第6章 暴動の街

 クロードサイドにはリッツァルから1時間ほどで着いた。リッツァルでゆっくりと過ごしていたので、もうすっかり日は沈んで街の外の電灯は既に点いていた。街の中からは叫び声や車の警報装置の音が聞こえてきていた。入口の検問所には人がおらず、門が開けっ放しだった。誰もいなかったので車で門を抜けると、向こうからは数名の人だかりが急ぎ足で歩いてきて、私たちの車の横を通り過ぎて門から出ていった。その時、その人たちは私たちのことを怪訝そうな顔で見ていたが、干渉することなく通り過ぎた。暴動が起きている中、わざわざ街に入ってくるような人間が不審に見えるのは当然だ。

 少し車を進めると先ほどまでの声もだんだんと大きくなり、暴動の光景が見えてきた。街は音で想像するよりもひどい惨状で、多数の人々が車の上に乗って叫んだり、店の窓を割ったりして騒ぎ立てていた。火災が起こっている場所もあり、警察や軍の姿は見当たらず、まさにやりたい放題といった感じだった。そんな中を突っ切って、車を走らせるわけにもいかないので、彼は人気の少ない路地に車を回して先に進んだ。

「こんなところ早く出よう。」

 彼が車を先に進めたのは早急に抜け、街の反対側の検問所から出てしまおうという魂胆からだった。

「そうね、長居して巻き込まれたら大変。」

 私たちは街の路地を慎重に走っていたが、各地で同じような暴動が起こっており、この町全体が危険に晒されていることが分かった。幸い、走っている車に対して襲ってくるようなことはなかった。

 私たちが反対側の検問所に着くと、検問所は人だかりでいっぱいだった。私たちはこれ以上車で進むことができないと判断したので、不安だったが検問所の手前の道で車を停め、車を降りて検問所付近の様子を見に行くことにした。検問所付近は暴動が行われておらず、街の中では比較的安全と言えた。比較的安全なだけで、そうだとは決して言いきれない状況なのは間違いない。検問所に到着すると、この街から出ようと必死になっている人々が検問所でせき止められている様子だった。検問所の担当者は数人がかりで雪崩れ込む人たちを抑え、諭して大声を上げていた。後から知ったのだが、どうやらこの人だかりができていたのは今日からで、前日まではこの街を出ていく人はいたが、こんな惨事にはなっていなかったらしく、私たちの来たタイミングは最悪だったのだ。

「落ち着いてください。ここは安全です!一人ずつ、検査を受けて通ってください。」

 検査の担当者はそんなことを言いながら、押し寄せる人ごみを止めながら叫んでいた。検査も数人がかりで行っていたが、それでも手に余っているようだった。

「どこが安全だ!街中無茶苦茶じゃないか!今にこの場所も安全でなくなる!この街はもう終わりだ。」

「お願いです。この子けがをしてて、病院に連れて行かなければならないの。」

 人だかりは怒る人、泣く人など完全にパニックに陥ってしまっていた。そんな中でも、少しずつ通れて、この街を抜けていけている人がいるのがせめてもの救いだ。このごった返しを見かねて街の反対側から出ようと思ったのが、私たちと最初にすれ違った数人なのだろう。私たちは入口から来たので、抜けられることを知っているが、今ここにいるほとんどの人にとっては街の反対側に行くことは暴動をすり抜ける博打に感じるのだ。反対側から出ていった数が、ここより圧倒的に少なかったのがそれで説明がつく。彼らにとってもそれは過酷な選択だったのだろう。

 こんな風に出ようとする人ばかりで、検問所は前に進むこともろくにできない状態であり、この街から出るには日の暮れる、いや、日の昇る作業だった。私たちはこのあり様を見て、車でリッツァルにもう一度向かうことを検討した。ここも安全じゃないし、それこそ日が昇るまで車内で待機するのは不安が大きかったからだ。

 しかし、その不安は現実のものとなった。彼が来た道を引き返そうと車を走らせようとしたが、先ほどまで通れた道は暴動が激化しており、通ることが出来る状態ではなくなっていた。他の路地も同様で、暴動は各所で激化し進めないので、私たちは出口の検問所あたりまで車を戻さざるを得なくなった。私たちと同じように検問所から出ることをあきらめて簡易な食事をしたり、新聞紙を道路に敷き仮眠を取っていたりする人などがちらほらといた。誰もが暴動の手が回るのを恐れ、震えたり、落ち着かなかったりする様子だった。私たちも列に並んでいても埒が明かないので、今夜は車内で寝食を行うことにした。

「早計だった。街の入り口での人だかりを見て、この先はやめておくべきだと気づくべきだった。」

 彼は握りこぶしを作り、目を伏せてそう言った。この場所は今のところ安全だった。でもさらに暴動が激化し、ここに及ぶかもしれないし、ここで夜を明かすというのはかなりのリスクがあった。

「自分を責めないで。私も気づけなかったし。きっと大丈夫だよ。明日になったら検問所も通れると思うしさ。」

 私は宥め、彼に責任がないことを教えた。彼が自分を責めるのはわかる。ここに行こうと言ったのも彼だし、彼は私との旅に強い責任感を持っているのだ。彼自身そうでないことはわかっているが、彼が急に旅に出たいと言い出したので、私に突き合わせている感覚が抜けきらないのだろう。

「アンナは怖くないのか?」

 怖かった。まるでいつ地面が崩れてもおかしくない高層ビルの上階にいるような、そんな不安感は確かにあった。

「怖い。だからずっと一緒にいよう。それで私は大丈夫。」

 そう言って私は彼の肩に頭を置いた。それは切なる願いだった。こんな状況で頼れるのは彼だけだった。きっとこれからもこの旅を続けていくのなら、私たちはどんな時でも信頼し合えるパートナーであらなければならない。こんな状況だからこそ、そんな大切なことを強く、真に感じることができるのだ。

「うん、一緒にいよう。でも、一つだけ謝らせてくれ。アンナをこんな危険に晒してごめん。君は謝らなくてもいいっていうかもしれないけれど、言っておきたいんだ。」

 そう言いながら彼は私の手を握ってくれた。同時に彼もすこしこちらに体を傾けた。

「そうだよ、謝らなくていいの。私は何とも思ってないんだもの。」

 それからは二人で、缶や瓶を開けて食事をとり、とりあえず明日の朝まで仮眠をとることにした。本来であるならば、信頼し合いロマンチックな気分で、いっそ甘えて彼の膝で寝させてもらおうかとも思ったところだがそうはいかなかった。ここは決して安全な場所でないということは忘れてはならず、警戒を怠るわけにはいかなかったからである。彼が本当に私のことを大事に扱ってくれていることの大事さを胸に深く刻んで寝ることにした。それを当たり前のことにしたくなかったからだ。大事にされるという事が。出会ったころからも彼は優しかったが…

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