第5話

 少し年季の入ったアパート。その二階の一室が俺の今住んでいるところだ。


 俺は家に入り急いで着替える。


 よし、間に合いそう。

 後はウィッグと眼鏡を取って少し髪を整えて……


「え?」


 ない。


 ウィッグがない。眼鏡もない。


 鏡に映るのは、少し髪が乱れた本当の姿の俺。


 いつから?


 ……あ、屋上から走って逃げたときだ!!

 あの時騒がしかったのは、俺のせいか!


 まずいまずいまずい。俺だってバレた?

 いや、バレてないわ。何焦ってんだろう。あれがこれになるなんて誰も予想できないだろ。


 一瞬で冷静になり髪を整える。


 バイト行こう。



◇◆◇◆◇◆



 薄暗いホール。チカチカと赤や青や黄色などの光が暴れる。曲と共に男女の激しい歌声。そして、歓声。


 ここは、ライブハウス『live house familiar』。

 俺がバイトをしているところだ。

 俺はここで、ドリンクなどを提供している。


「ユウくん、カシスオレンジちょうだーい」


「少々お待ちください」


 慣れたもので、注文されたものをすぐに作り頼んだ女性に差し出す。


「この後、時間とかあるー?」


「いえ」


「ちょっとだけだからー」


「いえ」


「本当に本当にちょっとだけ――」


「お姉さん、うちはそういうのやっていないんでお控えください」


 しつこい女性に割って入ってきたのは金髪の男だった。

 ここのバイトの先輩のコウさん。


「ちぇ」


 女性は拗ねたようにステージの方に戻って行った。

 コウさんは外見が少し怖いから怯んだのもあると思う。優しいんだけどね。


「ありがとうございます、コウさん」


「いいって、もう慣れたわ。本当にモテるよな」


 後頭部に手を置いて投げやりに言う。


「すみません」


「お?自慢か?」


「違いますよ!」


 俺の様子を見てかケラケラと笑うコウさん。


「……ん?」


 ステージの前に座ったり立ったりと歓声を上げるお客さん。

 その中に一人だけお通夜みたいな顔をした人がいた。


「どうした?」


「……ヤバいです。クラスメートがいました」


 あれは、クラスで陽キャの何とかさん。神無月に殴られてるところを見て笑っている人の一人。


 どうしてここにいるんだ?俺のことバレてないよな?


 つか、なんか様子変だな。


「どの子?」


「あ、あの金髪の制服着ている」


 隣から覗くコウさんに特徴を教える。


「あー、あの今ナンパされてる子?」


「え?」


 俺は彼女に視線を向ける。

 すると、本当にナンパされていた。厳つい顔の奴らに。


 ヤバいんかな?でも、彼女こういうのに慣れてそうだからな。


 様子を見ることにすれば、彼女はうんともすんとも言わずに男たちに腕を捕まれていた。


 ちょちょちょ!


「コウさん、ちょっと行ってきます」


「おー、頑張ってなー」


 コウさんは楽しそうに手を振った。

 他人事だと思って!


「おい、走るぞ」


「……ぇ?」


 彼女の手を強引に引く。

 彼女はあっさりと男の手から解放されて、俺に引かれるまま走る。


「お、おい!!クソガキがっ!!」


 男たちは俺たちを追いかけようとするが、


「はーい、ストップ。それは、たぶん面白くない」


「ああ?」


 コウさん、ありがとうございます。


 俺は彼女を連れてライブハウスを出た。









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