第16章 相互理解

 他の訓練生達も各々好きに行動するために食堂を出ていった。私はまたトランプをやりに行きたい気持ちがあったが、ドウルに例のことを尋ねたかった。人架だということは公言したくないというのがあり、二人きりで話したかったので今はできない。ハオイルに誘われてそれを断ったが、ハオイルも嫌な顔はせずに事情を何となく察してくれたらしく、またね。と言って食堂から出ていった。結局食堂に残ったのは気分の悪い二人と私、それとドウルだった。ドウルはその二人にどうするか聞いていたが、私が残っているのに気づいて

「アンナは遊びに行ったりしないのか?それとも彼が心配?」

 と私がここに残っている理由を推測して聞いた。

「すみません。ちょっと話したいことがあって。」

 私が改まってこんなことを言ったのでソルヴは少し驚いていた。ドウルは私の二人きりがいいという意図を察したらしく

「分かった。二人を休憩室に送ってからね。」

 と了承してくれた。ソルヴを間に入れて話したい気持ちもあったが、しんどそうにしているし、私が勝手に大事のようにしている気がして、そうすべきではないと思った。彼も私になんだと問いただすのは野暮だと思ったのか、何も言わずそっとしていてくれた。私とドウルは二人を休憩室まで見送り、その後ドウルは私を船長室へ招いた。

 船長室は甲板前方の扉の先にある階段を、降りずに真っ直ぐ行ったところにあった。部屋はこぢんまりとしており、横の壁に背丈ほどある本棚や、地図が張られ、奥に事務用の机と椅子、真ん中には背の低い応接用のテーブルと二つの椅子が向かい合って置かれていた。飾りっ気は少ないが、かなり機能的な見た目をしている部屋だ。お互いがテーブルの椅子に腰掛けるとドウルが先に口を開いた。

「どうしたの?改まって。」

 と特段気にしている様子でもなく、身構えたりはしていなかった。

「大したことじゃないかもしれないんですけど…ドウルさんはなんで私が人架だって知ってるんですか。彼から何か聞いたんですか?」

 少し、たどたどしく私はそう尋ねたがドウルは動揺したりせずに冷静に

「そうか。アンナも人架だったのか。知らなかった。故にソルヴからも何も聞いていないよ。」

 と感心したような様子で私の予想した反応は示さなかった。どうやら私のことを人架とは知らなかったようだ。

「でも、さっき人架かどうかなんて関係ないとかって。」

 私は何を意図してあの様に言ったのかが腑に落ちず、自分が引っ掛かりを覚えた根拠を提示した。

「ああ、それは俺が人架だから言ったのさ。それに、遠くから来たって言ってたからそういう心配もあるかもしれないと思ったからね。カマをかけたわけじゃないんだよ?」

 とドウルは自分がそのように語った訳を納得のいく形で説明した。私は勝手に思い込んで墓穴を掘ってしまったみたいだ。それとドウルから衝撃の事実を聞かされることとなった。にわかには信じ難いことだ。そう思ってドウルをじっと見つめているとドウルは、百聞は一見に如かずだ。といって靴と靴下を脱ぎ足の裏を見せてくれた。

 実は人架の足の裏には製造コードなどが暗号化されたものが刻印として掘られている。この刻印の部分は外見的に唯一と言っていい程に人間とは違い、機械らしさを残しており、人間の足では模造が不可能であることから、見れば一目で判断できる。通常は足の裏ということで隠れており、晒すのも一手間かかるのでスキャナーなどを使う方が手っ取り早く、この手法が取られることは少ない。その刻印がドウルにも確かにあった。私も一応見せることにし、お互いが人架であるという事実が共有された。

「アンナ。君はこれを秘密にしておきたかったって感じだね。悪いね、変な言い回しをしてしまって。」

 とドウルは頭を下げた。やはりドウルは頼れる良い人で間違いなさそうだった。

「いえ、私が勝手に勘違いをしてしまったばっかりに。ドウルさんは構わないんですか?」

 と私からも謝り聞いた。日常生活の中で人架ということを明かすのは少し怖いという世になってしまった。

「ああ、この船のほとんどの船員は認知している。中には人架も数名いるんだよ。」

 とまた知りえない情報を耳にした。人架は外見的に判別が難しい分、一度社会の中に溶け込んでしまうと非常にわかりづらい。その点ではファミリーネームを持っているかなども分かりやすい判断材料なのだが。ファミリーネームがあるドウルは所有者がいるということなのだろうか。しかし、察するにドウルは完全に独立してこの船の長を務めているようにも見えるのだ。そのあたりは気になったがそこまで問う勇気はなかった。

「すみませんが、私が人架だってことは他の方たちには内密にしてもらえないでしょうか。ここなら大丈夫だとは思うのですが。」

 と一応念を押して伝えた。人架が船長ともなれば別に隠す必要はないのかもしれないが、人架が不当な扱いを受けるという先入観が抜けきらないのだ。

「もちろんだとも。誰にも言わないと約束しよう。その用心深さか肝心さ。他には何かあるかな?」

 と真っ直ぐな目でドウルは言った。人架だということを知り、ドウルへの信頼が躍進的に厚く硬くなり、航海の旅に出るという夢もそれに比例して大きくなった。こんな素晴らしいリーダーがいる船はきっと退屈ではないだろう。

「もう大丈夫です。ありがとうございます。お忙しい中。」

 と礼を言って席を立った。ドウルはいつでも聞くよ。と言って私が船長室から出ていくのを見送った。それからは清々しい気持ちのまま例の娯楽室に行き遊ぶことにした。案の定中にはハオイルがいて遊んでいた。今回も途中からの参加になってしまったが気にする者はいなかった。そしてしばらく遊び、解散から二時間まであと少しになったので私とハオイルは切り上げて一緒に遊んでくれた船員に感謝を告げ、例の集合場所へと向かった。

「私、すっかりあのゲームが好きになっちゃったわ。」

 と私は途中の廊下で言った。毎回違う展開になるのがたまらない。

「奥深いもんね。私もつい熱が入っちゃうよ。また他のゲームもしようね。」

 とハオイルは明るい表情でそう提案してくれた。

「うん、是非とも。トランプとかは詳しくないから教えてね。」

 と返した。あのゲームも良いけれど他の物にも興味も持てた。

「じゃあ、今度はブラックジャックだね。」

 そんな口約束をしていると階段下に着いた。既に訓練生は揃って、ドウルもいた。私たちが着くと

「よし、揃ったね。実はこの船は今、グルッと回ってきてウェープランの街に既に停泊している。もしどうしても耐えられなくて降りたいという思いがあれば手を挙げて欲しい。恥ずかしいことじゃない、遠慮することもないんだ。」

 とドウルはいつもの柔らかい口調で訓練生たちに問いかけた。するとその中の一人、朝から具合が悪そうだった者が申し訳なさそうに手を挙げた。しかし、ソルヴは手を挙げなかった。それを見て

「そんな顔しなくたっていいんだ、ノルク。今日一日頑張れたじゃないか。今回は無理だったが次もあるんだ。船酔いは克服できる。だから、もし次も挑戦するとなったらよろこんで歓迎するからとも。」

 とドウルはその訓練生の名前を呼び激励した。その後

「他にはいないか。大丈夫ならここで待機してくれ。」

 と最終確認をした。それでも彼は黙って頷き、船から降りるという選択を取らなかった。ノルクという男も同じような症状の男を朝から散々見ており、それが手を挙げなかった中、自分だけが出ていくのは嫌だっただろう。私は決して弱いだとか情けないだとかは思わなかった。ドウルの言うように文句の一つも言わずに今日一日耐えていたのはそれだけで凄いことで誇れることなのだ。確認を終えて、甲板への階段を上っていく二人だったがドウルはずっとノルクを励まし元気づけていた。そして数分が立つとドウルが戻ってきて言った。

「もう船は街の桟橋から離れた。明日も同じ時間にここに集まって同じことを聞くが、遠慮せずにこの船を出てくれて構わないよ。健康を優先して欲しいからね。さあ、就寝までの説明をするよ。」

 そしてドウルを先頭に、残った6人の訓練生がそれに付いていき、B2階へと移動した。階段を降り、少し幅の広い廊下に出るとそこで止まってドウルが振り返り

「B2階は朝にも説明した通り、就寝部屋やシャワー室がある。就寝室はAからDまであって男組は今回の訓練ではAで、女組はDと覚えておいてくれ。それぞれの部屋に入ったら君たちの荷物が乗ったベッドがあると思う。そこが今日君たちの寝る部屋であり、ベッドだ。部屋に入ったら、荷物から着替えとその他自分に必要なものを出してシャワー室に向かってくれ。脱衣場はAとBがあり、男がA、女がBだ。それぞれ服を脱いだらシャワー室に入って体を洗ってくれ。普段は使用時間が1人30分と決められているから心がけて。終わったら部屋に戻って消灯時間まで自由にしてくれてかまわない。騒ぐのはなしだよ。以上だ。足早に説明したからわからないことがあったら聞いてくれ。」

 と全工程を一気に説明した。何人かは一回では把握できず何度か聞き、それで憶えることができた。

 例のDと書かれた部屋に入るとそこは天井が低く、二段ベッドがいくつも並んでいたが、中にいたのはユナレと女性船員一人で、私たちを含めて4人しかいなかった。この部屋は他の部屋と比べてベッドが少ないらしく、最初は男と女を分ける想定で設計されていなかったために男女を分ける方式を取った時にベッドの移送を行ったことで中途半端な数のベッドになったそうだ。この船では女性への配慮も見られ良心的だ。荷物の置かれた二段ベッドは上が私、下がハオイルという配置になっていた。

 早速私たちは着替えを持って脱衣所に向かい、シャワーを浴びた。シャワー室は肩の高さほどの位置に石鹸が置かれており、全身をそれで洗って欲しいとのことだったのでそれに従った。また、シャワーからはぬるま湯しか出ず、熱々のシャワーは出ないとも聞かされた。最も、私には関係のないことだが。シャワー室から出るとハオイルは、帰ったら熱々のシャワーを浴びたい。と少し頬を膨らませて言っていた。彼女には大切なことらしい。

 部屋に帰って消灯まで時間もあったので、部屋の職員に挨拶をすることにした。4人しかいないのにコミュニケーションを行わないのは流石に気まずいというものだ。他船員二人も上にユナレ、下に名の知らぬ女性船員という風にベッドに割り振られていた。

「こんばんは、私アンナ・ウォーターと言います。よろしくお願いします。」

 と見知らぬ女性船員に挨拶した。続けてハオイルも

「こんばんは、ハオイル・リュアトです。よろしくお願いします。」

 と尾ひれを付けず自己紹介した。

「こんばんはアンナ、ハオイル。私はシヌラス・レイパートよ。」

 この女性もユナレと同年代という見た目でユナレと比べると穏やかで社交的な人に見えた。続いて上の段のユナレにも声を掛けた。

「ユナレさん。こんばんは。先程一緒に仕事をさせて頂いたアンナです。こちらが。」

 と私はユナレに手を差し向けて、ハオイルに自己紹介を促した。声を掛ける前、ユナレは向こうを向いていたが、しっかりと向き直って聞いてくれた。

「ハオイル・リュアトです。よろしくお願いします。」

 とハオイルはまた自己紹介を終えた。

「ええ、よろしく。ユナレ・ルーセプトよ。」

 とだけ言ってユナレは横になりそっぽを向いてしまった。何か挨拶以外の話をし始める前に会話が打ち切られたが

「ユナレさんもお嫌じゃなければ、お話ししませんか?」

 とハオイルは陽気に働きかけた。こんなに絡みづらい人にも積極的に話しかけられるのは彼女の強みだ。私は相手の顔色ばかり窺って、さっきの様な態度を取られたら萎縮してしまう。

「ええ。いいわよ。」

 とユナレは呆気なく了承し、起き上がってベッドの上に座り直してくれた。その挙動に煩わしさはなく、満更でもなさそうだった。それからは私たちもそれぞれのベッドに戻って四人で会話することにした。ベッド間の距離は短く、隣り合っていたので話しやすい。言葉はほとんどユナレを除いた3人で交わされていたが、ユナレもしっかりと座り、首を動かしながら聞いてくれていた。私たちからユナレに質問するとちゃんと答えてくれるし、自発性は無いものの、会話にはしっかりと参加してくれた。 

 ハオイルの社交的な性格のおかげで、私もユナレに話しかけやすかった。無理に話題 を作る必要もなく、自然と会話が続き、楽しんでいたのであっという間に消灯時間が来てしまった。私たちは彼女らにお休みを言い、横になって目を閉じた。

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