今日からボクの幼なじみ
@r_417
まるで水素よりも軽いノリ
***
青い空、白い雲……。
これから始まる新生活を後押しするような清々しい天気。
「……にも関わらず、どうして佐藤は沈んでるんだ?」
「ははは、聞いちゃいましたか。桜庭くん……」
中学校に入学して、一週間。
同じ小学校から五つの中学校に分散した結果、新たに覚える顔が多すぎる。まだまだ知り合いも少ない中、隣の席の桜庭ソウは辛うじて名前を把握している数少ない一人でもある。
「桜庭くんもさあ、幼なじみがやっぱいるの?」
「え、なに? 佐藤にはいないの?」
「いるわけないよ。てか、幼なじみで都市伝説じゃないの?」
「何がどう転んだら、幼なじみが都市伝説になるんだよ……」
私が住んでいる街は、市内でも有数の工業特区。
転勤族は当たり前。住み続けている人の方がレア。
珍しく何年も住み続けられたとしても、二年もあれば周りのメンバーはガラリと変わる。そんな場所がホームグラウンドの私にとって、幼なじみはツチノコ以上にレアな存在だった。
「いやいやいや、別にずっと一緒にいない相手でも幼なじみって成立するだろ?」
「えー……、そういうものなの?」
「ずっと一緒にいなきゃ幼なじみとして認定してもらえないなら、幼なじみとの感動の再会系は成立しないだろ?」
「それもそう、だね……」
「そう考えたらいるだろ。一人や二人や百人や」
「ちょっ、一気にスケール広げすぎだから!! でも、そっかー……。うん、やっぱりいないなあ」
そう言った途端、とても虚しくなった。
去りゆく前提。刹那のお友だち。転勤がデフォルトの街で暮らす中で、全てが別れありきだったのだから。
「腐れ縁とか言いながら、幼なじみを紹介されるの地味にダメージがキツいんだよね……」
「ああ、成る程。そういうことか」
私が凹んでいる理由を理解した桜庭くんは納得の表情を浮かべながら、とんでもないことを口走った。
「じゃあさ、ボクと幼なじみになっちゃう?」
「……へ?」
「だからさ。幼なじみがいなくて、コンプレックス感じて凹んでたんだろ? いいよ、佐藤が今日からボクの幼なじみで」
「えっと……」
狸に摘まれたとはこんなことをいうのだろうか。
突拍子もなさすぎて、桜庭くんの会話に振り落とされてしまいそうだ。
「幼なじみってさ。なろうと思ってなれるもんじゃない、よね?」
常識的に考えて、幼なじみってなろうとしてなるもんじゃない。
親を選べないように、名前の拒否権がないように。
幼なじみも『選択』するものじゃなくて、『必然』というものだと思っていた。……今、この時までは。
「うーん。まあ、確かに。なろうと思ってなれるもんじゃないかもしれないけど、なろうと思わないとなれないものでもあるとボクは思うけど」
「どういう意味?」
「じゃあさ、佐藤さんに尋ねるけど……。『友だち』と『幼なじみ』の違いって何なの?」
……。
改めて考えると難しい。
だけど、『幼なじみ』はいないと思う私の周りの『友だち』にない要素として、一番に思い浮かんだのは……。
「……昔からの知り合いかどうか、じゃないの?」
これに尽きる。
刹那的な友だちも悪くはない。
だけど、一緒に重ねる時間も少ないから懐かしむことは出来ない。
「まあ、そう返すよね。じゃあ、『昔』って何歳まで良いの? 生まれてすぐ? 物心付くまで? 小学校に入学する前?」
「うーん、そう言われてみると……。定義が出来ない、かも」
漫画や小説でよく見る生まれた時からの幼なじみという設定も、有名人の小学校時代からの幼なじみという発言も。どちらもすんなり受け止められる。
……にも関わらず、どうして私は小学校時代の友だちを幼なじみと認識できないのだろうか。グルグル思考が渦巻く中で、先ほどと同じあっけらかんとした口調で桜庭くんは言い放った。
「だろ! なら、今この時点から幼なじみだと言い張るのもまたアリだと思わない? 百歳まで生きるつもりなら、まだ人生は九割弱も残ってるんだよ」
「そりゃあ、そうかもしれないけど……」
何とも強引な理屈にあっけに取られながら、私は桜庭くんに引き寄せられる。
「てことで、今日からボクの幼なじみで」
一見すると爽やかな笑みに見えるけど、反論を許さないと言わんばかりの圧もある。
確かに桜庭くんの提案に乗れば、憧れの幼なじみを手に入れることができる。
だけど、本当に軽々しく手を伸ばしてもいいのだろうか……。
「ボクじゃご不満ってこと?」
「いやいや、そうじゃなくて! ただ」
「ただ?」
押し黙る私に向けて、茶目っ気たっぷりに聞く桜庭くんを目の当たりにすればするほど、真意が掴めない。
上手い話には裏があるって、昔から言うし……。桜庭くんのメリットがまるでわからないうちは下手な行動が出来ないというか。
「桜庭くんが、私の幼なじみになるメリットが一つもないよね?」
「えー!? 佐藤さん、まさかの損得勘定主義なの?」
「いや、別にそういうわけじゃ……」
「じゃあ、いいじゃん。今日みたいな天気の良い日に、たかだか幼なじみの有無くらいで辛気くさい空気が避けられるなら、かなりのメリットじゃないかな?」
「あー。はい、すみません。私が悪うございました」
確かに桜庭くんの言う通り。
『たかだか幼なじみ』の有無で、凹む姿は見苦しいだろう。
だけど、私にとっては『されど幼なじみ』なわけで……。
そう考えれば考えるほど、桜庭くんの提案を受け入れた方が得策な気がした。
「じゃあ、今日からよろしく。幼なじみ」
「だね。幼なじみ」
こうして、私・佐藤ユイと桜庭ソウの幼なじみの歴史はスタートした。
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