第20話「平和な世界」
家に帰ると、いつものようにアシュリーが笑顔で出迎えてくれる。
「おかえりなさい」
「ただいま」
上着を脱ぎ、ネクタイを外した瀧本は、脱いだものをソファに置き、ダイニングの椅子に座った。
座っただけで、足元に今日の疲れが一気に襲いかかる。
が、テーブルに肉じゃがやコロッケが並べられるのを見て、すぐに疲れは吹き飛んでしまった。
「今日は腕によりをかけました。自信作です」
「ほう、楽しみだ」
エプロン姿のアシュリーは、ふふん、と得意げに料理をよそった。
昨日までの暗かった顔はどこかに消え、垢ぬけて楽しそうで少し安心する。
瀧本は鞄からパンフレットを取り出し、アシュリーに見せた。
「なんですか? これ」
「隣町でイベントをやるみたいなんだ。今度の休日、一緒に行きたいなって思ってて」
「春のふれあいフェスティバル、ですか……」
アシュリーはパンフレットを興味深々に眺めた。
彼女がうちに来てからしばらくはひらがなすらまともに読めなかったのに、瀧本の献身的なサポートのおかげもあり、一般的な日本語なら問題なく読めている。
「随分とスラスラ読めるようになったね」
「爽太さんがいろいろ教えてくれるからですよ。おかげで買い物にも苦労しないで済みました」
「そりゃよかった」
アシュリーも椅子に腰かけ、お互い向かい合う。
いただきます、と声を揃え、瀧本はコロッケを口にした。
サクッとした衣の中に、ほくほくのじゃがいもが広がっていく。
この触感は、スーパーの総菜では出せない味だ。
「美味しい」
「よかったです。頑張って覚えた甲斐がありました」
彼女の料理のレパートリーは、瀧本が購入した料理本が全てである。
最初は文字が読めずに苦戦していたのが懐かしい。
肉じゃがも醤油が効いていて美味しかった。
「さっきの話ですけれど」
「さっきの?」
「ほら、休日、出かけるのでしょう? 私も行ってみたいです。いろんなところに行って、この世界のことをもっと知りたいんです」
キラリと彼女の瞳が輝く。
そういえば、アシュリーはテレビをつけるとよくニュース番組を見ていた。
最初は「変わっているなあ」と思っていたけれど、これがこの世界への興味だとしたら、ニュースに釘付けになる理由もなんとなくわかる。
こんなものが彼女の好奇心をどこまで満たせるかわからないけれど、彼女が喜ぶのならやはり連れていってあげるべきだ。
「ちょっと遠出になると思うけど、大丈夫?」
「はい。楽しみです」
「ならよかった、けど…………」
瀧本は少し口ごもる。
ふと、アシュリーと出会った日の事を思い出した。
彼女は傷だらけで、今にも命が消えてしまいそうなくらいの傷を負っていた。
その傷を負わせた相手がこの世界に紛れ込んでいないとも限らない。
アシュリーは以前「大丈夫だろう」と言っていた。
今思えば、彼女には何かそういう力を察知できる能力があるのかもしれない。
が、心配なものは心配だ。
「蒸し返すようで悪いんだけど、本当に大丈夫なの? その、命を狙われたりとか」
不安そうに尋ねる瀧本を安心させるように、慈悲深い笑みをアシュリーは浮かべた。
「大丈夫です。私を襲った者の気配はありません。だから、街もあなたも、襲われる心配はありません」
「それってさ、わかるものなの? そういう力とか」
「はい。体内に力があればあるほど、感知はしやすいですね」
「へえ」
アシュリーは瀧本に彼女の力の根源を教える。
が、瀧本は彼女の話について行けなかった。
体内に蓄積されている気がどうたら、とか、それをコントロールすることでこうたら、とか、口で説明されてもいまひとつ理解できない。
それに、彼女自身が普通の人間ではないとわかっていても、実際に膨大な力を使った場面は見たことがないから、なおさら理解に乏しい。
「実際に見てみたいな、君が力を使うところ」
「嫌ですよ。この力は多くの人を守ることができるけれど、多くの人を傷つける兵器にもなります。それに、武力なんて何もなければ、戦争なんて起きませんから」
少し憂いた目で彼女は呟いた。
そんな綺麗ごとを、と吐き捨ててしまいたくなったけれど、実際その理想論があるべき平和の姿でもある。
瀧本たちが暮らしている世界は平和だ。
しかしその裏ではいろんな社会問題に直面し、困窮している場面もある。
世界に目を向けると、武力介入だったり貧困だったり、より目に見えて平和ではない光景が飛び込んでくる。
それは、ニュースを毎日見ているアシュリーも理解できているはずだ。
だからこそ、アシュリーの言葉はずしんと重たく瀧本の心に沈んだ。
「……ごめん、少し軽すぎた」
「いえ、私の方こそ、ごめんなさい」
「謝らなくていいよ。実際、君の言う通りだ。争いなんてなければ、君がその力を使わなくても済む」
でも、と瀧本は自身の口端を上げる。
「もし、何かこの世界が終わりそうなときは、その力で守ってほしいな。この街も、街に住む人たちも」
「もちろんです。この街は、私にとって第二の故郷のようなものですから」
「嬉しいことを言ってくれるね」
また食卓に笑顔が戻った。
瀧本は喜びを嚙みしめるように、ほくほくのコロッケを頬張った。
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