第5話「どんな服を着ても」

 アシュリーは駆け足で試着室に向かい、中に籠った。

 想像しただけでも可愛かったのに、実際に着てみるとどのくらい可愛くなっているのだろうか。


 なんてことを考えていると、試着室のドアが開いた。


「どう……でしょうか」


 彼女が頬を赤らめながら出てきた瞬間、目に映る光景は一瞬にして輝きを増した。

 目の前に現れたアシュリーは、まるで「清楚」の二文字をそっくりそのまま体現したように綺麗だった。


「すごく似合ってます。すごく、すごく…………」

「そう、ですか?」


 あまりの可愛さに語彙力を失ってしまった。

 しかしアシュリーからキラキラと輝きが放たれているものだから、眩しすぎて直視できない。

 

 そのアシュリーはますます顔を赤らめ、再び試着室の中に隠れてしまった。

 普段こういう服を着ないのだろう、恥ずかしさが顕著に顔に表れている。


 ひょこっとアシュリーは顔だけをこちらに見せてくれた。


「やっぱり、恥ずかしいです……」

「そんなことないですよ、すごく可愛いです」

「かわっ……もう」


 また彼女は試着室のカーテンに顔を隠したが、観念したのか、そろりと試着室から出て来ては、その全身を瀧本に披露する。

 やはりサイズも含めすべてがアシュリーに似合っていた。

 まるで彼女のために作られたと言わんばかりに。


 値札には1万円を訂正するように7千円と手書きで書かれていた。

 バーゲンセール中ということもあり、他の商品の値段もそこそこ安くなっている。

 しかしいつも買う服と比べたら倍以上の値段だ。

 女性はこんなにも洋服にお金をかけるのか、と立ち眩みを覚えた瀧本だったが、自分のTシャツを着せるよりはよっぽどマシだと思うと迷いなんてものはすぐに吹き飛んでしまった。

 

「さて、もう1着か2着くらい買いましょうか」

「そんな、もういいですよ。もうこれで充分」

「明日の着替え、どうするんですか?」

「それは……瀧本さんのものを──」


 アシュリーが言いかけた途端、ブンブンと瀧本は激しく首を振る。

 今の服装を見て思ったけれど、やはりアシュリーには女性らしい服装が似合う。

 こんな品のないTシャツを着るよりははるかにいい。


 また2人は店内を散策した。

 今度はアシュリーの方も積極的に服選びに参加するようになってきた。


「これはどうですか?」

「少し色が派手じゃないでしょうか」

「じゃあこれは?」

「良いんですけど、デザインのバランスがあまり好きじゃないですね」


 最初は「なんでもいい」と瀧本に一任していたのに、いつの間にか主導権をアシュリーが握っている。

 だけど嫌いじゃなかった。

 だって、この服はアシュリー自身が切るものなのだから。


「これなんかどうでしょう」


 瀧本が掲げた洋服を見て、またアシュリーの目が輝いた。

 ベージュのロングスカートのワンピースだ。

 一件大人しさを醸しているが、スカートの前に付けられたワンポイントのリボンが可愛らしさを表現していた。


「いいですね、これ。可愛いです」

「じゃあ決まりですね」


 一応試着もしてみたけれど、瀧本の思惑通り似合っていた。

 値段も5千円と、先程のものよりも安い。


 瀧本は店員を呼び、会計の準備をする。

 またあのTシャツに着替えてもらうのも忍びないので、このままお会計を進めることにしよう。


 その後もいろんな洋服店を歩き回り、部屋ぎ、寝間着、下着含めで3万円近くが溶けた。

 貯金はそれなりにはあるけれど、一気に3万円が消えたとなるとやはり背筋が凍りついてしまう。


 が、同居人が増えるということはこういうことだ。

 これ以上通帳は見ないことにする。


「大丈夫ですか? その、お金、余裕がなければこれ以上無理をなさらずとも」

「いえ、大丈夫です。このくらい。それより、疲れてませんか? もしよろしければお昼にしませんか?」

「昼食、ですか?」


 アシュリーが尋ねた途端、ぐうう、と腹の虫の音が鳴る。

 瀧本は自分の腹部をさすったが、自身のものからではないということは既にわかっていた。

 目の前の彼女を見ると、アシュリーは顔を真っ赤にしながら目線を反らす。


「……行きましょうか」

「…………はい」


 素直に頷いたアシュリーは、そのまま黙って瀧本の後ろを歩く。

 よほど恥ずかしかったのか、なかなか顔を上げてくれない。


 モールの吹き抜けにある時計を確認する。

 まだ11時半だが、瀧本自身もそれなりに空腹なので丁度いい。

 2人はエレベーターでフードコートのある3階に向かった。


「すごい、床が動いています……」


 アシュリーは興奮した目で足元のエスカレーターを見る。

 そんなに珍しいものでもないだろう。

 薄々気付いていたけれど、アシュリーはどことなく変な人だ。


「エスカレーター、初めてなんですか?」

「はい。故郷にはこんなものなかったですから」


 これは相当な箱入り娘に違いない、なんて思いながら瀧本はアシュリーを連れて3階のフードコートへと向かった。

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