第24話「ナタリー」
ナタリーと呼ばれた少女は、ぎゅっとアシュリーを抱きしめたまま話さなかった。
彼女たちの関係は、姉妹だろうか?
よく見れば顔つきは確かに似ていたし、何よりエメラルドの瞳の輝きが同じだった。
アシュリーに抱き着くナタリーの肩は小刻みに震えている。
無理もない、戦争で生死不明となっていたのだ。
無事に会えて安堵の感情が大きいだろう。
「お姉様! よくぞご無事で……」
「ご心配をかけました。ところで、どうしてあなたもこの世界にいるのですか?」
「この世界……ということは、やはりここは我々が元居た世界ではないのですね」
「私にも分かりません。ただ、お姉様がいなくなって、捜索してましたところ、奴が現れ、襲われ、そして……」
「ここに辿り着いた、と」
コクリとナタリーは頷く。
アシュリーとは違い、彼女は異世界の存在について知らなかったらしい。
そしてナタリーの会話の中に出てきた「奴」とは、おそらくアシュリーが戦っていた存在と同じものだろう。
「それでお姉様、今までどちらに?」
「ああ、そのことでしたら、こちらの爽太さんが助けてくれまして。今は爽太さんのところで一緒に暮らしています」
アシュリーは瀧本を見かけるとすぐに口角を上げた。
瀧本も返事代わりに右手を上げる。
ピクリ、とナタリーの身体がフリーズし、その後ゆっくりと彼女の首が回って鋭い目が瀧本に向けられる。
「ほう?」
ドスの効いた声が聞こえた。
明らかに声に殺意がこもっている。
宝石のように輝いていたナタリーの瞳は、ドス黒く濁っていた。
びくりと瀧本の背筋がピンと張る。
姉が国を滅ぼせる力を持っているのなら、果たしてその妹はどうだろう。
考えただけでもおぞましい。
一歩一歩ナタリーは瀧本に近づいてくる。
彼女が足を進める度に、命の危険を感じ取った。
「貴様がお姉様を助けたのか?」
「そ……そうだ。アシュリーがボロボロだったから、放っておけなった。住む場所もないって言うから、一緒に住もうってなって……別にやましい関係なんかじゃない」
瀧本はアシュリーに視線を送る。
同じようにナタリーもアシュリーの方を向いた。
アシュリーは、2人に優しく微笑みかけながらコクリと頷くだけだった。
「そうか、その言葉に嘘はなさそうだな。その件に関しては感謝する。だが、これは私たちの問題だ。これ以上はあまり気安く関わらないでもらいたい」
ナタリーはキリッと睨みつけ、アシュリーの方に戻る。
彼自身彼女の眼光に怯み、何も言い返せなかった。
行きましょう、とナタリーはアシュリーの腕を掴み、強引にこの場を立ち去ろうとした。
ここでようやく瀧本の脚が動く。
「ちょっと待って!」
「お姉様に気安く関わるな!」
手を伸ばした瀧本を、ナタリーはパシッと右手で払いのける。
言葉と手には、殺意と、憎悪がこもっているようだった。
「これは警告だ。変な真似をしてみろ。ただでは済まさんぞ」
「変な真似なんかしないって」
そう言ってもナタリーはなかなか信用してくれない。
彼女の言葉が脅しではない、ということは理解出来る。
実際、瀧本はアシュリーが人間ではない証拠を見せられた。
血の繋がった姉妹なら、似たような力をナタリーが持っていてもおかしくはない。
つまり、ナタリーだって人を簡単に殺せる力があるということだ。
「止めなさいナタリー」
アシュリーが静かに口を開く。
彼女の言葉に合わせ、ナタリーも手を下ろした。
「爽太さんは悪い人ではありません。この世界で何もできなかった私に、いろんなことを教えてくれました。だから、今は彼ともう少し一緒にいたい。私のお願い、聞いてくれませんか?」
「ですが、ですが……」
ナタリーは何も言えなかった。
その慈悲に包まれた笑顔を見ると、言い返す気もなくなる。
「お姉様を守れるのは私だけです。いくら命の恩人であっても、出会って間もない貴様にお姉様は守れない」
「そうだな。僕に力なんてないよ。でも、心の安らぎにはなっていてあげたいな」
「心の、安らぎ…………」
その言葉を受けたナタリーは、アシュリーの手を離して呆然と立ち尽くす。
そんな酷なことでも言ったのだろうか。
とはいえ面倒臭いことになったのは間違いない。
助け船を出してくれたのは、またしても矢野だった。
「はいはい、ちょっとそこ、通行人の邪魔になるからどいてくれる? 何か揉め事なら少し離れてやってもらいましょうか。瀧本くん、案内してあげて」
「あ、ああ……」
パンパン、と手を叩きながらやってきた彼女は、テキパキと瀧本に指示を出し、またどこかへ消えてしまった。
多分見回り業務を代わりに引きくれたのだろう。
彼女には今日何から何までお世話になりっぱなしだ。
これはやっぱり夕食をごちそうするしかないだろう。
「ちょっと移動しようか」
瀧本は2人を引き連れ、近くの公園へとやってきた。
空気は相変わらず重たい。
まるで結婚を認めてもらいたい彼氏と、それを許さない父親、のようだな。
自分の気持ちを誤魔化すように例えてみたけれど、全然誤魔化されない。
それよりも緊張感はさらに増した。
ナタリーは、相変わらず嫌悪の目を瀧本に向けていた。
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