものです。公務などで訪れた場所の者に私情で関わってはいけない。また、一般市民も同様に、王族と近付き過ぎてはいけない。私達はこうしてお互いを適度な距離に置いているのです」

「なるほど、つまり僕とアシュリーは必要以上に関わりを持っているから、ナタリーは僕に怒り心頭なわけだ」

「そうだ。庶民と皇族が交わると、それだけで皇族としての気品、つまり『国家の象徴』の品質が下がる。それは国民全員が理解していることだ」

「僕、君達の国の人間じゃないんだけどなあ」


 瀧本のぼやきをナタリーは聞き逃さない。

 再び殺意の籠った目線を向けられ、瀧本は少しピンと背筋を伸ばした。

 しかし今の話を聞いても、納得のいくような、少し馬鹿馬鹿しいような、複雑な感情しか出てこない。

 ただ、王族というのは大変なのだなと、そんな軽い感想しか思い浮かばなかった。


「私は、その考えはあまり好きじゃないんです。人の上に立つ、なんて。人は、誰しも平等であるべきなのに」

「それをお姉様が口にしたら皮肉に聞こえますよ」

「わかっています」


 はいはい、と自分に言い聞かせるように、アシュリーは口を噤んだ。

 それはきっと、彼女に力があるからだろう。

 力ある人間の言葉が力のない人間に響くことは稀だ。

 全て「でもお前は恵まれているから」で済まされてしまうから。


「でもまあ、私は国を離れて、今はただの一般人として暮らしていることですし、向こうの世界の常識がこちらに通用するとも限りませんから、あなたにとやかく言われる筋合いはないと思いますけれど」


 いつもの穏やかな雰囲気と比べ、少し早口で切羽詰まったようなアシュリーはほんのちょっとだけ滑稽だった。

 今度はナタリーの方が呆れてしまい、はあ、と溜息を吐く


「そんなことを言われるのはズルいですよ。私を次期国王にするおつもりですか」

「あら、あなたが望むのなら、私はそれで構いませんけれど」

「勘弁してください」


 どうやらナタリーは観念した様子だ。

 アシュリーは瀧本の方を見ると、Vサインを浮かべた。

 そうやってはしゃぐ彼女から、貴族らしさは微塵も感じられない。

 むしろ、出会ったばかりの頃がそんな雰囲気を醸し出していた気がする。


「染まったなあ、この世界に」


 瀧本も空を見上げた。

 澄み渡った青空が一面に広がっていた。

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