第11章 解放
私たちは車の中で夜を明かすことが出来た。あまり眠れなかったのは確かだが休憩することには成功した。クロードサイドの暴動も奇跡的にここまで及ぶこともなかった。夜明けごろに街の反対側からサイレンのような音が鳴り響いていたので、警察が来たのか街の中の叫び声は今のところ静まっていた。検問所のごった返しはなくなっており、時間はかかりそうだが、朝の内にこの街から出ることはできそうだった。彼もほとんど寝ておらず、何処か疲れた様子だった。彼は転寝の中、サイレンの音で目を覚ました後は車の窓からずっと外の様子を伺っていた。
「そろそろ出られそうだね。」
そう彼は車のハンドルを握って言った。私たちと同じように車でこの街を出ていく人もこの頃になるといて、徒歩の人たちとは別のレーンに並んでいた。その隊列も数台といった感じだった。私たちもそこに車で並び、予想よりも時間がかからずにこの街を出ることが出来た。この混乱のなか抜け出していく人々の中にも当然人架はいたようで、検査で私が人架だと判明しても簡単に通してくれた。
街から出てすぐのところの道はいくつか多方に伸びていたが、ウェープランに続く道は一つで私たちはそこを通るしかなかった。私たちの向かっているウェープランに向かう人は少なく、他の街へ続く道を通る車や人がほとんどだった。それらの街は比較的近いこともあり、わざわざ遠いウェープランに行こうとする人が少ないというのがその理由の一つとして挙げられる。私たちはその道を行き、程なくして私は彼の体が心配だったのでそのことについて尋ねた。
「ねぇ、昨日はあまり眠れなかったでしょ?ちょっと休んでから行ってもいいんだよ?」
道を進んでからそう言ったのは失敗だった。もっと早くに言えば、近くの街に泊まるという選択肢も取れたからだ。今からでも間に合うがUターンする必要があったのだ。
「そうだね。少しだけ休もうか。ウェープランは結構遠くにあるからね。まだ朝早いし、いま休んで行っても昼下がりには着けそうだ。」
彼は後ろをちらりと見て言った。どうやら彼もUターンすることは念頭にあったがあえてその選択肢をとらなかったようだ。彼は道から逸れたところに駐車し、仮眠を取ろうと言った。私たちはいつもの如く、車のなかで缶詰の朝食をとってから休むことにした。最近缶詰を食べる機会も増えてきて早くも飽きてきていることは否めなかった。この食事で丸一つ分、配給の袋の食料を食べたことになる。我慢できないほどではないが、ずっとこのまま続くと思うと嫌にもなる。彼が前に言った、日常になっても平気?という言葉を缶の中身と一緒に咀嚼し、思いを馳せながら食事をした後、仮眠をとった。
私は心地よく揺られる感覚の中で目を覚ました。彼は既に車を運転していて、私はすっかり眠ってしまっていたみたいだ。私たちが眠ったのは3,4時間でクロードサイドを早朝に出たので、まだ辺りは朝だった。彼がいつ起きたのかがわからないので心配になって、ちゃんと寝たのかを聞いたが彼も先ほど起きたばかりだそうだ。彼の顔からは疲れは見えなかったため、嘘ではないらしい。私が目を覚ましたのも寝た地点から30分くらいしか経っていないと彼が言っていた。
しばらく車を走らせていたが建造物という建造物はほとんどなく、見晴らしのいい景色が広がっていた。しかし、映えるようなものは何もなく、ただ退屈な大地が広がっていた。途中、道は平坦なものから緩急のあるものへと変化し、緑が多くなっていったりもし、道は続いていたがおよそ街という街はなく相変わらず建造物も少なかった。退屈なことに変わりはないが、悪い意味ではなかった。久しぶりに人の居ない自然を満喫できた気分で、その景色は心躍らなくとも安心を与えてくれるものだった。彼も
「少し、車を停めて外に出よう。新鮮な空気が吸えそうだ。」
と言って車を道の脇に停めて、車から降りた。降りた場所はガードレールと木意外には何もなく、地味だったが自然を深く感じることができた。私も続いて車から出て深呼吸した。確かに空気が澄んでいて落ち着くことが出来る。昨日はずっと緊張状態にあったので、より一層心地よかった。私たちは10分ほど辺りを歩いたり、軽いストレッチをしたりしてリラックスして再び車に乗った。
その後も車を走らせていたが、人がいるような建造物に出会ったのは出発から2時間も経った地点だった。そこはパーキングエリアで「レウッズ」という看板が掲げられたところだった。このレウッズの入り口と出口に当たる道は二股に分かれるような形で伸びており、私たちが向かうウェープランとは違う街とも繋がっているらしかった。パーキングエリアと言っても規模は小さく、車がそこそこ停まれること以外はガソリンスタンドと食堂が併設された、ダイナーのような所だった。観光客もあり、街の中継点であることからパーキングエリアの特色が強いといった感じだった。中も食堂や軽い売店だけで、お土産屋のような所は見当たらなかった。
ここに着いたのがちょうど昼前といった時間帯だったので、私たちはここで食べていくことにした。食堂はフードコートといった感じではなくカウンター席とテーブル席があり、様々な専門店が並んでいるわけでもなくて幅広い食事をこの食堂一つで賄っていた。食堂だけで言えば本当にダイナーそのものといった感じだ。
私たちはカウンター席に並んで座り、数あるメニューの中から二人そろって無難にカレーライスを注文した。注文して間もなくカレーライスが出てきた。ここのカレーは自家製のルウを使用しているらしく、スパイスもしっかりと効いていて味わい深かった。スパイスに詳しくないがガラムマサラだか、ターメリックだかが入っていて、他のスパイスもいくつも入っていて若干独特な味だった。しかし、それがより印象深く、美味しくて次から次へと口に入れることが出来た。具材の野菜も見えなくなるまで煮溶かされてコクが出ており、強いこだわりが感じられた。久しぶりに食事で感動できた気がする。ここは隠れた名店だと心の中で密かに思った。特に期待もしていなかった分、また来たいという考えが強くなった。彼は少し辛いらしく水を多くとっていたが、美味しそうに食べていた。
私たちは満足して会計を済ませ、外のガソリン給油機で給油を行い、車に乗ってウェープランを目指した。途中、カレーライスが美味しかっただとか、ビターフォールにも隠れた名店があっただとか、何でもない感想や雑談を交えながら車を走らせた。
それから一時間程でウェープランの入り口にたどり着いた。
「いよいよ、到着した。」
彼はわくわくとした表情で、街の入り口の門に大きく書かれたその街の名前を見てしみじみとした声でそう言った。
「ここがそうなのね。」
ここからでは街の中は見えなかったが、何やら陽気な雰囲気が漂っていた。
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