第8話「バニラ」
美味しいね、と矢野は早速バニラとストロベリーのミックスを食べていた。
瀧本もアシュリーの分も含めてバニラアイスを注文し、近くに設置されているベンチに座る。
「アイス、初めて?」
「はい。楽しみです」
エスカレーターが初めてという反応から察するに、アイスが初めてという反応も容易に想像できた。
彼女ははむっとアイスを一口頬張ると、また目をキラキラと輝かせた。
「甘くて、冷たくて、美味しい……」
子供のようにアシュリーはアイスクリームを頬張る。
当然、キーンと頭痛が彼女を襲い、ポカポカと自分の頭部を叩いた。
「そんなにがっついて食べるからですよ」
「美味しかったもので、つい」
えへへ、とアシュリーははにかみながら、また一口アイスクリームを口に運ぶ。
矢野はもう食べ終わったようで、満足した顔でゴミを近くのゴミ箱に捨てた。
ちょいちょい、と手招きをし、テーブルを挟んで向かい合った。
「で、訳を聞かせてもらおうじゃありませんか」
「あ、あはは…………」
先程「訳アリ」とはぐらかしたが、やはりそれでは通用しなかったみたいだ。
本当のことを言うべきか悩んだ。
けれど、瀧本自身アシュリーがどのような人物なのかをあまり把握できていない。
そのアシュリー本人は呑気にアイスクリームを堪能しながら、きょろきょろと周囲を見渡していた。
「明らかに親戚じゃないし、今まで誰かと付き合ってたっていう匂わせもなかったし。まさか、昨日一緒に飲みに行けないのって」
「それは違う。けど、あの人は……ごめん、僕にもよくわからない。なんせ、昨日会ったばかりの人だから」
とりあえず、昨日の馴れ初めを矢野に話してみた。
にわかには信じられない話ではあるけれど、矢野は瀧本の話に真剣に耳を傾ける。
「まったく、君は本当にお人好しだね。もしかして、あの子にそういう下心があったりして?」
「だからそういうのじゃないんだって。ただ、僕が放っておけないだけ。あの子、誰かに命を狙われているみたいだから」
「なにそれ、もしかしてあの子、どこかの国のお姫様?」
「だったら僕、不敬の罪で殺されるかもなあ」
ああ、と瀧本は頭を抱え、首を垂らす。
どうか、そんな面倒なことにならないでほしい。
「そうだ、今度遊びに行くね。アシュリーに会いに」
買い物しなきゃ、と矢野はそ立ち上がり、そのまま食料品売り場に向かった。
まるで嵐のような人間だ。
ひと段落ついた瀧本は、アシュリーに声をかける。
「食べ終わりました?」
「はい。美味しかったです。瀧本さんも、矢野さんと何を話されていたんですか?」
「なんでもないですよ、ただの世間話です」
そうですか、とアシュリーは返答し、また荷物を持つ。
今度は瀧本が持っていたもう片方の買い物袋も軽々と手にしていた。
瀧本だって持てないことはないけれど、アシュリーはまるでハンデをものともしない様子で瀧本を見つめていた。
本当に、この細くて白い腕のどこから力が出ているんだろう。
「次はどこに行くのですか?」
「そうだなあ。とりあえず食料品売り場に行きましょうか。今日の晩御飯を買っておきたくて」
「わかりました」
矢野に遅れること約数分、瀧本たちも食料品売り場に向かった。
買い物かごは全てアシュリーが持ってくれているので、瀧本は買い物かごを持つだけで済んだ。
「今日はカレーにしようかな。ルーは……確かこの前切らしたんだった」
ブツブツと呟きながら、瀧本は玉ねぎやらじゃがいもやらをかごに入れていく。
アシュリーはただ眺めているだけだ。
「今日、君の歓迎会をしようと思うんです」
「そんな、私のことなどお気になさらず」
「いや、やらせてください。僕の自己満ですから」
「へえ、じゃああたしも混ぜてもらおうかな」
2人の背後からぬるっと矢野が登場し、悲鳴に近い奇声をアシュリーが発した。
その声で周囲の人たちが3人に注目し、瀧本たちはそそくさとその場を立ち去る。
「なんでまだいるんだ」
「それはこっちの台詞だよ。あたし、普通に買い物してたんですけど」
「もう帰ったのかと思ってた」
「ひっどーい、失礼しちゃう」
プリプリと矢野は頬を膨らませ、瀧本が持つ買い物カゴの中を見てニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「へえ、カレー作るんだ。奇遇だねえ。あたしも今日の晩御飯は肉じゃがにしようと思ってたんだ」
「そうなんだ」
「そうなんだ、って何よ。冷たくない?」
「別に君の晩御飯なんて興味ない」
「バーカ、そんなんだからモテないんだよ」
コツンと矢野は瀧本に軽くデコピンを食らわせる。
あまりにも理不尽ではないだろうか。
しかしそんな不服を口にすれば今度はデコピンでは済まないだろう。
はあ、と溜息をついた矢野は瀧本に説教を始める。
「いい? 肉じゃがとカレーはほとんど具材が一緒なの。じゃがいも、人参、玉ねぎ、お肉……」
「そうだね。それがどうかしたの?」
「だから、あたしの具材と一緒にカレーでもどうかなって」
結局、ただアシュリーの歓迎会に行きたいだけじゃないか、と内心呆れつつも、瀧本は何も言わずに買い物を続けた。
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