第9話「カレーライス」

 結局そのまま瀧本の買い物に矢野は合流し、一緒に瀧本の家に向かうことになった。

 

「楽しみだなー、瀧本くんの家」

「そんな面白いものなんて何もないぞ」

「いいもん。アシュリーがいるだけで面白そうだから」


 えへへ、と矢野はアシュリーの隣を嬉しそうに歩く。

 一体何がそんなに彼女を高揚させているのか、瀧本には理解できなかった。

 手ぶらで歩くくらいなら、自分の荷物くらい自分で持ってほしいものだ。


 歩くこと数分、長い買い物を終え、自宅であるマンションに帰ってきた。


「お邪魔しまーす」


 家主である瀧本よりも先に矢野は部屋に上がり込み、台所を目指す。

 あまり荒らさないでくれ、と忠告しようとしたが、どのタイミングで布団の配達がやってきた。

 受け取りの手続きを済ませ、矢野に遅れて台所に向かうと、まるで自分が家主であるかのようにてきぱきした手さばきで作業をする矢野がそこには立っていた。


 アシュリーは矢野に教わりながらピーラーでじゃがいもの皮むきは上手くできていた。

 当然こんな作業もやったことがないらしく、アシュリーは大変楽しそうにじゃがいものの皮を剥いていく。


「僕、何をしたらいい?」

「えーっと……玉ねぎ切ってて。あたし、サラダの準備するから」


 はいよ、と返事をして、瀧本はアシュリーの隣に立った。

 これではどっちが家主なのか完全にわからない。


「料理って、楽しいですね」


 心労の重なる瀧本だったけれど、彼女の柔らかな笑みを見るだけで疲れはすぐに吹き飛んだ。


「本格的に料理を勉強すると、きっと楽しさは今の比じゃないですよ」

「そうなんですか? 私、料理なんて全くやったことがないので、是非勉強したいです」


 アシュリーの言葉は再び矢野に火をつける。

 これ以上は勘弁してくれ、という瀧本の願いも虚しく矢野はグイグイとアシュリーに詰め寄った。

 今日がアシュリーと初対面のはずなのに、アシュリーとの距離の詰め方が極端に近い気がする。

 女性というのは皆こんな感じなのだろうか、と瀧本の中で新たな疑問が生まれた。


「じゃあ今度あたしが教えてあげるね?」

「本当ですか? よろしくお願いします」

「よかろう。じゃあとりあえずその野菜切ってくれる?」

「はい」


 矢野はアシュリーに指示を出す。

 どういう風に切ればいいのか、かなり具体的でわかりやすい。

 そのおかげもあって、アシュリーは料理初心者にも関わらずかなり手際よく野菜をカットしていた。


 その後も矢野の指示通りに料理は進み、カレーライスが完成した。

 香ばしい匂いが部屋中を包み込む。

 見た目も悪くない。


「なんでしょう、すごく美味しそうな匂いがします」

「あれ、もしかしてカレー初めて? 美味しいぜー? トブほどにな」


 何故かドヤ顔を決めた矢野は、もう既に缶ビールに手を付けていた。

 今に始まったことではないが、彼女の飲み癖の悪さは心底辟易とする。


 あらかじめ炊いていた米にカレーを盛り付け、食卓に並べる。

 サラダは既に矢野が作っていた。

 レタスやトマトなどをふんだんに使い、テーブルに彩りが飾られていく。


「矢野って意外と料理できるんだね」

「意外とって何よ。これでも自炊している方なんだからね?」


 矢野は買い物袋から総菜の唐揚げも取り出し、レンジで温めた。

 歓迎会にしては少し華やかさが足りないメニューだが、アシュリーはとても満足そうだった。


「いただきます」


 瀧本が号令をする。

 そのまねをするかのように、アシュリーは両手を合わせ、ペコリと小さく頭を下げた。


 スプーンにカレーを乗せ、口に運ぶ。

 やはり想像通りの反応が返ってきた。


「からっ、辛いです…………」

「だから言ったでしょ? トブって」

「はい。でも、美味しいです」


 カレーに病みつきになってしまったのか、彼女はパクパクとスピードを上げながらカレーを頬張っていく。

 まだ鍋の中には大量のカレーが残っているが、アシュリーの食べっぷりから察するにおそらく明日食べる分はなくなってしまうだろう。


 カレーは何食分か作り置きができるから、かなり重宝するレシピだ。

 今ここで食べきられてしまったらもったいない。


 瀧本は容器に明日の分のカレーを入れ、冷蔵庫に保管した。

 案の定、アシュリーはものすごいスピードでカレーを消費していき、鍋の中はあっという間に空っぽになってしまった。


「やっぱすごいね、アシュリーは」

「すみません……」


 ハッと我に返ったアシュリーは、また顔を赤くして下を向いた。

 どうやら食事のことになると夢中になってしまう性格らしい。

 なんだか完璧美少女の意外な一面を見ることができた気分だ。


「気に入ってくれたのならよかった」


 少し高揚した気分で、瀧本はカレーを食する。

 いつもよりスパイスが効いている気がするが、それはそれで美味しかった。

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