第21話「楽しいイベント」

 会場は電車を使わないといけない距離にある。

 本当は車で現地まで直接行った方が早いのだが、遠出する度にレンタカーを借りるのも楽じゃない。

 車を買うことも少し検討したけれど、お金が高いためなかなか簡単に手を出すことはできないもの事実だ。


 異世界人であるアシュリーにとって、当然電車は初めてのようで、改札に入る前から既に子供のようにはしゃいでいた。


「すごいです、早いです!」


 窓の外を眺めながら、アシュリーは少し興奮気味に語尾を強調する。

 アシュリーの世界の文明レベルは不明だが、電車なんてものは十中八九初めてだろう。

 となりでキャッキャ騒ぐ彼女を半分微笑ましく眺めつつ、半分羞恥の感情に飲み込まれつつあった。


 最寄り駅を降りて、少し歩いたところにイベント会場はある。

 瀧本たちが到着した時、イベントは盛大に盛り上がっていた。

 屋台やら何やらが立ち並び、多くの人で賑わっている。

 とはいえ、地域の町おこしなので、規模はたかが知れているけれど。


「皆さん楽しそうですね」

「そうだな。アシュリーの故郷には、お祭りはなかったの?」

「ありました。大きなものは、建国記念日と、収穫祭と、あ、年末年始のお祭りに、国王や皇族の生誕祭もありましたね。今は戦争でできていませんけれど……」


 少しだけアシュリーの顔が曇った。

 彼女が故郷のことをあまり語ろうとしないのは、瀧本たちと出自が違うからだけでなく、故郷にいい思い出がないからだろうか。

 嬉しい出来事があっても、すぐに戦争がフラッシュバックしてしまうのかもしれない。


 この心の傷は、やはり簡単には拭えないだろう。


「今日はさ、アシュリーに1日楽しんでもらいたいんだ。何かしたいものとか、見たいものとかある?」

「そうですね……」


 アシュリーは指を顎につけて考える仕草をした。

 あざといような、そうでないような、そんな仕草を可愛らしく思えた。


「踊り、見てみたいです」


 彼女は持参したパンフレットを指差す。

 人差し指の先には、ダンスパフォーマンスのステージだった。

 確か踊る団体は、全国に名を馳せる強豪チームだったはずだ。

 瀧本自身も、ほんの少しだけ興味があった。


 しかしステージ開始までまだ一時間近くある。

 瀧本たちはフラフラと会場を回った。

 どの出店も美味そうだったが、お金は計画的に使うことを忘れてはいけない。

 子供のころ夏祭りで思う存分使って親に怒られたのを思い出しながら、瀧本は財布を握りしめる。


「アシュリー、ちょっと」


 はぐれないように、と瀧本はアシュリーの手を掴んだ。

 彼女の指は細くて、肌は柔らかくて、すべすべしていて、ただそれだけで胸の高鳴りが止まらない。


「手、大きいですね」

「そうかな。普通だと思うけど」

「いえ、大きいです」


 アシュリーもぎゅっと、瀧本の手を握り返す。

 直接肌に触れているから、抱きしめた時よりも、彼女のぬくもりがダイレクトに伝わってくる。

 赤面しているのを隠すように、瀧本はアシュリーと反対側の方を向きながら歩く。

 

 手を繋いでいる間、アシュリーは無口だった。

 どうしたのか尋ねようと顔色を窺うと、彼女も少し頬を赤らめていた。

 その表情があまりにも初々しかったため、また瀧本も顔を赤く染め上げる。


「えっと…………いい天気だね」

「…………はい」


 何か話そうとしたけど、案の定会話が思いつかない。

 慣れないことをするべきではないな、と思いながら、出店を回っていく。

 が、すぐにアシュリーは食欲の獣の顔になり、瀧本自身も緊張の糸がほぐれた。


 彼女の目の前に並ぶのは、からあげ、ポテト、やきそば、たこ焼き、フランクフルト……きっと向こうの世界では味わったことのない食べ物ばかりだ。

 そんなものがたくさん並んでいるのだから、食欲旺盛な彼女がそそらないはずがない。


「全部食べたいです」

「ダメ。どれか一つに絞りなさい」

「そんな、あまりにも惨すぎます!」

「お財布事情も考えてほしいな」


 普段はあまり気にしないけれど、こういう場面でたまに彼女の食い意地に驚かされてしまう。

 彼女曰く「エネルギー消費が激しいから」とのことらしいけれど、戦闘を行わないのなら、そこまでエネルギーを必要としないはずだ。

 まさか彼女が力を発揮すれば、今以上に食費がかさむのだろうか。

 少し身震いしてしまう。


 そんな瀧本の不安などお構いなしに、アシュリーは何を食べたいか選んでいた。


「私、からあげにします。料理の研究にもなると思うので」


 キラキラと目を輝かせ、彼女はからあげの屋台で一番大きいサイズを2つ注文する。

 瀧本は少し驚いた顔を見せたが、やれやれ、といった具合でお金を支払った。


「美味しいです。出来立てなのでなおさら」


 はふ、はふ、と櫛に刺さったからあげを頬張りながら、彼女はニコニコと笑顔を浮かべた。

 この笑顔が、いつまでも続いてくれたらいいのに。

 そんなことを思いながら、瀧本もからあげに齧りつく。

 やはり出店のからあげは、特別な感じがして美味しい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る