第23話「謎の少女」
数週間後の朝7時、瀧本は地元イベントの運営委員としてせっせこ働いていた。
梅雨に入り、最近雨が多かったが、今日は晴れてよかった、と胸を撫で下ろしながら、瀧本は会場の設営を進めていく。
「アーちゃんは?」
「まだ家。イベント9時からだし」
彼女には既に「先に出ている」と伝えている。
今頃起きて、朝食でも作っている頃ではないだろうか。
問題なのは、この会場への道のりだ。
アシュリーは会場までの道をよく知らない。
一応地図を渡したとはいえ、不安はまだ残っている。
迎えに行ってあげたい気持ちはあるが、会場を離れるわけにはいかない。
「アシュリー、ちゃんと来れるかな」
「方向音痴なの? あの子」
「そういうわけじゃないけど、ちょっと不安で」
ふうん、と適当な返事をした矢野は、上司に呼ばれて別の仕事に駆り出される。
瀧本もアシュリーへの不安を抱えながら設営準備を進めた。
9時になり、イベントは始まった。
やることは隣町のあれとほとんど変わらない。
とはいえ盛大に賑わっているのはこちらも同じだ。
会場の巡回をしつつ、瀧本はアシュリーを探した。
「爽太さん!」
彼女の声が聞こえた。
透き通るような声だったのですぐに気が付いた。
声のする方を振り返って見ると、少し息を切らした彼女が立っていた。
「ごめんなさい、遅れちゃいました。少し道に迷ってしまって」
「そんな、別に急がなくてもよかったのに」
「……それもそうでしたね」
はにかんだ笑顔を浮かべ、アシュリーはくるりと回ってスカートをたなびかせる。
矢野に服を選んでもらった日以降も、彼女はちょくちょく服を試着したり購入したりしている。
今日着ている服だって、新しく新調した薄水色のワンピースだ。
選んだのは瀧本だ。
試着の時にも思っていたけれど、アシュリーにはどうやら青系統の服が良く似合う。
「爽太さん? どうかしましたか?」
「いや、似合っているなと思って」
あはは、と照れ笑いを浮かべ、瀧本はもう一度彼女を見る。
ワンピースの肌からスラリと見える白い肌、スタイルのいいシルエット。
毎日見ているはずなのに、まだドキドキしてしまう。
「じゃあ、僕は仕事に戻るから。君は自由に遊んでおいで。何かあったらすぐにスタッフに相談すれば助けてくれるはずだから」
「はい。わかりました。気を付けてくださいね」
アシュリーと別れた瀧本は、そのままイベント本部に戻り、自分の業務を進めた。
こういう行事ごとは忙しい。
去年は慣れないことが多くて目が回りそうだったけれど、今年はなんとかなりそうだ。
お昼の時間になり、差し入れの弁当を食べていると、矢野が隣にやって来た。
「午後の仕事は全部あたしがやっとくから。瀧本くんはアーちゃんに会いに行きなよ」
「……それ、マジで言ってる?」
「マジもマジ、大マジ。ほら、行った行った!」
バチン、と瀧本は矢野に背中を叩かれる。
確かに矢野は仕事ができる部類に入るだろうけれど、だからと言って大量の業務をこなすのは、しかも2人分なんて大変だろう。
「あ、あたしこの後見回りだから、そのついでってことで」
なるほど、合点がいった。
要は暇なのだろう。
見回りだって大事な仕事だし、そこまで暇になるとは思えないけれど。
「ありがとう、後で何かお礼するよ」
「じゃあ今日の晩御飯奢って? もしくはアーちゃんのご飯が食べたいなあ」
それ狙いか、と少し落胆したけれど、それくらいならお安い御用だ。
前者は財布と相談だが、後者はアシュリーと相談だ。
瀧本は本部テントを離れ、イベント会場を回る。
しかし人が多いからなかなか見当たらない。
ブロンドの長い髪などらそう簡単にいないから、見つけやすいはずなのに、実際はそうもいかないようだ。
こうなるなら事前に落ち合う場所でも決めておけばよかった。
キョロキョロと注意が散漫していたため、歩いてきた誰かとぶつかってしまった。
前方にドン、とぶつかったような感触がする。
「すみません! 大丈夫ですか?」
「ああ、気にするな。それよりも人を探しているんだが」
ぶつかった相手は、背は低く、黒い短髪で、女子高生のような初々しい顔つきをしていた。
凛とした佇まいをしていて、何より瞳がエメラルドのように緑色に染まっている。
この瞳、どこかで見覚えがある。
服装は、中世ヨーロッパの庶民のそれを着ているようだった。
明らかに時代錯誤な格好だ。
しかし時代錯誤な格好なら以前にも一度見たことがある。
あれは時代錯誤と呼んでいいものかわからないけれど。
「えっと……君の探している人って、どんな人?」
「ああ。私の姉だ。長い金髪で、私よりも背が高くて、ほら、丁度あんな人みたいな……」
少女はその女性を指差す。
その薄水色のワンピースは、午前中にも見た。
瀧本の疑惑が確信に変わった瞬間だった。
アシュリーも瀧本に気付き、驚いた様子で駆け寄ってくる。
しかし驚嘆の視線の先にあったのは、瀧本ではなく謎の少女だった。
「ナタリー?」
「お姉様!」
少女もアシュリーの元へ駆け寄り、2人はぎゅっと抱きしめ合った。
やっぱりそうか、と心の中で納得しながら、瀧本もアシュリーの元へ歩いた。
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