発令! 酸素欠乏注意報!

***


 ソウと幼なじみになって、一ヶ月。

 幼なじみになったのだから、ソウに『幼なじみ』だと紹介してもらうこともあれば、私がソウを『幼なじみ』と紹介することもある。そんな日常をソウと同じ小学校出身のメンバーが、疑問に感じるのもまた自然の流れだろう。


 出席番号が近く一緒に行動することが多いダーリンこと篠田リンも、ソウと同じ小学校出身のメンバーであり、私たちの関係を不思議に感じていたひとりだ。だけど……。


「一応、筋は通しているし。当事者ユイたちが同意してるなら第三者わたしが否定するのも無粋でしょ」

「ダーリンが選ぶワードの方が何倍も粋だよー」


 今はソウと私の不思議な幼なじみの関係を認めてくれている心強い存在だ。


「しかし、まあ。あっち《桜庭》が言い出しっぺとは言え、始まりがあった幼なじみだと他人に話さない方がいいと思うよ。ああ見えて、桜庭はモテるからね」

「そうなの!?」

「あー、やっぱり気付いてなかったか。ユイが獲物を狙うギラギラした瞳じゃなかったから……まあ、そうだろうなあとは思ってたけど。うん、まあ。でも、そういうタイプでもなければ、桜庭だって提案もしないだろうな」


 言葉とは裏腹に、ダーリンが浮かべる笑みが少し暗い。

 その暗さの理由が気になり、ずっと聞きたかったことを思い切って尋ねた。


「ダーリンは、ソウの本当の……って、表現も変なんだけど。幼なじみだったりする?」

「私は、桜庭の幼なじみではない。私は、違う」


 ハッキリと言い切るダーリンが、嘘を吐いているとは思えない。

 まだひと月だけの短い付き合いだけど、ダーリンの言葉は嘘じゃないって信じられる。だけど……。

 ハッキリと言い切りながらも、言葉が途切れ途切れになっている理由は何だろう。いったいダーリンは、何が気がかりなのだろう。


「そう、なんだ……」

「そうなのよ。ソウだけに、ね」

「なにそれー! ダーリン、そんな冗談も言うんだー」


 幼なじみと双方が同意した関係とは言え、実際に長い付き合いをしているわけじゃないソウの知らないことはまだまだ多い。だからこそ、小さな変化も感じ取りたい。とは思っているけど、一朝一夕で信頼関係を築けるとも思っていない。だからこそ、引き際も大切にしたい。そんなことを思いながら、今日も私はソウとソウの周りと駆け引きしていた。


「あ、ユイ。ちょうどよかった!」

「どうしたの、ソウ?」


 タイミングよく話がひと段落した瞬間、ソウが声を掛けてくる。


「英語のプリント、写させて」

「え、私なんかに頼んじゃう? むしろ、ダーリンに頼んだ方が良くない?」

「えええ? それこそ『何で私なのよ』?」

「だって、ダーリン。英検、取得してるんでしょ?」


『小学生時代に英検を取得している賢い子』

 ダーリンのことを一番最初に覚えた情報が上記の口コミだった。

 だからこそ、早くも文法に苦戦している私なんかの答えより、ダーリンに頼った方が良いと素直に思ったんだ。だけど……。


「えー、幼なじみに借りる方が気楽だろ?」

「そうそう。幼なじみの方が気心しれて、借りやすいだろ?」

「そんな、もの……なのかなあ?」

「「そんなもの、そんなもの」」


 ふたりに言い切られると、途端に自信がなくなってくる。

 『ソウとは本当の幼なじみじゃない』という引け目が、私自身の言動にブレーキを掛けてくる。


「……間違っていても、ソウの文句は受け付けないからね!」

「あったりまえだろ。感謝、感謝!」


 私のプリントを握って、ソウは席に向かう。

 その姿を見届けながら、思う。


 私は、キチンと幼なじみを出来ていただろうか。

 というか、幼なじみとして、違和感がなかっただろうか。


 というか……。

 こんな心配ばかりする幼なじみなんて、既に不健全なんじゃ……。


 確かに私は幼なじみを欲していた。

 幼なじみがいないことが激しいコンプレックスだったし、強い憧れもあった。だけど……。生じ掛けた迷い全てを吹き飛ばすように、私はソウに向けて元気よく声を出す。


「ソウ、あと三分だよ! 急いでー!!」

「ええええ! マジか!? 先生、遅刻しないかなあ」

「無理でしょー。廊下にバナナの皮でもないと」

「ちょっ、バナナの皮って。まさか昭和のボケを突っ込むとは! 油断してたぜ」

「いいから、早く。手を動かす、動かす!」


 ソウと織りなす、ボケとツッコミのような会話に際限はない。ソウとだったら、会話のラリーが永遠に続く気がするよ。

 ソウが私と幼なじみだと断言してくれた。その事実が一番大事ということも分かっている。だけど、その事実だけではソウの幼なじみだと誇れない。


「ユイのくせに偉そうだなあー。って、貸してくれるユイがえらいな。うん、ごめん」

「今、褒めてくれなくていいから。ちゃっちゃと終わらせてー」

「はいはーい」


 息苦しいほどの悩みがないわけじゃないけれど。

 抱えられないほどの契約をしたかもしれないと後悔しないわけでもないけれど。

 ソウと一緒に馬鹿なことを言い合える関係に心地よさも感じていたんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る