第22話「元の世界に」
矢野は「視察ついでに楽しんで来い」と言っていたけれど、正直視察するものがない。
そもそもやってることは瀧本たちの町おこしと何ら変わらない。
こっちにはこっちなりの楽しさがあるし、瀧本たちのところはまた別の楽しさがある。
そもそも競っている意識なんて何一つとして持っていなかった。
それは、今のイベントの町の人たちが、瀧本たちのイベントにもたくさん足を運んでくれている、という事実から推察できることだ。
とはいえ、このからあげの美味しさは是非ともマネしたいくらいだ。
食べ終えた2人は、ゴミをごみ箱に捨て、野外ステージに向かった。
もうすぐアシュリーがお目当てとしていたライブが始まる。
「ほら、行こうか」
「あの、待ってください」
そう言うとアシュリーは瀧本の手を掴んだ。
「手、離さないでください」
いじらしく、瀧本に告げる彼女は、彼が見てきたアシュリーの中で一、二を争うくらいに可愛かった。
幸せともどかしさを感じつつ、瀧本はアシュリーを引き連れ、野外ステージへと足を運んだ。
野外ステージは多くの人で賑わっていた。
やはり目当ては全国強豪のダンスチームだろう。
こういうのは普通チームの親族や友達などで埋まるのだろうが、客席に空席はなく、明らかにその団体目当てということがわかる。
「楽しみです」
「そうだね、僕も」
2人はステージを今か今かと待ち望む。
それは周囲の観客も同じだった。
やがて、大音量の音楽と共に、ステージ上から煌びやかな衣装を纏った女子たちがやってきた。
見るからに中学生や高校生といった集団で、その表情は自信に満ち溢れ、口端が上がっている。
彼女たちは音楽に合わせ、ダンスを披露した。
無駄のない洗練された動きは、本当に同じ人間かと疑いたくなる。
アシュリーはというと、最初は音楽の大きさに驚きはしたものの、次第に慣れたのか、パチパチと音楽のリズムに合わせて手拍子を叩いていた。
「すごいですね。見入っちゃいます」
「だね。これで僕らよりも年下なんだから、たいしたもんだよ」
あの堂々とした対振る舞いは、是非見習いたいものだ。
その後もダンスチームは何曲かダンスを披露し、ステージ上を後にした。
会場から拍手が沸き上がる。
瀧本たちも賞賛の拍手を贈った。
お目当てのチームのステージが終わっても、ダンスステージは続く。
他の団体も先程のチームに負けていないくらい素晴らしいパフォーマンスをしていた。
2つ、3つ団体を見終えたところで、瀧本たちは野外ステージから離れ、再び出店が立ち並ぶ広場へと戻った。
「すごかったですね、ステージ」
屋台で売られていたベビーカステラを食べながら、アシュリーは先程のライブステージを思い返していた。
確かにすごかった。
アシュリーがあの時見せてくれた腕とはまた違う、圧倒されるものを感じた。
「あれが僕より若い子たちなんだから、驚いちゃうよ。アシュリーは踊りとか、演舞とか、出来ないの?」
「さあ、やったことないので何とも。妹は多少なりとも嗜んではいたみたいですけれど」
妹がいるなんて初耳だ。
そういえば今まで彼女の家族関係について何一つ聞かされていない。
全く知らない世界に飛ばされて、家族も心配しているだろう。
なんとかして早くアシュリーを基の世界に返してあげないと……。
…………返す?
どうして今の今まで考えてこなかったんだろう、と瀧本は脳内の自分に問いかける。
元々アシュリーはこの世界の人間ではない。
つまり、帰る場所があるということだ。
だったら、元居た世界に戻るのがやはり筋ではないのだろうか?
その方法がどんなものなのか、瀧本にはさっぱり見当もつかないけれど。
だけど、今のままを貫くのは、彼女の家族のことを考えたら、少し、不憫に思えてしまう。
「アシュリーはさ、元の世界、戻りたいって思う?」
ふと、瀧本は尋ねてみた。
この答えは彼女に委ねるしかない。
スパッと、応えてくれるかと思った。
しかし以外にも、彼女は立ち止り、じっと黙って熟考する。
ベビーカステラを食べる手も止めている辺り、本気で考えていることが伝わってくる。
「正直、帰りたいという気持ちに、嘘はありません。ただ、また戦いの日々には戻りたくもないんです。だけど、家族には会いたい。複雑な気持ちです」
彼女が浮かべた笑顔は、確かに肯定とも否定とも受け止められない、ぎこちない表情だった。
やはりすぐに答えは出ないだろう。
なら、今すぐに答えを急ぐ必要もない。
でも、と彼女は言葉を紡ぎ続ける。
「今は、あなたの隣にいたいです」
「そ、そっか……」
顔面が途端に熱くなる。
それでも、瀧本は彼女の手を離しはしなかった。
今は、まだアシュリーとのつながりを感じていたい。
「…………人、少なくなりましたね」
「もう、イベントも終わりだからな…………」
はむ、とベビーカステラを食べながら、2人はぶらぶらとイベント会場を散策し、イベント終了時刻と同時に電車に乗り込んだ。
その間会話なんて発生しなかった。
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