第20章 銃撃戦
ここでの暮らしも1週間を迎えようとしていた早朝。いつものベルではなく爆音で目を覚ますことになった。起き上がると、周りの寝ていた兵士たちは一斉に外へ飛び出しおり、自分の持ち場へ向かっているようだった。私たちはこれが緊急時だということが直ぐに解ったので、そうなった場合にすべきことを、教えてもらった通りに実行し、いつでもこの街を出られるように荷物をまとめて外へ飛び出した。
テントから出ると、コールはそこに居て、ライフルを持っていた。私たちを待ってくれていたのか、他の兵士と違って走らずにその場で待機していた。私はすかさず声を掛けた。
「何事ですか?」
と辺りを見回してもみたが、事態は切迫しているらしかった。
「奇襲だ。お前らはこの村から逃げろ。こっちだ。」
と広場へ向かって歩き出した。広間からは村の隅々に行くことができ、私たちの出るべき場所にも当然行けた。私たちは西出口が比較的安全だということを聞いていたのでその近辺に車を停めていた。
しかし、広間についてその方角を見ると何かの攻撃を受けたのかコンクリートの建物が倒壊し、それに巻き込まれた私たちの車は潰れてしまっていた。倒壊した所に人もいるようで西出口方面は悲惨な状態になっていた。奇襲は不運にも西出口の方から来たらしく、門からはこちらの兵士が飛び出していき、その先では銃声が止めどなく鳴り響いていた。
「私たちの車が。」
悲嘆をあげる私を見てコールは
「あっちの出口に軽トラックがある。それに乗っていけ。周りにあるものも好きに持っていっていい。俺は戦いに参加する。時間はない。早く行け。」
と捲し立てるように言った。コールもこの事態を重く受け止めているようで焦りを感じられた。
「お世話になりました。どうかご無事で。」
ソルヴは迷う私の手を引きながら、コールに言い残し指を指された出口へ向かった。
「ああ。お前らも気を付けろ。」
とコールも優しい言葉を掛けてくれ、走って去って西の出口から外へ飛び出していった。あまりにも急なことで混乱していたが、事態の深刻さが目を覚まさせてくれた。
出口に行くと、言われたように荷台のある軽トラックが一台停まっており、キーも刺さったままだった。軍用の物ではないらしく、装甲は厚くないが、荷台にはトタンや鉄板、木の板がちぐはぐに張り巡らされており、身を隠せるスペースが出来ていた。私はコールの指示通り、周りにあるもので必要なものを持ち出すことにした。私が持って行こうとしたのはライフルだった。ここから出るには追っ手を追い払える手段があった方が良いというサムの言葉を思い出したからだ。トラックの側にあった吹き抜けのテントのテーブルからライフルと弾丸が装填されたクリップを幾つも持ち出し、ライフルのスリングに肩を通してソルヴの元に駆け寄った。私がそれを持ち出したことには黙って頷いてくれたが、次の私の一言には反対された。
「私が荷台に乗るよ。もし、追手が来ても追い払えるように。」
妙案だと思った。覚悟はあったし、自分がどれだけ危険なことをしようとしているかという自覚もあった。しかし
「だめだ、そんな危険なことはさせられない。アンナは助手席に乗れ。」
と返されてしまった。でもきっと彼も分っているはずだ。もしも追手が来て、お互いが車の中に居たらその方が危険だと。
「この車を運転できるのはソルヴだけだよ。そうなったら私にしかできないことがある。私を信じて。」
と彼の手を握りしめ、この選択が必要なことであることを示した。彼も私の決意と覚悟を受け取ってくれたのか
「わかった。でも絶対に撃つ時以外は顔を出すなよ。」
と言って了承し、トラックに乗り込んだ。あまり話している時間もないのだ。私も啖呵を切った立場なので彼の心配に及ばないようにしなくてはならない。
私は荷物と共に荷台に乗り込み、リアバンパーを閉めた。リアバンパーはトタンや鉄板が無理やりくっついているせいでやけに重く、閉めるのに少し手間取ってしまった。私の準備が完了するとトラックが発進し、この村を出た。
進む車の中で私はライフルに弾丸を装填した。これの操作は射撃訓練場で教えてもらっていたために知っていた。持ってきたものはセミオートマチックのライフルで、弾丸を八発まで装填できるものだった。ボックスマガジンの様なものは無く、クリップに装填された弾丸をそれごと銃に押し込んで弾を込めるといったものだ。撃てる準備が整うと周囲の様子を荷台の遮蔽の隙間から確認した。前に聞いた通り、この辺りも街の一部で、崩れた建物の瓦礫が幾つもあり、見通しは悪かった。街と街の境界線もはっきりしておらず、ここが大都市だったのか、幾つもの街が隣接しているのかは分からなかったが、当分の間こういう景色が続いており、この区域を出るのには時間が掛かりそうだった。
飛び出してきた村も見えなくなった頃、右手の瓦礫と瓦礫の間にある道路に車が止まっているのが見えた。その前を通り過ぎることが出来たが、嫌な予感がした。見えたのは一瞬で、しっかりと確認できなかったが、こちらを凝視していた気がする。直後、その予感は的中した。後ろから先ほど見えた車が曲がってこちらに走ってきた。そして想定した最悪を実現するように、助手席から一人が乗り出し、こちらへマシンガンを発砲してきた。その車だけではなく、サイドカーも一台、その横を並走しているのが確認できた。敵の数は多くないものの、個人ではなく集団で行動していたので危機的状況だった。相手の放った弾丸はいくつかトラックの荷台に命中したが、走行が妨げられるようなことはなかった。ソルヴもそれに気づいてスピードを上げた。追っ手を巻きたいところだが左右は瓦礫が多く、蛇行はしていたものの、真っ直ぐ進むことしかできない状況だった。ちらりと見えただけだが、通り過ぎた時に例のゴーグルを装着しているのが見えた気がしたので、追ってきているのは、人架であるというのが理由だと考えられた。
この状況はもう戦うしかなかった。荷台にはライフルを通せるだけの隙間はあった。私も応戦すべく、荷台の遮蔽の隙間からライフルを出し、追手の車に少し狙いを定めて3発発砲し、直ぐに身を引いた。狙えば当たるというものではなく、2発は地面に着弾し、3発目が車のヘッドライトへ命中した。それで少しひるませることが出来たみたいで、助手席から乗り出してした人間も一旦引っ込んだ。
しかし、それも束の間、今度はサイドカーの側車に乗っているものがこちらに同様の者を発砲してきた。それらも幾つか命中したがトラックは走り続けた。弾丸は数発、荷台の遮蔽を貫通したが、私に命中することはなく、金属音や木に穴が開く音がなるだけで済んだ。撃ちきりと同時に私も顔を出し、素早く今度はサイドカー目掛けて3発発砲した。運よくというべきか、2発目はサイドカーの運転手の左肩に命中し、横転させることができ、サイドカーを停車に追い込めた。あの転がり方はきっと死んでいるだろう。運転していた者が転がった後はピクリとも動いていなかった。嫌な気分だが、今はそんなことは言っていられなかった。そんな死傷者が出ても、車の方は追ってきているのだから。
私が顔を引っ込めようとしたときに、車の助手席からまた発砲され、その弾が頭上をかすめた。合わせるように回避できていたがもう少しで死んでいたかもしれなかった。様々なことが一気に起こり動揺し、手は震えていた。しかし、これをすると言ったことに後悔はなかった。ここを二人で乗り切らなければ。その思いだけが私を強くした。私は、銃のラッチを押し込み、残りの2発をクリップごと排莢し、新しい弾丸を込めた。クリップが銃から弾け出て、甲高い金属音が鳴り響く。その聞き慣れない音は、今私が戦っているということを痛感させた。私は、後部から射撃されているなか、死ぬ思いで顔を出して、後ろの車めがけて8発を乱射する形で放った。弾丸はフロントガラスやバンパーに命中したが肝心の人間には当たらなかった。しかし、その乱射を受けて怯んだためか、身を乗り出して撃ってきていた者も車内へ引っ込み、車も急停止させることに成功した。
こうした銃撃戦を何とか終えて、私たちは遠ざかれたため、事なきを得た。少しの安堵はあったが未だに震えは止まらず、リロードもままならない感じだった。何とかリロードを終えた私は、荷台に散らばった薬莢とクリップを広い集めながら平静を取り戻せるのを待った。まだ、戦う必要があるかもしれないのだ。
それから30分程、代わり映えしない景色を警戒しながら見渡していると手の震えも少しは静まった。街からも出ることが出来て、先ほどよりは安全そうな場所になった。私たちが村に来たときと同じような景色だが、砂は赤っぽく、道は続いていなかった。岩陰はあるものの人の気配はなく、警戒を解いても問題なさそうだった。
景色を眺め続けてどれくらい経ったかは分からないが、車がゆっくりと停まった。辺りはまだ荒野なので、荷台から立ち上がって前の景色を見ているとその先は崖になっているらしかった。しかし、左前方には鉄橋が確認でき、足止めを食らって車を停めたわけではないらしかった。すると運転席からソルヴが降りてきて私に言った。
「少し、休憩しよう。朝食もとらなきゃ。そこの渓谷からはいい景色が見られそうだ。」
彼も私が動揺しているのには気づいている様子だった。彼自身も気が気でなかったのだろう。落ち着いているという感じではなかった。
「うん。そうしよう。」
と私は了承して、バックパックを一つ持って荷台から降りた。二人で渓谷の見える崖の方まで歩いて行った。私たちは崖の手前で荷物を下ろし、朝食を取ることにした。私は落ち着ける状態になった途端に感情が吹き出してしまった。その場に崩れるように座り落ちる私の横に彼が座り、優しく声を掛けてくれる。
「頑張ったな。ありがとう。もう大丈夫。」
その言葉は嬉しかった。しかし、私が苦悶を感じているのはもっと別なことだった。
「私、人を殺しちゃった。」
掠れた声で私はそう言う。命を奪うというどす黒い感覚が心を突き刺す。それを覚悟していたつもりだったが、現実を前にし、足が竦む。もちろん、彼もその一部始終を見ていたわけではなく、そのことを初めて知る。
「そっか。俺たちは人を殺すことに慣れるべきじゃない。でもこの先に行くのならそういったことも必要になってくると思う。今回はどうすることもできなかった。自分を責めないで。」
彼の言いたいことは十分に伝わった。これから無法地帯を行くのならそれは覚悟しなければならないのはわかっている。それでも自分の中から吹き上がる矛盾の理論にむせ返りそうになる。
「違うの。もし、殺したことを正当化してしまったら、自分の価値観まで否定することになる。カールがそうしたように、自分の身が危ないから人の命を奪うことが仕方のないことだって言ったら、あの忌々しい行動を肯定することになる。私が憎悪を覚える、自分が危なくなったら平気で他人を蹴落とすっていう存在に私自身がなってしまう。」
自然と声は大きくなった。自分の行いを正当化したくなかった。それを認めてしまえば過去に私がされた仕打ちが許される行為として認められてしまうではないか。今回は仕方なかったと自分を特別扱いするのも嫌だった。そんな例外が許されるなら尊厳なんて紙切れも同然だ。彼は私の価値観をよく知っている。私がなぜこんなにも今回のことに対して固執しているのかも理解してくれていた。
「うん。殺してしまったのは事実だ。それを綺麗事で固める必要はない。しかしアンナ、君が本当に嫌っているのは自分の都合を他人に押し付けて、力のない相手の権利を奪い取ること。違うかい?」
彼の言ってくれたことは私の重要視するものの核心に触れていた。だけど、言いたいことがよく伝わらなかった。今まさに私たちは自分の都合の良いように人殺しを正当化しているのではないかと。
「そうだけど…」
私もそれ以上は言えずにいた。彼が何を意図しているかを考えていたためだ。納得していない私を見て、彼はこう続けた。
「客観的な話だ。今回の君は相手の尊厳を踏みにじっているって言えるかい?相手は明らかに危害を与えようとしてきてた。だからと言って殺すことが正しいと言うつもりはないんだ。でも危害を加えるってことは、逆に自分が危害を加えられることへの事実上の了承だ。傷つけようとしているのに傷つけないでください。って言う方が自分勝手で相手の尊厳を踏みにじることにならない?アンナは自分にだけ都合がいい解釈をして、誰かを傷つけたわけじゃないんだよ。」
彼は殺したという事から目を逸らすことなく、相手にとってどうかという、私が気にしている部分にも触れて説明してくれた。そこに矛盾点は感じず、今回のことは自分可愛さに正当化しているわけではないと理解できた。
「確かに言われてみればそうかも。でもね。それでも都合のいい解釈をしてるんじゃないかって思っちゃうの。」
自分の行いを善とすること自体がそのように感じてしまい、掴みどころのない倫理に振り回されていた。
「もしかしたら、そうかも。それは自分が人の尊厳を守ることを、自分自身に誓い続けることでしか解決はできないかも。そうすれば、自分の中の正義は守れるはずだ。俺たち自身も自分たちがどんな苦難に居ようと、それから逃れるために人の尊厳を踏みにじらないと誓おうよ。」
と彼は答えの出せない問題にも向かっていけるように、そして私がそう生きたいと思えるような提案をしてくれた。
「そうだね。誓う。今回のことも深く心に刻んでおく。」
殺人が正当性を含んでいても罪になるのなら、私も罪人だろうか。それでも構わなかった。それを開き直るつもりもないし、背負うべきだと思うからだ。スッキリした気持ちは少ないが、前向きに考えることはできた。もう後戻りが出来ない旅だからこそ、その一線の線引きは慎重に行わなければいけないということを同時に自覚した。
「でもまあ、アンナの銃の腕は本物だよ。あの銃撃戦を制したんだから。守ってくれてありがとう。」
と彼はカバンの中から缶詰を取り出して、崖の方に歩いて行った。その言葉は心に行き渡った。私も彼にとって確かな存在であるということが嬉しかった。私も彼に付いていき、そこで腰を下ろし、不思議な渓谷の景色を眺めながら缶詰の中身を食べた。
渓谷は深く、この荒野に見合わず谷底には大きな川が流れていた。鉄橋より先のエリアは草木が生え、この渓谷もあちら側の壁には木が飛び出ていたり、岩がより自然的な色だったりと、くっきりと境界線となっており、二つの世界が入り混じったような幻想的な風景を作り出していた。谷底も川の流れは穏やかで、向こう側の地面にもやはり草木が見えており目の保養になった。この渓谷の色の違う双璧は自然が生み出した神秘で、繫茂と荒廃を表現しており、まさに絶景と言えた。こんな辺境の地にこんなきれいな場所があるなんて想像もしなかった。そういえば、この旅の最初の目的は絶景を見に行くことだったっけ。不安ばかりに目が行ってしまうものだが、この先こんな自然が織りなす芸術のような絶景に触れていけるのなら、人のいないような場所を目指すのも悪くないかもしれない。と明るい気持ちも微かに顔を出した。
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