第10章 告白
「私はね、ハモストのブラウン家ってところで目を覚ましたの。ブラウン家は二人の家族で、カールとジュリアンという名前の夫妻だった。当初は別に普通だった。当たり前のように仕事と家事を与えられて過ごしてた。家族として扱われてたわけじゃないけど虐待されたり、こき使われたりすることもなかったから別に嫌じゃなかった。そんな中でも趣味を見つけたり、美味しいものを食べたりしてそれなりに楽しく過ごせてたからそのままでも良かった。でも、何年かして私の勤務先の工場が発火して私は職を失って、カールも働いてたんだけどそこも倒産した。どっちもその後は職を探してたけど結局見つからなくて、ただ貯金を減らしていく生活が続いてたの。そうして過ごしてたある日ね、娼婦になってくれなきゃリサイクルにかけるって言われた。…もう何も信じれなくなって、それで怖くなって逃げ出してきたって訳なの。それで今私は探されてるんだと思う。見つかったたらスクラップにされちゃうんだ。」
私の中には私怨があったが、なるべく客観的に且つ端的に伝えることにした。その時の複雑な感情を言葉にすることは難しかったのもあった。彼はずっと私の目を見て相槌を取りながら聞いていた。
「そうか。それでここに来たんだね。誰かを頼るのはやっぱり怖い?」
彼は下手な慰めはせずに心配そうな顔をこちらに向けた。私は黙って頷いた。今までのことと、今自分が置かれている状況の不安という感情の波が押し寄せてきて、私は泣き出してしまった。そして、彼の質問はかなり的確で、私の奥底の感情を引き出してくれた。私の本音をぶつけよう。そう思って私は泣き声で
「そう。怖いの、とても。でも私はあなたを信用したい。あなたからは嘘の言葉を吐いている様子は見えない。だけど、ブラウン家もそうだった。普段優しくても結局自分一番で、もしかしたら土壇場になったら裏切られるかもしれない。そんな思いがあるの。だから信じれない。もうあんな怖い思いはしたくないし、そんな疑念も消えないの。」
私が持っていたもう一つの不安というのはこれだった。この人を完全に頼ってしまっていいのか。果たして信頼し切って裏切られたらどうするのかというものだった。私はそんな心の中の闇を吐き出し、彼にぶつけた。こんなことまで訴えかけるつもりはなかったが、藁にもすがりたい思いがそうさせた。彼は私の横に座って決して肩を抱いたり頭をなでたりもせずに丁寧に
「怖かったんだね。でも俺が君を絶対に傷つけたりしない。って言うのは簡単だ。だけどそれで君が俺を信用できるかっていうと違うだろ?君はそう約束されたわけではないが、結果的に裏切られたんだから。少しずつ歩み寄ればいいんじゃないか。今は信じれなくともさ。」
彼の言うとおりだ、仮にここで彼が大丈夫だといっても最終的に寝首を掻かれるという疑念は拭えなかっただろう。痒い所に手が届き、途端に私はいてもたってもいられなくなった。果たして、ここまで優しく丁寧に諭してくれる人が尊厳を踏みにじるようなことがあるのだろうか。その思いはあったが私の中の、人は追いつめられると平気で裏切るという持論は完全に振り払うことはできなかった。
「でも、今は信じたいの。もう怖くて仕方ないから。」
と感情的になって彼の膝に手をのせた、彼も私の手の甲に手を添えて
「うん。心配しなくていい。」
と落ち着いた声で言った。私に温度を感じ取る器官はないけれど、彼の手は確かに暖かった。
この家に来た次の日に警察がやってきて事情聴取を彼が受けたが、目撃情報の確認のみで済み、大した問題にもならずに目先の不安は片付いた。その後も警戒のためこの家に籠城していたがそれも数日間で、彼の口からこの辺りの捜索は打ち切られたという朗報を耳にした。完全にその話がなくなったということではないので、慎重にまた何週間か過ごしていた。そして風のうわさもなんとやらで、捜索からかなりの日数が経つと、その話はまるでなかったようにこの街で話題になることもなくなった。捜索が思いのいく結果にならなかったブラウン家がその後どうなったかは知る由もなかったが、私にとってはどうでもよいことだった。
こんな風にずっと彼の家で過ごすこととなり、日常的な会話もする中で私の彼に対する不信感はもうほとんどなくなった。そして、身分を明かして働けるようになってから私は職を探すことにした。その間も彼は家に泊めてくれ、そんな日々を過ごす間に私たちは晩酌を共にするくらいには仲が良くなっていった。私は前職の経験を活かせるため、工場勤務をすることにした。運のいいことに前の街と違い競争率もそこまで高くなく、呆気なくそこで働くこととなった。
その報告も彼にし終わり、いつものように居間でくつろいでいた。最初はここを出ていくことも検討していたが、過ごすうちに居心地の良さを感じるようになった。そこで私は彼にある提案をした。
「ソルヴ。もし私がずっとここに居たいって言ったら、どうする?」
彼の今までのことを考えると断る道理はないようだったが、そんな風に聞いた。
「うれしいよ。もう俺は怖くないの?」
と彼は軽く心を揺さぶってきた。しかし、その時の私はもう元通り楽観的に物事を考えるようにもなってきていた。
「うん。もしかしたらっていうのはあるけど。前に言ってくれたように歩み寄りたいと思って。」
彼の言葉を借りて、思っていることを伝えた。彼もそれを聞いて私が居ることに賛成してくれた。初めは同棲しないという選択肢もあったが、意外にも共に住みたいと言ったのは私だった。一緒に生活を送ることでトラウマを克服し、やりなおしたい思いもあったからだ。そしていつか恩返しもしたいと考えていたのだ。
それからはずっと今までと同じように過ごしていった。一緒にいる時間も長くなり、デートにも行くようになった。何か月が経って彼は、やっぱり俺は君が好きだ。と告白され、私もそれを受け入れて付き合うことになった。彼はいつも私のことを考え、配慮してくれ、彼との日常で私が恐れているようなことは何もなかった。それで次第に私も彼が好きだという感情が芽生えたのだ。
また時を過ごし、数年後に「あの事故」が世界的に起き、世間は大混乱に陥ったが、そんな中でも彼は私の尊厳を守り続けてくれ、心から信頼するようになれた。こんな過去があって、私にとって彼は恩人であり、何よりも大切な存在となったのだ。
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