第7話「お買い物」
なぜか矢野も一緒に昼食を取ることになり、彼女はざるうどんが乗ったトレイを運んで2人のところにやってきた。
「なんで一緒なの」
「そりゃ、面白そうだから」
ニヒヒ、といたずらっ子にように矢野は笑う。
アシュリーは矢野が啜るうどんに興味津々だった。
「あげないよ?」
「あ、いえ、お気になさらず」
矢野に指摘され、アシュリーは顔を赤くしながらも自分のラーメンを食する。
よほど恥ずかしかったのか、丼の中身はすぐになくなってしまった。
朝から思っていたことだが、アシュリーはどうやら大食いで早食いらしい。
瀧本たちも食事を終え、3人は席を立つ。
これで解散、となればよかったのだが、当然矢野はそれを許さない。
「これからどうするの?」
「買い物。寝具とか、他の生活用品とかいろいろ」
「じゃああたしも付き合うよ。瀧本くんじゃわかんないこともあるだろうし」
余計な真似を、と口にしたくなったけれど、正直ありがたいとすら思っていた。
女性の心理は女性にしかわからないところもあるから、何の経験もない瀧本がやるよりはよほど頼りがいがある。
よろしくお願いします、とアシュリーはペコリと頭を下げた。
「よし、しゅっぱーつ! まずは寝具だね」
「なんで君が仕切ってるんだ」
「だって、ここからはあたしに任せてくれるんでしょ?」
「まあ、それはそうだけど……」
「なら、あたしの言う通りにしてよね」
はいはい、と適当に返事を済ませ、瀧本はずんずんと先頭を行く矢野の後ろをついていく。
アシュリーも矢野についていった。
「その服可愛いね。あなたのセンス?」
「いえ、瀧本さんが選んでくれました」
「本当? すごい、似合ってる。センスいいんだね」
いや、まあ、とたどたどしい返事だった。
ファッションセンスに自信はなかったけれど、第三者がそう言うのなら大丈夫なのだろう。
ホッと胸を撫で下ろし、瀧本はもう一度アシュリーを眺めた。
やはりどこからどう見ても同じ人間とは思えない。
彼女は、とても美しすぎる。
周囲もアシュリーの美貌に釘付けになっていた。
隣で歩いていて少しだけ気分がいい。
「注目の的だね」
「私、変でしょうか」
「ううん、あなたがすごく可愛いからだよ」
「可愛いだなんて、そんな……」
またアシュリーは下を向いた。
顔を赤くする様子がやっぱり可愛らしく映る。
矢野に連れられて、2人は寝具店に向かう。
「ねえ、シーツはどの色がいいとか、ある?」
「お任せします」
「よっしゃわかった」
そう言うと矢野は薄い水色のシーツを選び、立て続けに敷布団と掛布団も彼女の独断で選択した。
悩む素振りなど一切見せず、これ、これ、と即決していく。
他人の買い物なのに、どうしてそこまですぐに決めることができるのか瀧本には理解できない。
会計を済ませ、瀧本はシーツだけを持って店を出る。
掛布団と敷布団は後日配送してもらうつもりだ。
次、次! と矢野はアシュリーの手を引っ張り、ショッピングモール内を駆け巡る。
当然商品を見定めてから決めるまでのテンポが速いため、想定よりも早く買い物が終わりそうだ。
「ねえ、適当に決めてない?」
「決めてないよ。アシュリーが『なんでもいい』って言うから、あたしが選んであげてるの」
「そうです。私、こういうものには疎くて、どういったものを選べばいいのかわからないので、とても助かります」
矢野はフンと鼻を鳴らした。
そんなドヤ顔見せなくていいのに、と少し困惑する瀧本だったが、彼女がいてくれたおかげで女性特有のデリケートな買い物も済ませることができた。
こればっかりは感謝しなければならない。
絶対口には出せないけれど。
一通り買いたいものを全て買い終えた。
両手はパンパンに詰め込まれた買い物袋で塞がっていて、これがそこそこの重さを発揮している。
時計を確認すると、まだ15時過ぎだった。
このショッピングモールに滞在するにしても、帰宅するにしても、中途半端な時間だ。
「何か甘いものでも食べていかない?」
「またフードコートまで戻るのか」
「ううん、1階にソフトクリームが売ってあったから、それ食べようかなって思ってるんだけど、どう?」
是非、とアシュリーが返事するので、瀧本たちは早速1階のソフトクリーム店に向かった。
「瀧本さん、重たいでしょう? 持ちますよ」
「いや、大丈夫です。なんのこれしき」
アシュリーからの申し出を断る瀧本だったが、それは半分やせ我慢も入っていた。
買い物袋の中身は、洋服だったり、その他生活用具だったり、アシュリーが今後暮らす上で必要なものばかりだ。
無駄なものなどないとわかっているから、この両手の重みがひしひしと伝わってくる。
「……放ってはおけません。片方持ちます」
瀧本の有無も言わせず、アシュリーは彼の右手の買い物袋を横取りする。
ひょい、と軽々しく持つ彼女の表情はとても涼しかった。
その細い腕からどれくらいの力が出ているのだろうか。
「あの、気持ちはありがたいんですが、その……」
瀧本が指差す先は、矢野が目指していたであろうソフトクリーム店だった。
目と鼻の先にあることを確認したアシュリーは、顔を真っ赤にしてゆっくり舌を向く。
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