第26章 真相

 ここでの暮らしも一カ月にもなった。少しずつ知識と自信をつけて、以前よりもたくましくなれた。ムーンホルトの情報は相変わらずで、書庫を何度も行き来し、様々な資料を読み漁ったがこれという成果を上げることはできず、行ってみないと解らない状況だった。 一方で、サバイバル技術は積み上げることができ、この辺りの自然に投げ出されても少しは食いつないでいけるくらいのものだった。クウェンとの面談も進み、お互いに信頼ができる人間ということを理解できた。まだ話していないことは沢山あるが、何処から来たかは伝えた。ロイネスクドのことも色々教えてもらい、ここがもともと古層主義によってできた施設で、それを再利用する形でこの国が形成されたことを知った。この前の文明は既になく、ここはそれを受け継ぎ、街や城の施設は何度も変革を繰り返して今の形になったということだった。城も「ロイネスクド城塞」という安直な名前だと判明した。

 この日もいつもの様に面談を始めるために面談室に招かれた。面談室は低いテーブルと四つのソファが中央にあり、壁に絵画や骨董品などが飾られた、この城にしては狭い一室だった。

 部屋の中にはいつも通りクウェンが居るだけで、他に話を聞くものは居ないため話しやすかった。そして部屋に入って席に座るとクウェンがいつもの様に話しはじめた。

「君たちもここに来て随分と経つな。信用に値すると判断したために、我々の目的を伝える。」

 私たちが返事をすると続けて話し始めた。

「我々が軍として統括しているのは人類に宣戦布告を行うためだ。人架廃棄などの非道な行いをする奴らは正さねばならん。最も、我々は敵を見誤っていないと自負する。ソルヴが人間であるように、人間そのものに憎悪があるわけではない。ここには勝手な都合で家族を奪われた人々もいる。よって、信用できると解った物達にはこうして目的を伝え、わが軍への参入を促しているわけだ。とは言え、君たちにその意志はないと知っているからあくまでも情報として知ってもらうためだ。そして此処も、後一週間も経てばいよいよ戦争の火蓋を落とす。」

 クウェンはここの真の目的と共に、私たちに戦う意思がないことへの理解も示してくれた。私は今の話を聞き、思う節を伝えた。

「ここが戦争になるのは分かったんですけど、世界戦争になってもそれを実行しますか?」

 もし、このまま世界戦争になれば、手の着ける場所もなくなり、それが中断されると思ったからだ。私がそう質問すると

「ああ、するとも。しかしだ、アンナ、君は勘が鋭いのか。君はここから世界戦争になると思うのか?」

 と強固な意志の開示をされた後、そうクウェンに聞かれた。私の確信的な様子を見て何か思う所があったらしい。しかし、今や様々な国が戦争を仕掛けに行っている。まだまだ、戦争を行っていない国はあるものの、一説としては論外ではなく、それは現実的で、私が鋭いのかは微妙な事だった。

「あくまで一説です。戦争が立て続けで行われているのに、各地では私たちみたいに逃げる人で大混乱にならずに、逆にそうなる様な所は国境が既に閉鎖されるじゃないですか。それを知って、何だか広がり方が異質というか、うまく説明できないんですけど、世界戦争になってもおかしくないと感じるんです。」

 私は前に建てた仮説をクウェンに投げかけてみることにした。クウェンなら何か知っているかもしれないと思ったからだ。こう言うと何か引っかかる部分があるらしくクウェンは唸った。

「お前たち、さては何か知っているのか?いや、当てて見せよう。ウェープランから来たと言っていたな…もしかするとドウル・ホプキンスという男を知っているか。」

 クウェンからは思いがけない名前を聞くことになった。私たちがウェープランから来たというのは伝えていたが、そこの詳細は話していなかった。

「ドウルさんを知っているんですか?」

 と私はその名前を聞いて私は立ち上がりそうになり、興奮した声でそう返した。

「落ち着け。ああ、直接的な繋がりはないが深く知っている。普通の人間であるならば今の世界情勢は非常に捉えづらい。近頃は気づいてきている者も居るようだが、君たちが逃げ出す動機には早すぎたと思ってな。なにかヒントでもない限り、逃げ出そうなんてしないだろうからな。」

 となぜ当てられたかを説明してくれた。私たちは、ドウルに戦争になることがほとんど決まっていると伝えられ、そこから仮定を導き出すに至ったことをクウェンに話した。クウェンも納得した表情で話を聞いていた。やはりドウルが重大な何かを知っているという仮説は正しかったようだ。

「もう少し詳しく教えていただけますか?」

 ソルヴも驚いた様子だったが、落ち着きを取り戻し、より深い情報を欲した。

「いいだろう。君たちを見ていると合点がいった。あいつの過去と君たちを照らし合わせたために深く思い入れがあるのだろう。いいか?ここから話すのは極秘の内容だ。他言は絶対に無用だ。」

 クウェンはドウルの動機も的中させた後、私たちの目をしっかりと見て警告した。私たちがゆっくりと頷くと慎重に言葉を選ぶようにクウェンが話し始めた。

「ドウルも相当な覚悟の上、やったはずだ。あいつも常人なら君たちにしか話していないだろう。世界情勢が悪化しており、戦争の変遷が分かっていることを匂わせるような発言だけでも相当危険なことだ。それも一般人に対して。まず、あいつは国のお気に入りだ。それだけでなく情報統括能力を認められ、極秘のファイルを管理する立場にあった。もちろん、そんなことを他へ話したとなればあいつもただでは済まん。例えそれが直接的ではなく濁したにしてもだ。現に君たちが真相に気づきつつあるのだから。奴が何処まで知っているかは不明だが、計画的戦争を知っているのは確かだ。少し待ってろ。」

 情報を伝えると立ち上がり、部屋から出ていった。もしかしたら世界戦争になると気づくだけでも難しいことで、何も知らぬ常人には、そんな不確定な事実は確信のない不安としか映らないのだろう。そして、ドウルは国の偉いさんと仲がいいなどと言っていたが、そこまでの立場にあったなんて。私たちに対し想像以上に思い入れを持ち、できる限りの形で私たちに危険を伝えてくれたことは複雑な感情に浸らせられる。他の者にも伝えたような話し方をしていたが、あれらは私たちにしか告げられていなかったのだ。そんなリスクを背負っているのに、ハオイルやユナレに出て行くことを伝える選択をしたドウルには感動だけでなく、安否を思う不安や自分たちの至らなさに胸を締め付けられた。どうか無事であってほしい。そう、祈るしかなかった。無力な私たちは真実を知ってしまったとしても抗う術など皆無に等しいのだ。

 クウェンがこの部屋に戻って来たのは数分後で、厳重な鍵の付いたアタッシュケースと共に席に座った。

「話が途中ですまんな。君たちが真相を託されたと見込んで、より深い情報を提示しよう。諄いようだが絶対に他へは言うな。今計画されている一大プロジェクト。それがこれだ。」

 クウェンは私たちにもう一度注意深く念押ししてから、アタッシュケースの鍵に何桁も暗証番号を入力し、中身を見せた。それは一枚の紙で、何かの図面の様だった。見た目は円錐状の建物と形容すればよいのか。それ以外は複雑で見ただけでは分からなかった。

「戦争の理由に飢饉も含まれる。だが、その裏で行われている人架廃棄の真相がこれなんだ。我々は「塔」と呼んでいる。これは我々人架のイミットハートを応用した、持続的なエネルギー供給を行ってくれる機械だ。人類の人架への嫌悪を後ろ盾に、これらが作られようとしている。戦争も演出ではなく実際に行われているが、国境が封鎖される理由の一つもこれだ。人架が逃げれぬようにとな。コラプスシャットによって人類は、イミットハートに使用されている特殊な物質、「ネイビーマテリア」と呼ばれるものを加工する技術を失った。本来ならばこの塔はそれを加工して作ることが出来るものだが、今はできない。そう、既に加工されたものを使用すれば話は別だ。人架はコラプスシャットの中を生き残ったまさに人類の希望さ。機械でありながら、一斉シャットダウンの影響を受けず、何事もなく存在できたのだから。そこから着想を得て、今度また同じ事故が起きても、最小限の被害で済ませることが出来る夢の機械。ただの備えではなく、平常時も安定的なエネルギーを供給できるものらしい。それが塔だ。これが世界各地で作られ、安定した社会を形成することが目指されている。この計画を実行するためには世界中からイミットハートをかき集めないといけないが、その段階で加工されているイミットハートさえ手に入ってしまえば、殺しても問題はない。そうなれば、いっそ混乱と憎悪に乗じて廃棄した方が手っ取り早いという寸法さ。人と同じような作業しかできず、ただ滅んでいくだけの我々と、持続的にエネルギーを供給してくれ、世界を覆うような災害に備えられる機械。人類にとってどちらの価値が高いかは歴然ってわけだ。塔に関してドウルは知りえないが、計画的に戦争が行われ、人々の混乱が操作されているものだということは確実に知っているだろうな。」

 クウェンの語った真実に、私は冗談ではなく吐き気と眩暈を覚えた。私が心の底から憎んだ、他の尊厳を自分たちの都合で踏みにじることを平然とする。それがこの世界で、私たちはそれから逃げることしかできずに、心を殺されていく。さぞ人架に命がないことが都合良いのだろう。ダダの機械を壊しても、命と尊厳を奪うことにはならず、倫理的にも問題ないのだから。そして、そんな私にとっての地獄に世界が塗り替えられていき、世界戦争の先にあるのは、滅びではなく人類にとっての素晴らしい繁栄だった。感情を与えた癖によくもそんな非道な真似ができる。到底許されない下劣な蹂躙の先にあるのが幸福で、私が汚すことを怯えて守ってきた倫理観と人生観が真っ向から否定されるような話だった。それが必要だという正当性が許せない。非道に花が咲くみたいな、理を無視した享楽に身の毛がよだつ。

「やめてよ。」

 私はパニックに陥り、何に対してでもなくそう言った。心のどこかで、きっと帰る場所はあると思っていた。蹂躙の象徴である塔が乱立したような世界に、私の帰る場所などなかった。きっと私にとっては戦争で全てが焼け野原になった方がましだったのだ。

「すみません。クウェンさん。二人にして下さい。」

 ソルヴはお願いをした。クウェンは事情を察してくれたいるみたいで、深く頭を下げてから立ち上がり、彼の肩に手を置いて部屋から出ていった。

「アンナ、大丈夫。今までと何も変わらないよ。」

 と慰めてくれた。彼も掛ける言葉が見当たらないのか抽象的だった。

「ソルヴは平気なの?」

 私は動揺し、彼の言葉に安心することはできなかった。

「平気な訳はない。あんなの許されるものじゃない。でも俺らにはどうすることもできないんだ。旅にきっと支障は出ないよ。」

 この時、彼の方が現実を見れていたのかもしれない。私はそれが作られるのが問題だという考えに固執してしまっていた。

「そうじゃないよ。塔が出来たら、私は居場所がなくなる。戦争が終わったらウェープランやビターフォールにも帰れるかもって思ってたの。人架廃棄も落ち着いて、ひっそりと生きていけるかなって。でも塔なんてあったらそんな所で生きていけないよ。」

 憤慨したように私は声を大きくして言った。塔を許容することは万死に値した。私が自分の人生を賭けて守り続けた倫理観を壊すそれを認めて生きることは、人生その物を否定することだから。

「旅を続けよう。ムーンホルトならその心配もないよ。」

 とまた慰めてくれた。それでも納得はいかなかった。感情的になり冷静な判断ができない。

「関係ないよ。私はずっと怯えなきゃいけないんだよ?ソルヴにはわかんないでしょ。」

 私は感情の整理もできず、とうとういつも見方であってくれる彼に当たってしまった。人には分からない。どこかでそういう線引きをしてしまっていた。

「いや、同じさ。だからこそ問題なんだ。人と人架の相違点は何?こんなにも似てて同じなのに、それをモノとして扱うことが何よりも罪なんだ。感情だって本物のはずだ。だからその恐怖も解る。アンナにだって俺と同じ気持ちだと思うことがあるはずだ。」

 模倣。それが人架のはずだった。全く同じに造ったからこんなに区別が難しい。本質は全く違うもので、だからこそはっきりとした相違点をもっと残しておくべきだったのかもしれない。感情が噴出し、また私は泣いてしまった。涙は流れない。機械だから。でもこんなに苦しくなるのは機械だからではない。感情がコントロールできずにそうなった。未だ私の中で問題を落とし込めず、納得はできなかった。彼は泣き止むまで、ずっとそばに居て、八つ当たりした私にも優しくしてくれた。

 ようやく落ち着いて少し冷静になれた。彼が諭してくれなかったら大喧嘩になっていただろう。私は彼に謝り、息を深く吐いた。結局、私の中の結論は旅に出るという事だった。ここで戦うことも視野にあったが、本当に私が望んでるのはそうじゃない。多分、戦ったところで塔の建設を止められるわけじゃないし、私の憎悪も晴れることはないだろう。駆け落ち。その言葉が今になってもう一度途方もなく魅力的に感じた。現実は受け入れなければ、そしてそれとは別に、私の生きる道を見つけなければならない。

「ムーンホルトに行こう。」

 私は思いついたように彼に提案した。彼も微笑みながら頷いてくれた。

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