第19章 無法地帯

 更に2時間ほど、いまだに広い荒野が続いている道を進んでいると思わぬ足止めを食らうことになった。道はまだ先に続いていたのだが、その途中で上方に有刺鉄線の巻かれた背の高いフェンスが無理やりの様に建てられていた。フェンスは横に広く、ここからではどこまで広がっているのか分からなかった程だ。フェンスに看板の様なものは見当たらず、何の目的で建てられているのかは分からなかった。迂回すべきかもわからぬ私たちは車から降り、地図を見ながら立ち往生していた。

 地図を見ても、その頃とは変わり果てているようでおおよそどの位置に自分たちが居るのかもわからなかった。色々と話あっていると急に怒号のようなものが飛んできた。

「お前らここで何してる!ここがどこかわかってんのか?」

 声の方向を見ると中年の男がこちらに歩いてきており、傍には軽自動車が停めてあった。私たちが話合っている間にそこに着いたのだろう。男はこの荒野に適した砂の入りにくいベージュ色の繋ぎの服にマフラーをしていたが、中でも目を引いたのが銃を持っていることだった。首から下げるような形で前に掛けられた銃はフルオート射撃が可能なライフルのようであった。こちらにそれを向けてきたわけではないが、少しの恐怖を感じた。ソルヴは私の前に立つようにして歩いてきた男に応えた。

「すまない。ここが何処かはわからない。危険を承知の旅でここに来た。俺たちはただこの先に行きたいだけだ。」

 男はソルヴの話を聞き、不審そうな顔が少し和らいだようだった。

「そうか。だがここは今、紛争地帯だ。数日後には落ち着くかもしれねえから、その時にするんだな。村に案内してやる。」

 と危険であることは警告してくれたが男は常に高圧的な態度だった。私たちもそんな場所で立ち往生しているわけにもいかないので、男の車の後を車で追い、案内に従った。ここからは銃社会なのだということを知り、一層不安が大きくなってしまった。

 道なき道を走って十数分で男の言っていた村に着いた。入口はいつもの様に検問所があるわけでもなく、他の設備が併設されていない門があるだけだった。また、門も厳重なものではなく簡易な扉だけで、村も柵に囲われ、随所から出られるような形になっており、必要な施設だけを詰め込んだだけのような場所だった。門の手前で車を停めると男が車から降り、私たちの方へ来て言った。

「ここで待て。」

 男は門を通って奥に報告に行き、暫くすると戻ってきてOKサインを出した。私たちは指示された通りに村の入口の建物付近に車を置いて降りた。村の中はコンクリートの建築物も少しあったがテントが幾つも張られ、入り口には装甲車があり、さながら軍事基地のような場所であった。屋外テントではこの男と同じ格好の人間が銃の整備をしたり荷物を運びこんだりしていたので、それを強く感じた。男は私たちが車から降りたのを確認すると

「このテントで待て。司令官が帰ってきたら話を通す。」

 それだけ言い、入り口付近にあった簡素な椅子が並んだ屋外テントに指を指すと、私たちからそそくさと離れ、村の奥に歩いて行ってしまった。親切なのかそうでないのかはっきりしない男だ。私たちは勝手がわからないため、またもやそれに従うしかなかった。椅子に二人で腰掛ながら話をした。移動の最中に食事は済ませてあったのでやることがなかったのもある。

「此処、軍事基地にしては規模が小さい気がする。正式な軍隊じゃないと思うんだ。国は機能してないって話だし。」

 と彼は憶測を話した。言われれてみれば彼の言う通りだった。軍事基地というよりはキャンプと表現するのが適切で、でなければもっと厳重な囲いがあって私たちのような民間人を簡単には入れないだろう。

「確かに。でも安全なのかな?敵意のようなものは感じられないけど。」

 多少の不安はあったものの、安堵に似た何かは感じていた。現状、ここに居れば安全は確保できそうであったから。

「まあ、やばいところではなさそうだね。紛争って言ってたから正義による団体かは疑わしいけどね。」

 彼も慌てた様子はなく、こちらからは落ち着きを受け取れた。しかし安心しているわけではなく、辺りをずっと観察していた。

 私たちはその後、雑談も交えながら男が帰ってくるのを待った。結局、一時間以上待たされてようやく帰ってきて男は私たちに言った。

「来い。司令官に話は通した。」

 と必要な情報だけを伝え、付いてくるように促した。村の奥の方に幕の掛かってあるテントがあって、そこに案内された。その中は腰の高さほどあるテーブルと、壁に地図、壁際にいくつかの椅子がある簡素な作りになっていた。テーブルの反対側に白髪の混じったおよそもうすぐ還暦を迎えると思われるような年頃の男性が立っており、その傍にライフルを所持した護衛が二人いた。その男は私たちが到着したことを確認すると淡々と話しだした。

「話は聞いてある。司令官の「フランク・サリバン」だ。この先に行きたいのなら今の臨戦状態が解除されるのを待つのが無難だ。幾ばくかのリスクは減らせる。その間、君たちをここで保護することはできる。ここはレジスタンスキャンプだ。この場所は第2前哨基地で、ここ以外にいくつも同じようなところがある。今この地域は内部紛争にあり、我々は軍ではない。そして今はかなり緊迫しており、ここも安全とは言い切れん。いざとなったら危険覚悟でここを飛び出すことになるということも頭に入れておけ。保護はするが条件として数日は監視下に置かせてもらう。信用したわけでは無いからな。」

 フランクは身の安全の確保を約束してくれたが、歓迎ムードというわけではないらしかった。だが、何処の馬の骨ともわからぬ二人を戦禍から遠ざける意思は感じられたので、悪いところではないと思えた。あまり友好的な態度ではないが信頼することはできそうだった。しかし、どのような理由で内紛になっているかは引っ掛かった。了承の言葉と共にソルヴが口を開いた。

「ありがとうございます。異論はないです。一つ質問です。もしここを抜けれるとなったら安全な所はないですか?」

 と将来的に必要になってくる情報を聞いてくれた。これに対して

「この紛争地帯を抜ければ、内紛が起こっている場所は耳にしていない。だが、安全とは言い切れん。無法地帯に代わりはない。それを超えて人が住まぬような場所に行くなら知らんが。」

 フランクは最初にあった男よりは流暢に話してくれた。私も気になったことがあったので口を開いた。

「すみません。私からも一つ。紛争はいつ頃終わるかわかっていますか?」

 私も今必要な情報だけを聞き出すことにした。

「それは、判らぬ。だが最低でも2週間は掛かると踏んでいる。」

 とこれにも応じてくれた。次々と聞きたいことが出てきたが、それを口に出す前にフランクが話し出してしまった。

「施設の案内に移る。先ほどの男を監視役に付ける。「コール」、案内してあげろ。」

 テントの入り口に向かって言うと待機していたようで先ほどの男がすこし煩わしそうに入って来たが、それをフランクは注意することもなかった。

「こっちだ。着いてこい。」

 コールは私たちに向かって顎で指示し、テントから出ることを促した。それに従いこの村の説明を聞くことにした。

 コールと私たちは村を一巡し、各施設の要点だけを確認することが出来た。この村は基本的に寝床と、簡易なキッチンが併設された食堂、射撃訓練場、医療棟からなっており、コンクリートでできた建物は割合的に少なくなっていた。機能性のみが追求されている感じで、娯楽や書庫のような暇を潰せる施設はないようだった。コールは村を回り終えるとため息交じりに話した。

「普段の訓練の間も監視下に置くことはできん。その間は他の者の目の届く範囲にいろ。夕飯までは雑用をしてもらう。着いてこい。」

 コールは常に高圧的で絡みづらいが、雑用をすることに不満はなかった。ここに最低でも2週間はお世話になるかもしれないのに、タダで居させてもらうような虫のいい話はないと思っていたからだ。

 連れて行かれた場所はコンクリートの一階建ての建物で、それは医療棟だった。建物内の入り口は二手に分かれており、一つはベッドが並び、患者が運び込まれる病室と、もう一つは医療器具などが配備された準備室だった。私たちは準備室に入るように指示された。

 中は壁際に、蛇口が二つ付いた大きなシンクが4つほどあり、硝子の扉が付いた棚が幾つか並べられ、中には医療器具や薬品類が仕舞われていた。部屋の中央には長いテーブルがあり、足元には桶やバケツが積まれていた。コンクリートの壁と薄暗い蛍光灯が天井から掛けられていたのが相まって、少し淀みのある雰囲気の場所だった。既に看護師が何名かおり、作業を行っていた。

 任された雑用は布巾を洗っては絞るという単純なものであった。説明だけするとコールはそれ以上のことは言わずに医療棟から出ていってしまった。ここの人たちに監視を任せる気なのだろうか。看護師は忙しそうにしていたが、そのうちの女性が声を掛けてくれた。40代くらいの落ち着きのある女性で、見慣れない顔の私たちに警戒した様子もなかった。

「あら、こんにちは。雑用を任されたのね。布巾を絞ったらシンクの横にあるハンガーに吊るしていって頂戴。それが終わったらまた声を掛けて。」

 と作業内容を詳細に教えてくれた。コールはここの人間に教えてもらうことを前提に最低限しか説明しなかったようだ。何にせよ、この村が全員気難しい人ばかりではないことに安心した。しかし、彼女も忙しいようでこれ以上のコミュニケーションは取るべきではないと思えた。

 私たちは指示された布巾を洗って、干す作業を行った。中には血によってシミが出来てしまって、不潔感がある布もあったが、べっとり付いているものはなく、一定の衛生面は配慮されていることが伺えた。布はかなりの量があり、二人がかりでも相当な時間を費やした。だが単純な作業で疲労感は感じず、次の作業に移行することは造作もないことだった。早速、先ほど声を掛けてくれた女性に声を掛けた。その女性は医療器具の手入れを集中して行っていたが、話しかけられても嫌な顔はせずに応対してくれた。

「終わったの?ご苦労様。じゃあ、洗濯物を取り込んでね。そこの扉から出ると、外に物干しがあるからそこに掛かっているのを籠に入れてから、裏口の傍のテーブルに置いておいて。」

 彼女は入り口とは反対方面の扉に指を指して言った。例のテーブルには大きな籠が重ねられており、そこに洗濯物を入れるのだと直ぐに分かった。私たちは指示された通りに籠を2つ、それぞれで持ち、裏口から外に出た。出てすぐの所に糸が張られたもの干しがあり、タオルや衣服などが多く掛けられていた。きっとここに居る患者達のものなのだろう。これもかなりの量があり、籠2つでは足りずに往復する羽目になった。結局籠5つをいっぱいにすることになった。

 5つ目の籠に洗濯物を入れていると、どこからともなくブザー音が鳴り響いた。それが鳴り止むと、準備室の裏口から先ほどの女性が出てきて声を掛けてくれた。

「お疲れ様、今のブザーは夕食の合図よ。コールがここに来てくれると思うからその指示に従って。籠はさっきの所に置いて頂戴。」

 とだけ言って去っていった。私たちは裏口から再び戻り、籠をテーブルの上に置いてその場で待機した。程なくすると入り口のすりガラスに人影が映り、扉をノックして部屋に入室した。その正体はコールで、私たちをただほったらかしにしているわけではなく、職務はきちんと全うしているのは理解できた。コールはいつもの調子で

「夕飯だ。付いてこい。」

 と詳しい説明はせずに背中を向けて歩き出した。付いていった先は食堂だった。食堂はそこまで大きくなく、各人が食べ終わると席を立って出ていくことで回っている感じだった。そこは白い長テーブルが二つにパイプ椅子が並べられているという、これまた簡素な作りのものだった。食事は給食制で、食事をする者が料理を入れるプレートをもって列に並び、担当の者に料理をプレートに出してもらうといった方式である。私たちは何も言わないコールの後ろに並び、コールがそうしたようにプレートを持ち、料理を貰ってコールの着いた席の横に座った。料理は貧しく、何かの煮込みと硬いパンだけだった。腹を満たすことはできたが、決しておいしいものではなかった。コールもソルヴも顔色一つ変えることなく腹に食事を入れていた。私は昨日の昼までも質素な食事を取っていたためか、これに比べれば船での食事は洗練されたものだと知ることができた。コールが食べ終わるとまた何も言わずプレートを返却口に返しに行き、私たちもそれに倣った。全員が返却し終え、建物から出たところでコールがようやく話し始めた。

「風呂は二日に一回だ。今日はない。寝床の説明をするから荷物をもってここにもう一度来い。」

 コールは普段、高圧的な上に寡黙な人間だった。非常に馴染みづらいが文句を言えるような立場でないことは私たちも把握している。私たちは車まで行き、荷物を全て出すことにした。コールの説明は大雑把でどういう所で寝るかも教えてくれなかったので、何が必要になるかもわからなかったためである。

戻ると同時にまたコールが歩きだし、私たちもそれに続いた。コールの向かった先は大きなテントだった。中はマットレスが幾つも並べられていて、一人一人のスペースが若干あるという単純なもので、寝ることだけに重点を置いていると言っても過言ではない空間であった。既に何人かがその上に座っていて、本を読んだり服を畳んだりしていた。コールはテントに入ると並べられたマットレスに指を指してまた口を開いた。

「ここが寝床だ。好きなところへ行って、荷物を置いて寝ろ。起床は早朝だから今日は早めに寝ておけ。消灯までは好きに過ごせ。」

 とだけ言って質問をする間も与えず、踵を返すようにテントから出て言ってしまった。ここでどう過ごすのか、いつが消灯なのか、といういくつかの疑問が解消されないまま、放置された。

 私たちはお互いの顔を見合わせてから、とりあえず奥の方に行って、適当なマットレスを選び、並んで寝ることにし、そこに落ち着いた。この寝床は特に男女が分けられているわけでもないらしい。風呂に入れないという都合には納得できたが、せめてもの人目のない所で着替えくらいさせて欲しかった。施設の説明はある程度されていたが、大雑把すぎて細々した部分は省略されていた。他の女性はどうしているのだろう。そこまで配慮されていないとは考えづらく、着替えれる場所は他に存在するというのは推測できたが、監視対象である自分が、勝手な行動を取るわけにもいかないのでヤキモキしていた。ここに既に居る人間には私たちのことが伝わっていないだろうし、単純に場所を聞けば良いという問題でもなかった。結局私はそのことを彼に伝えたが、お互いにどうするべきかという回答が導きだせず、諦めることにした。

 しかし、1時間ほど経つとコールがここに戻ってきて入り口のマットレスに座りだした。コールに話しかけるのは少し気が引けるが、そんな理由で不快感を抱えたまま眠るのはもっと癪だったので、そこまで歩いていき尋ねた。

「すみません。着替えたいんですけど、更衣室はありますか?」

 そう聞かれたコールは面倒くさそうな顔をしていたが、立ち上がり

「ついてこい。」

 と一言行ってテントの外へ歩き出した。ここで着替えろ。なんてデリカシーのないことを言われるもしれないとも考えていたが、別に悪い人というわけではないのだ。不審に思いながらも村に案内し、保護をするきっかけを生み出してくれたのだから。それにしては態度と行動がかけ離れているのだから不思議なものだ。私たちはコールに付いていき、隣のテントに案内された。中は左右に敷居と共に部屋があり、しっかりと男女のマークが付けられていた。部屋はロッカーが幾つかあるだけの空間だったが、人目を気にせず着替えることができ、就寝までは落ち着いて過ごすことが出来た。

 早朝はけたたましいベル音とともに目が覚めた。横になっていた隊員たちも跳ね起きて、例のロッカールームへと向かっていった。私たちもそれに従い、服を着替えた。ロッカールームから出るとコールが待機しており、私たちが揃うとおはようという挨拶もせずに口を開いた。

「お前らについて色々と調べさせてもらう。身分を確認できるもの用意したら、昨日フランク司令官が居た右隣のテントの前の護衛に声を掛けろ。」

 と言うと私たちから離れて言ってどこかへ消えてしまった。その後、言われたように身分を証明できるものを用意して、その場所に向かった。途中号令のようなものが聞こえてきたからおそらくコールもそこにいるのだろう。自分が何処に行くのかくらいは教えて欲しいものだ。

 指示された場所に行くと確かに護衛の兵士が立っていた。声を掛けると黙って頷き、テントの中へ通してくれた。話は既に通されているらしい。中は昨日フランクが居た場所に似たり寄ったりだが、中央のテーブルに椅子が四つ置かれ、面談できるようになっていた。テーブルに審問官らしき人と奥の壁際に護衛が二人いた。審問官と聞くと厳めしいイメージがあるが、そこに居たのは比較的若く、威圧感は少ない男だった。

「あはよう。話は聞いてるよ。情報部監督の「サム・ホワイト」だ。座って色々聞かせてくれ。」

 とサムは椅子に手を指して私たちに座るように促した。第一声も気さくな印象で、話しやすそうな、好青年という言葉が似合う男だった。私たちが席に着くと再び

「まずは身分を調べさせてもらうよ。あと検査ね。座ったままでいいよ。」

 とサムが言葉を放った。私たちが身分証明書をサムに提示し終えると、護衛の一人がスキャナーを取り出してこちらに歩みよった。二人にそれを当てて、この場で私が人架であるという事が周知の事実となった。すると身分証に目を通してたサムがそれに反応した。

「人架か。君たち、運がいいね。向こうの街じゃ殺されてたかも。」

 サムは、にやりともせずにそう告げた。人架であるというだけで殺される。そんな馬鹿なことがあるかとせせら笑いたかったが、今の世の中じゃ疑うようなことではないだろう。そこでこれからに関して重要なことを質問してみることにした。

「この辺りってそんなに物騒なんですか?」

 例え紛争が終わったとしても、そんなところを抜けていかなくてはならないのはあまりにもリスクが大きすぎるのではないか。するとサムは答えた。

「そうだね。派閥によるけど。中にはスキャナーをサーモスコープの様にゴーグルとして装着している集団もいるよ。双眼鏡のようなものもあるね。どうやら遠くからでも感知できるらしい。今、各所で起こっている人架廃棄の際に使われているものだね。」

 現実は想像よりも過酷だった。そんな恐ろしいものが使われているということは知らなかった。そして、ここは国としての機能は果たしていないが、必要情報は取得できているらしい。質問に答えると審問が始まり、自分たちがどのような理由でここに来たのかとか、どのような目的を持っているかということを聞かれので、それに要所だけをつまんで応えた。事細かな質問に全て答えるとサムも納得してくれた様子で

「OK、君たちを信用しよう。上にも伝えておくよ。まあ、規則として監視はまだ付ける必要があるから我慢してくれ。何か質問はあるかな?」

 と審問を終えて私たちにそう聞いた。聞きたいことはたくさんあった。サムは友好的で話しやすく、質問もしやすかった。私が聞くべきことを絞っているとソルヴが声を出した。

「フランクさんが危険な場合は逃げ出せと言っていました。実際にはどのルートでどうやって逃げればいいですか?」

 と的確な質問をしてくれた。緊迫していると言っていたし、いつでもそのことは頭に入れておきたい。これに対しサムは

「西出口が比較的安全かと思われる。そこから道沿いに行けば街を出られるよ。だけどその状況で飛び出すなら何らかの対抗策は必要だね。実は、紛争地一帯はもと隣接した街でね。今は崩れたものが多くて瓦礫も多い。それ故、伏兵がいる可能性もあるし、無法者たちも大勢いる。そもそも元街だった区域全体が紛争地となっているから前線がはっきりしていないんだ。」

 とこのように説明してくれた。その中で気になる点があったので、それを私は聞くことにした。

「何らかの対抗策って具体的にはどういうものですか?」

 と尋ねると

「そうだねえ。常に臨戦態勢をとることが重要かな。君たちは車で移動するんだろ?

最悪の場合、バイクや車で追われる可能性も考慮して何か追い払える手段は持っていないとね。最も追われたとしてもそんなに遠くまでは追ってこないし、すんなりと通れるかもしれないけれど。」

 サムは今の私たちにはどうすることもできない問題を見せた。もし緊急時がやってきてこの街を飛び出すことになったら大変だ。今解決できる問題ではないので、緊急時は比較的安全な西出口から早急に抜けることにした。この旅を続けたときからある程度の危険は覚悟できていたので、割り切ることにした。そうは言っても不安というものは心に残るものではあるが。そんな不安に蹴られ続けるのも不快なので、他の質問をすることにした。

「ここがなぜ紛争地になっているかって、お聞きしてもいいですか?」

 内政的なことは触れない方がいいと解って居ながらも、尋ねてみることにした。ここポトサレクの状態も少しは見えるかもしれないと思ったからだ。

「大丈夫さ。もともとポトサレクはコラプスシャットによる飢饉に耐え切れなくなって滅んだ国なんだ。広大な大地を持ちながら、発展途上で未だに開拓されていない土地も数多くある。大都市と呼べるのは一部で、まだまだって感じだった。この紛争もその綻びから生じた軋轢さ。だから、理由は資源の取り合いとか、政策の違いからだね。それと人架。コラプスシャットで生き残った人架に憎しみを覚える人も多いようだ。人架が人間を不必要と判断する。っていうよくある説とコラプスシャットが関連づけされている。淘汰のための第一歩として人架が引き起こしたなんてね。だから怨恨を募らせて撲滅しようと目論む連中も多い。真相は誰にも分らんが。」

 サムからは考察しがいのある話を聞くことが出来た。人々がその理由で廃棄を目指しているというなら辻褄があう。それは一説に過ぎないが非常に筋が通っていた。その後はここでの暮らしや施設についての詳細を教えてもらい、話し合いが終了した。ここではサムが非常に話しやすく好印象だった。担当を変えて欲しいくらいだ。

 テントから出た後は割り振られた仕事をこなしながら、一日を過ごした。午前と午後に仕事があり、正式に雇用されているわけではないので雑用ばかりだったが、労働時間は比較的少なく、暇を持て余すことも多かった。時々、ここの隊員たちの訓練風景を見学させてもらった。射撃訓練場でライフルを撃つ姿を見せてもらったりもした。今までも村のなかで発砲音は鳴り響いていたが、近くで聞くと迫力も凄く、途轍もない轟音に感じた。そんな感じで労働と見学などをしながら一日を終え、また早朝に起きるというのがここでの私たちの生活だった。

 そうしてここで過ごして四日が過ぎた日に、昼食を取り終えるとコールが声を掛けてきた。まだ監視は必要らしく、コールが傍に付ける時は常に近くにいた。

「射撃訓練場に行くぞ。着いてこい。」

 と唐突に言われた。4日も居ればコールの態度にももう慣れたもので、何も聞かずに黙って従うことが普通になっていた。

 射撃訓練場に着くと、コールがソルヴに対してテーブルにおいてあった拳銃を手に持って

「これを持っていけ。この先に行くならあった方がいい。護身用だ。打ち方を教えてやる。」

 といつもの様子で言った。どうやらその拳銃をくれるということらしい。

「いいんですか?こんな民間人に渡して。」

 ソルヴはその行動を疑問に思ったようで質問した。確かにそう簡単に手渡していいものではない。

「俺も元は民間人だ。それに上からの許可も下りている。」

 とコールは素性を明かすとともにしっかりとした理由を提示してくれた。サムが手配してくれたのだろうか、それともフランクが。どうであれ、その存在は心強かった。

「いいか。おもちゃじゃねえ。絶対に撃つ時以外は引き金に手を掛けるな。銃口も人には向けず、常に意識しろ。」

 コールは高圧的というよりも注意深そうに彼の目を見ながら、手に持った銃を手渡した。彼も銃は握ったことはなく、少し緊張した様子でそれを受け取っていた。手渡されたのはオートマチックのピストルではなく、ダブルアクションのリボルバーだった。砂地ではオートマチックよりもリボルバーの方が適しているかららしい。ソルヴは9㎜の弾丸を受け取って、指示された通りリボルバーにそれらを装填し、遠くの的に対して射撃した。なかなか当てるのは難しいらしく、最初は何度も外していた。途中コールから厳重な注意と共に撃ち方、銃の操作を習いながら何度か射撃を行い、少しは当てられるように成長した。練習後はリボルバーと、銃を脇にしまうためのホルスターと共に、沢山の弾丸を貰うことができた。

「射撃練習がしたかったら、俺に声を掛けろ。許可が下りたら使用させてやる。」

 とコールはいつもと様子は変わらないが、この時は非常に頼もしく見えた。この人は信用に値する人間なのかもしれないと真に思うことが出来た。ソルヴはホルスターを装着し、弾の入っていないリボルバーをそこに仕舞い込んだ。

 次の日も殆ど変わらず過ごしていった。コールに稀に射撃練習をさせて貰うこともできた。そこでは私も参加し、渡された拳銃だけでなくライフルの操作も教えてもらい、新たな知識をつけることができた。コールは常に面倒な顔をしていたが、内心は満更でもないのかもしれない。安全な場所などないと勝手に思っていた分、ここで過ごしていくのはそんなに苦ではなかった。

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