第20話【Side】

 ブブルル王国王宮にて。

 ゴルザーフ国王は何枚もの請求書を見て唖然としていた。


「宰相よ! この修繕は必要なものなのか?」

「はい。モンスターの襲来で八箇所の外壁が大破。大至急工事が必要です」

「おのれ……。我が国の騎士どもはなにをやっていたのだ。余計な経費をかけおって」


 ゴルザーフ国王は請求書を見て苛立ちながら声を荒げる。

 しかし、宰相はそんなゴルザーフ国王に対して感情を抑えながら冷静に対応した。


「陛下! お言葉ですが突然のモンスターの襲来に対し、我が騎士団は命をかけて王都のために戦ったのです。命を落とした騎士も大勢います。決して手抜きなどしていませんよ」

「う……うむ。言いすぎた」


 ゴルザーフ国王は内心で苛立ちを止めつつ、そう言う。

 二番目に偉い宰相を敵に回すわけにはいかないのだった。


「だが宰相よ。これだけの莫大な修繕費用を使えば我が国は赤字になってしまう」

「もう隠し切れないでしょう。王家の給金を標準に下げていただくしかありません」

「な!? 知っていたのか?」

「今までは国を回せていましたし、民からも過剰に税を徴収していませんでした。我が国は王国である以上、陛下の所有物のようなものでもあるため知らぬふりで通していましたよ。ですが、現状ではそうもいきません」


 極力ゴルザーフ国王に尽くしてきた宰相。

 多少の悪事に対してもなにも言わずに協力してきた。

 だが、それもできなくなるほど王都は危機的状況になっている。


「くそう……。ヴィレーナが肝心なときにいなくなってしまうから貴重な臨時収入が……。それさえあれば費用も補えたというのに」

「その件ですが、妙な噂を聞きました。メビルス王国にヴィレーナがいるという情報が入っています」

「そんなバカな! ヴィレーナは王都から外へ出ることを許していない。厳重な検問所をどうやって突破したというのだ」


「情報によれば、メビルス王国王都付近にて赤の兆候を確認したそうです。しかし、なぜか突然その兆候も消え、今も王都は無傷だとか」

「それはありえん。我が国の騎士団魔導士全てをぶつけてようやく倒せるかどうかのモンスターしか出ない色だぞ。貧弱なメビルス王国の騎士どもでは壊滅確定だ」

「仮にヴィレーナの聖なる力とやらで防いだとしたら、ありえる話です」

「…………」


 ゴルザーフ国王はなにも言えずにいた。

 散々ヴィレーナの力などゴミ同然で役にも立たないと言ってきたのだから。

 今までブブルル王国が平和であったからこそ、ヴィレーナの本当の力に気がつかなかったのである。

 ヴィレーナがブブルル王国の王都を守ってきたことも。


「どうやったのかは知らんが、仮にも本当にヴィレーナがメビルス王国にいるのだとすれば、大至急連れ戻す手配をしろ。現状、我が国の王宮直属聖女という肩書にはなっているのだからな」

「それは同感です。大至急手配をし、なおかつメビルス王国には勝手に我が国の力を使わせたのだからそれ相応の金品を請求してもよろしいかと」

「あぁ。当然だ。こればかりは文句は言わせぬ」


 宰相はすぐにヴィレーナ奪還のための準備を始める。

 だが、その際にありえない事実が発覚したのだった。


「陛下! 緊急事態です!!」

「どうしたのだ?」

「我が国の正式な契約書を見てください!! ヴィレーナの名前がどこにもありません!」

「は!? なにを言っている!」


 ゴルザーフは慌てながら契約書に目を通した。

 国王から宰相、大臣、魔導士や騎士団といった王宮に仕えている者と、ブブルル王国にいる貴族全員の名簿である。

 そこにはそれぞれの給金や任務内容、役職などが詳しく記載されていて、さらに魔法付与によって勝手に改ざんなどはできない。

 変更や抹消は、全てゴルザーフ国王が行うため、当然ヴィレーナの名前も抹消していないのだ。


「な……、いない。ヴィレーナがどこにも……! あいつは確かに聖女という枠で登録していたはずだ!」

「お言葉ですが、陛下はヴィレーナのことを邪魔者扱いしていたではありませんか。陛下の権限で抹消したとか」

「それは絶対にありえん! あいつは使い道があったし、死ぬまで働かさせるつもりだった……」

「ではいったいなぜこのようなことに……」

「わからん! それにしても、これではメビルス王国になにも文句が言えないではないか……。しかも、ヴィレーナが正真正銘のブブルル王国聖女だということを証明できない以上、王金貨も受け取れなくなる……」


 ゴルザーフ国王と宰相は、このとんでもない事態に途方に暮れていた。

 そんなときに限って追い討ちをかけるように災いはやってくる。

 大慌てでブブルル王国の騎士団長が王室へ入ってきた。


「陛下、大変です!! 王都南方方面約十キロの位置にモンスターの予兆『赤』を確認。大至急避難指示を!」

「赤だと!?」

「これはまずいですぞ。我が騎士団も魔導士も先日のモンスター襲来の影響で死者及び負傷者多数、戦力になる者はわずかです」


 宰相は冷静に国の状況を話す。

 しかし、すでにゴルザーフ国王は冷静さを失っていた。

 そんな中、騎士団長は王都の民を考えた答えを導き出す。


「全ての馬車を駆使し、反対側のメビルス王国方面に、できる限りの人間を避難させたほうが……」

「王都を捨てろというのか? 馬鹿者め! 王都を守るべき騎士団の騎士団長のおまえが逃げる判断をするとでもいうのか!?」

「しかし、すでに先日のモンスター襲来の影響で防壁はほぼ無防備。白や青の兆候ならなんとかなりますが、赤では……」

「く……。赤だろうがおまえらが責任を持ってなんとかしろ。避難指示などは認めぬ! 死ぬ気で王都を守れ!!」


 ゴルザーフ国王はそう言って、慌てながら王室を出ていった。

 残された宰相と騎士団長は、無茶な命令を聞き入れることもできずどうしたものか悩んでいた。


 やがて出した答えば……。


「騎士団長よ、宰相の私が許す。ひとまず国中の馬車を使い可能な限り避難させよ」

「承知。ただし私ら騎士団は、残り赤のモンスターの出現に合わせ戦闘準備をします」

「死ぬ気か?」

「陛下の言うとおり、王都、そして民を守るのが我々の定め。倒せなくとも民が逃げられる程度の時間稼ぎくらいは……」


 騎士団長の強い意志に対して宰相はなにも言い返せず、そのまま受け入れるしかできなかった。


「ブブルル王国の誇り高き団長よ。引くときは引け。決して無理に倒そうとはせず、時間稼ぎだけに意識せよ」


 宰相と騎士団長の絆が芽生えたころ、ゴルザーフ国王は可能な限りの金貨などを持ち、真っ先に馬車に乗り込んでいた。

 王都からメビルス王国方面に逃げ出していたのだった。

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