第4話「同棲の準備」
瀧本とアシュリーは今後のことについて話し合うためにもう一度テーブルに向かい合って座る。
目の前で鎮座する彼女は、女らしさの欠片もないTシャツを身に纏っている。
一緒に暮らすとなると、衣類含め様々な生活用品を揃えなければならない。
A4サイズのコピー用紙を持ってきて、瀧本は用意するものをリスト化する。
衣服、肌着、ハブラシ等の生活用品はもちろんのこと、寝具にアシュリーの分の食器も購入しなければならない。
「ああ、ドライヤーもか」
彼女の長い髪を眺めながら、リストに追加する。
短髪だから今まで全く気にしてこなかったが、アシュリーのように長い髪だと乾かすのにも一苦労だろう。
思いつく限りを書き上げた瀧本は用紙を四つ折りにしてズボンのポケットに入れる。
「よし、行きましょうか」
「行くってどこへ?」
「買い物です。服とか、生活用品とか、その他いろいろ揃えなきゃいけないし」
「いえ、そんな、私、着られる服さえあればそれで充分です」
そういうわけにもいかない。
少なくとも下着はちゃんと用意しなければ、衛生的にも問題が生じる。
それに、毎日彼シャツ……というのは、やはり心臓に悪い。
理性が保てない可能性がある。
Tシャツから顔を見せる、白い雪のように綺麗な肌。
ブロンドの長髪に、エメラルド色の澄んだ大きな瞳。
やはり、こんなにも素材が美しいのだから、生かさないともったいない。
「僕からのプレゼントだと思ってくれたら、ね?」
また気持ち悪い言葉を言ってしまっただろうか、と瀧本は自責する。
矢野以外あまり女性と接してこなかった上に、矢野自身そこまで異性として見ていないため、どのようにして女性と会話をすればいいのかよくわからない。
ああ、と歪な笑みを見せる瀧本だったが、アシュリーは変わらず柔らかい笑みを彼に向けていた。
「わかりました。私、瀧本さんの選んだものならなんでも大丈夫です」
「そ、そうですか……」
責任重大だ。
気に入ってもらえるといいな、と少し気負いつつ、瀧本は買い物の準備を始める。
散歩するには丁度良い天気だった。
暑くもなく寒くもなく、風も強くない。
全てが丁度良い具合に調節されている。
危惧すべきはアシュリーの追手だろう。
彼女にあれだけの深手を負わせたのだから、相当の手練れのはずだ。
にもかかわらず、アシュリーはキョロキョロと辺りを見渡し、その度に目をキラキラとさせている。
警戒しているわけではなさそうだ。
命を狙われている人間が、こんな風に簡単に外に出ていいものなのだろうか?
「大丈夫なんですか?」
「何がです?」
「えっと……命、狙われているんですよね」
瀧本が尋ねると、なぜかアシュリーはふふふと微笑む。
「大丈夫です。おそらく、私を襲ってくる者はいません」
「なんでわかるんですか?」
「それは…………すみません、言えません」
隠し事が多いな、なんて思いながらも瀧本はアシュリーの隣を歩く。
もしかしたら何か騙されているのではないか、という疑念が浮かび上がるも、キラキラとしたエメラルドの瞳からはそんな悪人には見えない。
やって来たのはマンションから徒歩10分の域にある大型ショッピングモールだ。
食料品から家電まで、ありとあらゆる種類の買い物をすることができる。
建物の中に入った2人は、被服店に向かう。
モールの中の呉服店だけでも何箇所かあるので、きっとアシュリーに似合う服があるに違いない、という根拠のない自信を抱きながら、1階の婦人服売り場に足を運ぶ。
「どういう服が好みですか?」
「すみません、私、こういうのに疎くて……お任せします」
アシュリーがそういうので、瀧本は恐る恐る婦人服を選んでいく。
ファッションセンスに自信はないし、そもそもこの店の利用客のほとんどは女性であるから、瀧本にとってとてもハードルが高い。
派手過ぎないだろうか?
地味ではないだろうか?
いろんな思惑が頭の中で交錯する。
そんなこととはつゆ知らず、アシュリーは瀧本の隣で肩肘を張っていた。
「もしかして、こういうところに来るの初めてなんですか?」
「はい、お恥ずかしながら」
「ううん、僕もあまり慣れてないから、気にしないで」
その後も店内を物色し、様々な洋服とアシュリーを重ね合わせてみる。
やはりスタイルがいいからどの服を着ても様にはなるだろう。
候補が多すぎて迷ってしまう。
「気に入ったもの、ありました?」
「どうでしょう……よくわからないので」
そう微笑むアシュリーの顔からは困惑が隠せずにいた。
その奥には疲労がしばしば垣間見えている。
やはり昨日の傷が影響しているのだろうか。
早く買い物を済ませて休ませてあげたい。
そう思いながらアシュリーの方を見ると、彼女はじっと一点を見つめて動かなかった。
長袖の白生地に、スカート部分が青いチュールスカートになっているワンピース。
シンプルで素朴だが可愛げがあり、試着しなくても彼女に似合うということは十分わかる。
「これがいいんですか?」
「はい。これがいいです」
少しはにかみながら、アシュリーは答える。
初めて、アシュリーの意見を聞くことができた。
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