第14章 訓練開始

 私たちは朝、目覚めると速やかに朝食をとり、身だしなみを整えて部屋を出た。階段を降りるとオーナーが既に受付に居たので声を掛けた。宿泊の都合をつけるために早めに起きたので、集合までの時間には余裕があった。挨拶をし、昨日のことで話がある。と伝えて3週間の宿泊で手続きを済ませた。オーナーの対応はいつも丁寧で今回も契約の際の注意点を話してから申し込み用紙を渡してくれたので、スムーズに契約を終わらせることが出来た。契約金も昨日言っていたように宿泊施設にしては安く、長期で宿泊する顧客への配慮がなされていた。私たちは3週間分の宿泊代を納めて宿から出た。

 桟橋前の広間を遠くから見ると既にドウルとそのそばに見慣れない顔の人が数名、また、私たちとは別の訓練生と思わしき人が3人ほど居た。私たちは集合時刻よりも早く来ていたので、今は訓練生が揃うのを待っている様子だった。私たちが到着するとドウルが声をかけてくれた

「おはよう。アンナ、ソルヴ。今は待機している状態だ。あと訓練生は二人来る予定だからその後に色々と説明させてもらうよ。」

 前にあった時と同じような格好で、深い緑のコートを羽織り、肩には舵輪とハトが描かれたワッペンがつけられていた。同様にドウルのそばにいる人々も格好は違うが肩や胸に同様のワッペンが確認できた。恐らく帆船の職員なのだろう。

「おはようございます。わかりました。待って置きます。」

 と私たちそれに従って、既に居た訓練生と同じように地面に座って待った。訓練生もまちまちで私たちと同じような格好の者もいれば、この街に似つかわしい格好の物もいた。海を見たり職員と話したりと各々で過ごしていたが、大きく緊張しているような者は見受けられなかった。私たちも海を見たり話をしたりして待っていると、間もなく訓練生が2人到着した。どちらも集合時刻の定時には間にあい、遅刻するものは結果的にいなかった。それらがドウルと軽い挨拶を交わして座るとほどなくしてドウルが訓練生たちの前に立ってスピーチを始めた。

「おはよう。諸君。今日は訓練に参加してくれてありがとう。この船の管理者兼船長のドウル・ホプキンスだ。そして「エンガルド」それが我々船団の名前だ。まず、エンガルドの目的だが帆船の研究とその歴史の追求が主である。と言っても我々が築いた独自の文化を尊重し、そのうえで航海を行うのも大きな目的の一つだ。そして今回の訓練は、厳しいことを言うようだが決して遊びではない。優れた技術を持って海に出るわけではないので、当然危険は伴う。我々は軍隊のように厳しく、辛い教育はしないという方針でやっているが、そのことは常に頭に入れておいてくれ。後はそんなに緊張しなくていい。しんどくなったら言ってくれて構わないしもう無理だと思ったら遠慮せずに申し出てくれ。それと一つ。見ての通り我々に制服は存在しない。動きやすいのなら、それぞれ好きな格好をしてくれて構わない。海兵、海賊、普段着なんでもいい。だが、これも忘れないでくれ。我々は海賊ではない。何かを奪ったり戦争をしたりはしない。常に善意を持って行動することを遵守している。以上だ。」

 ドウルはいつもと変わらぬ柔和な様子だったが、その言葉は重く、リーダーとしての貫禄が十分にあり、頼りがいがあった。ドウルのスピーチが終わると自己紹介の時間に入った。エンガルドの職員はこの訓練には三人おり、それぞれ航海士、技師、機関士、らしく船ではかなり重要な役職らしい。訓練生も順に自己紹介していき私たちもそれを終えた。  

 その後は担当の職員が前に出て講義が始まった。

「改めて、俺は航海士のクリム・メクトだ。今回は緊急時の対処法について教える…まず、万が一転覆した場合だが…」

 講義は一時間続き、少しの休憩を挟んでまた一時間の説明が始まった。内容は淡々としていたが退屈なものではなかった。時々訓練生の質問にも応じてくれ、救命胴衣などは実演も兼ねて学ぶことが出来たので面白かった。クリムはドウルと違い朗らかな印象はないが高圧的でもなく、話しかけやすいような人物に感じた。

 午前は講義とそれの質疑応答で終わり、昼休憩に入った。昼食は解散して各々で食べ、集合時刻にまたこの広間に集まるといったルールが設けられていたため、私たちはパン屋に行って惣菜パンを買い、軽食を済ませて広間に戻った。

 広間にいた職員は全員簡易的な食事をその場で取っていたが、広場にいた訓練生は二人だけだった。他の皆は別々の場所で食事を取っているのだろう。すると、その中の一人が私たちに声をかけてきた。

「ちゃお。ウォーターさんだっけ?自己紹介で言ったけど私、「ハオイル・リュアト」。同じ訓練生だよね?よろしくね。」

 その女は私よりも若い見た目年齢で、髪色は不自然に赤く、比較的派手な服装をしていたが澄んだ瞳をしており顔も整っていた。しかし、浮いているという事もなくこの街の雰囲気は保たれていた。そして第一印象も明るく、笑顔が無垢で悪いものではなかった。声を掛けてくれたのは、7人の訓練生の中で女性は私とハオイルだけだったのもあるだろう。

「よろしく。ハオイル。私はアンナ・ウォーターよ。」

 と私も軽く自己紹介で返し、続いて彼も

「よろしく、ソルヴ・ウォーターだ。」

 と自己紹介した。もうこれからは正式にウォーターを名乗ることにした。ハオイルも私に親近感を覚えたのか、体裁だけの挨拶だけでなく積極的に話しかけてくれた。

「解りきった質問かもしれないんだけど、二人は夫婦?」

 私はハオイルのその問いになんと答えるべきかわからず、少し固まった。彼もまだ言葉を理解しきれているので何を聞かれたかは分かっていない様子だった。

「いや、私が勝手にファミリーネームを名乗ってるだけなの。彼は了承してくれているけどね。」

 自分で言ってて恥ずかしくなってしまった。ありのまま正直に言う必要があったのだろうか。と思い少し赤面していたが、ハオイルは

「へえ、仲良しなんだね。二人はこの街の生まれ?」

 と気にした様子もなく、すぐに次の質問へと移った。彼も気を使ってなぜ私がそうなっているのかはわざわざ聞いてくることはなかった。

「違うよ。そういう君は?」

 とソルヴが答えた。どうやら聞き取れたらしい。

「ここの産まれ。あ、もうじき始まっちゃうかな。また後で話そうね。」

 とハオイルは話を切り上げた。私たちが交流している間に訓練生も揃い、集合時刻になろうとしていた。ハオイルは遠くにもいかず、私の横に座ってにこりと笑ってから、講義を聞き始めた。ハオイルはいい意味で少し子供っぽさがあった。天真爛漫で人懐っこいところが感じられ、可愛らしい。

 午後の講義は座って聞くだけでなく、近辺を歩いて行われた。総合組合や造船所に回り、軽く見学をし、それらの役割を教えてもらった。そうこうしているうちに午後の講義が終了の時刻になり再び広間に戻ってきた。時刻はちょうどティータイムといった頃か。訓練生が座るとドウルが前に出てきてしゃべり始めた。

「お疲れ様諸君。初回ということもあって今日はここまでだ。明日からは今日よりも長くなるし、体力づくりも行っていくから体調を整えてきてくれ。あと、動きやすい格好で来るように。では、解散。わからないことがあったら質問しに来てくれて構わないよ。」

 そう言って一日目の訓練を〆た。非常に充実した一日でたくさんのことを学ぶことが出来た。退屈な要素も少なく、教育としては満足度の高いものだった。とりあえず家に帰ろうかと思って立とうとするとハオイルがわざわざ話しかけてきてくれた。

「明日からもよろしくね。また色々お話しようね?」

 どうやら形だけではなく、私たちのことを気に入ってくれたらしい。

「ええ、また明日。」

 と私たちは手を振って立ち上がり、宿に帰った。その後は昨日と同じように過ごし、余暇の時間は小説などを読んで過ごした。その中で、長期的に滞在することを考えるならば娯楽ももっと取り入れなければならないと思った。小説だけでは退屈というものだ。私たちは昨日と同じくらいの時間に就寝と起床をし、また桟橋前の広間に向かった。

 それからの三日は少しハードなスケジュールを過ごしたが、無理をすることもなく訓練を受けることができていた。体を動かすのは基本的に午後からで、午前中は座学や見学が多かった。体力づくりは走り込みと筋力トレーニングが多く、この街にはプールがあり、そこで泳ぎの練習もした。3日間のトレーニングでは少なすぎるのではないかとい疑問もあったが、ドウル曰く、実践でも体力づくりができるからこのような短期間の訓練をとっているとのことだった。座学でも多様な知識を身に着けることができ、かじった程度ではあるが帆船についての知識も深みを増した。その間、ハオイルとも少しずつ仲良くなった。この街に娯楽品や嗜好品が売っている店があるのを教えてもらったし、昼には食事に同行するなどして一緒にいる時間も増えた。そのおかげでこの街の理解も深めることが出来た。しかし、私たちがここに駆け落ちで来たことや私が人架であることも明かしていないので仲良くなるのはまだまだこれからといった感じだった。

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