第17話「アシュリーの正体」

 翌日、仕事を終えて家に帰ると、アシュリーが待ち構えていた。

 いつもはエプロン姿だが、今日はしていない。

 料理の匂いも台所からしてこなかった。


「着替えてくる。終わったら、外、歩こっか」


 アシュリーはコクリと頷き、リビングに戻った。

 その顔はやはり暗く、どんよりと沈んでいる。

 どうにかして元気づけたいけれど、今の瀧本には何もできない。


 ラフな格好に着替えた瀧本は、アシュリーを連れて近くの山に向かった。

 近く、と言っても徒歩では厳しい距離だ。

 だから瀧本はレンタカーを借り、自身の運転でその山へと向かった。


「気分転換も兼ねてさ、ちょっとドライブ。いいかな」


 助手席に座るアシュリーは、またしても無言で首を縦に振る。

 なんとかして会話を続けたかったけれど、何も引き出しは開かなかった。


 運転すること約5分、瀧本たちは山の中腹にある駐車場に止めた。

 この辺り一帯は自然公園になっており、この駐車場もその一部に過ぎない。


 瀧本たちは近くにある展望台へと向かった。

 時間帯も遅いこともあり、さすがに人の気配は感じられない。


「聞かせてくれるかな。話せるところまででいいから」


 ベンチに腰掛けた瀧本は、夜景を眺めながらアシュリーに尋ねる。

 彼女も瀧本の隣に座り、じっと夜の街を眺めた。


「綺麗な景色ですね」

「まあ、都会の夜景と比べたら見劣りするだろうけどね」

「いいえ、十分綺麗です」


 少し微笑んでいるようにも見えたけれど、またアシュリーの口端が下がった。

 よほど言い出しにくいことなのか、そこから先はしばらく沈黙が続く。


 やはり何かしらの犯罪に手を染めているのではないか。

 そんな不安がぐるぐると瀧本の脳内を駆け巡る。

 ごくり、と固唾を呑んで、瀧本はアシュリーの言葉を待った。


 しかし、彼女から帰って来たのは、そんな可愛いものなどではなかった。


「もし、私がこの街を一瞬で滅ぼせると言ったら、信じますか?」

「まさか」

「そう、ですよね」


 何を言っているんだ、と耳を疑いたくなった。

 滅ぼすにしたって、どうやって滅ぼすんだ。

 そんな世迷い事、信じようにもできるわけがない。


 まさか、話とはこのことだろうか?


 変に緊張して損した。

 どっと緊張の糸がほどける。


「なんだ、ただの冗談か。脅かすなよ」

「いえ、冗談などではなく」


 笑いが込み上げてきた瀧本だったが、アシュリーの真剣な眼差しに圧倒され、すん、と笑いが消失した。

 この顔は、ガチの奴だ。

 冗談半分で言っている人間の目ではない。


「……本当なの?」

「ええ、本当です」

「冗談じゃなくて?」

「はい。冗談ではなく」

「じゃあ…………実際にやってみて、って僕が言ったら、やってくれるの?」


 アシュリーは首を横に振った。

 強く、強く、何度も何度も首を振る。


「やる訳ないじゃないですか! もう、私の力で誰かが傷つくのは見たくない……」


 彼女の感情をなぞるように、ぶわっとブロンドの髪がたなびく。

 強い風がひと吹きしたらしい。

 瀧本自身、ここまで感情を荒げたアシュリーを見るのは初めてだった。


「えっと、話の本筋が見えてこないんだけど」

「そうでしたね。ごめんなさい。では、少しだけ目を瞑ってもらえますか? 心の準備が必要なので」


 アシュリーの言うまま、瀧本は目を瞑る。

 恋愛的なシチュエーションなら、ここでキスをお見舞いされるのだろうけれど、そんな雰囲気ではないことくらいさすがに察しが付く。

 今から何が起きるのか、不安で仕方がない。


「いいですよ、もう目を開けていただいても」


 彼女の号令に従い、瀧本は目を開け、彼女の方を見た。


「…………えっ?」


 にわかには信じられない光景が目の前に立っている。

 その姿を到底信じることはできず、瀧本は言葉を失くした。


 目の前にいるのは、いつものアシュリー……なのだが、どうも右腕がおかしい。

 黒く硬質化し、女性の腕とはかけ離れたゴツゴツとしたシルエットになっている。

 その影響か、彼女の右目は綺麗なエメラルド色から、くすんだ黄色に変色し、瞳の白かった部分は真っ黒に変化している。


 特殊メイクだろうか、と一瞬疑ったけれど、目を瞑ったのはほんの数十秒だ。

 そんな短時間でメイクなんてできるはずがない。


 彼女の正体が何だろうと、明らかに普通の人間ではないことくらい誰にだってわかる。


「えっと、アシュリー…………?」

「はい。これが私です。私の、裏の顔」


 暗い声で、淡々と彼女は語る。

 それは普段の明るくて朗らかなアシュリーとは違い、擦れて淀んだ人間の声だった。

 左の瞳もエメラルドが輝いていない。


「アシュリー、君は一体……」

「私は、普通の人間ではないんです。これで多くの人を傷つけてきました。命を奪いました。私に、幸せになる権利なんてありません」


 まるで自らを棘のある鎖で縛るような言い方だった。

 瀧本は彼女の圧にただただ圧倒されるだけで、何も言葉が思い浮かばなかった。

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