第2話

「じゃあ、宵月の席はそうだなー。あ、神無月の隣が空いてるからそこで」


 よしっ!と元気な声が上がる。


 声を発したのは、例のサッカー部のエース。


「よろしく、俺栞ちゃんのファンなんだ。分からないことがあったら何でも聞いてくれ」


 神無月が栞の前に出てきて笑顔で手を差し出す。


 あ、待て。そうだ。栞がアイツに惚れたら、俺を諦めるんじゃね?


 うおぉ!頑張れ神無月!!


「よろしくね、神木くん」


 栞は笑顔を向けて神無月の隣をすたすたと通りすぎた。


「ぇ、お、俺の名前、神無月、なんだけど……」


 まさかの神無月敗北。


 月に3回は告白されるという神無月。そんな神無月が握手すら返されずに終わった。その上、名前すら覚えられずに。

 クラスの連中は驚きを隠せていなかった。


 なにしてんだよぉ。


 栞はそのまま席に座った。


「じゃあHR終わりなあ」


 先生はそう告げて教室から出ていった。


 クラスの連中はすぐさま栞の方に集まる。

 少ないけど、走って教室を去る人もいるが。たぶん、1年生か3年生の方に行った。


「栞ちゃん!どうしてこの学校に来たの!?」

「し、栞ちゃん!大ファンです!!サインください!!!」

「栞ちゃんってハーフなの!?」


 全員が思い思いに栞に質問を投げつける。

 皆が栞を囲っているから栞は外側からでは見えなくなっていた。

 でも、それは逆も然り。


 今のうちにトイレに行こう。


 なにっ!?

 教室のドアが塞がっている!?


 何故だ!?


 はい。他のクラスの奴らが群がっているからです。


 おいおい、ふざけんなよぉ。トイレ行けねぇじゃねえかよ。


 仕方なく。本当に仕方なく、俺は席に戻ることにした。


 ガタッ。


 誰かが椅子を引く音がした。そして、教室がざわついた。


「ごめんね、私がここにいるから教室出れないよね」


「……っ!?」


 肩がはね上がった。


「……し、宵月さん」


「えぇー、私のことは栞でいいよ?」


 小悪魔の笑みを浮かべる栞。


「悠成くん、一限はいつ始まるの?」


「……9時からだよ」


 今、わざと俺のことを下の名前で呼んだな。幸いなことに賑やかだから、聞かれてはいないが。聞かれていたら面倒なことにはなっていたな。


「ありがとっ、じゃあそれまでどこかに行っとこうかなあ」


「あ、うん」


 栞はそのまま俺の隣を通りすぎる。


「放課後、屋上で待ってるから」


 通りすぎ際、栞が俺にしか聞こえない声量でそう言った。


「……」


 まじすか。


 俺はその場に呆然と立ち尽くすことしかできなかった。


「ありがとうぐらい言えや、クソ陰キャっ」


「つっ!」


 栞を追って教室を去る陽キャの一人に肩を押される。

 いきなりのことに対応できずに無様にも転んでしまう。


「いい様」

「栞ちゃんを無視したんだから当然だよね」

「ねー」


 痛いなあ。

 でも、まあ一理あるな。ありがとう、大事。


 体を起こし辺りを見渡せば人ひとりいなくなっていた。

 こんなにいないんじゃトイレに行く必要ないな。


 あー、どうしよう。


 千夏と鈴鹿にはバレてんのか?

 全く同じタイミングだからなあ。たぶんバレてんだろうな。

 それでも、こちらに現れないのは栞と同じ状況なんだろうな。


 まあ、好都合なんだが。このまま1ヶ月は持ってほしい。


 いや、今は栞だな。


 屋上ってそういうことだよな。

 どうしよう。でも、約束してしまったからには、応えないといけないから……。でも、まさか叶えるとは思わないじゃん?


 諦めるしかないんだろうけど、本当に付き合えない理由があるんだよ。


 ……ここは、正直に事情を話そう。

 そうすれば、きっとわかってくれ――


「いた。ゆうにぃ」


「え?」


 教室に一つの足音が入ってくる。

 抑揚のない落ち着く声を出しながら。


 『ゆうにぃ』。俺のことをそんな風に呼ぶ人なんて、俺は一人しか知らない。


「久しぶり」


 小さな影が俺の腹に飛び込んでくる。


「……ど、どうしてここに、いるんだ?」


 ありえない。だって、今日入学したんだろ?なら、一人でこんなところにいれるわけがないんだ。


「ん?転入したから?」


「い、いやそれは知ってる。それより、クラスメートに絡まれなかったのか?」


「絡まれた。けど邪魔って言ったらどいてくれた」


 ……こんなん予想できるかよ。


「ただいま、ゆうにぃ」


 俺の腹に抱きつく少女はそう告げる。


「お、おかえり、千夏」


 黒髪ボブの小柄な少女は小さく口角を上げて、笑った。  

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