出会い

 見知らぬ小道は、住宅街を縫うように細く長く続いていた。見たことがない屋根の色や鮮やかに咲いているの花々に時おり視線を奪われつつ、少々の不安とともに歩き続ける。やがて数メートル先の視界が大きく拓け、見知らぬ大通りに合流した。


「あれ、このへんって……」


 思わず独り言を呟いて、やや見覚えがあるその道をゆく。おそらく、目的の川には辿り着けない。だけれど、私の心は静かに踊っていた。車道を走り抜ける車の音、私を追い越してゆく自転車と秋風。たまにはこんな休日も悪くない。朧げな記憶頼りで歩き続けたその先には、やっぱりあの花屋があった。


「いらっしゃいませ」


  声をかけてくれた男の店員さんには見覚えがない。ぺこりと会釈を返して店内をゆっくりと歩く。ほとんど名前を知らない瑞々しい花たちは、凛と背筋を正してそこにいる。


 この花屋には、一度だけ来たことがあった。アパートに越してきた翌日、段ボールだらけで殺風景だった部屋に彩りがほしくて立ち寄った場所だ。知らない町で右も左もわからず必死だった私は、藁にもすがる思いで安物の花瓶に一輪の花を生けた。


「何かお探しでしたら、お気軽にお声がけくださいね」


「ありがとうございます。……あの、秋桜を一輪、いただけますか」


「はい、秋桜ですね。よろしければ、こちらの中からお好きな子を選んでください」


 私と同い年くらいだろうか。その店員さんはすらりと背が高くて、深緑色をした花屋のエプロンがつんつるてんになっていた。控えめな笑顔とすっきりとした顔立ちは、鮮やかな花々に囲まれていても不思議とぼやけず、くっきりと映る。


「同じ花でも、こんなに色が違うんですね」


  濃いピンクから薄い桃色、黄色にオレンジ。更には一輪一輪濃淡が違う花びらたちに惹かれて、腰を屈める。


「そうですね。咲き方も、本来は一重咲きといって花びらが重なっていない種が主流なんですが、八重咲きの品種もあります」


  私と一緒に秋桜を見つめていた彼の手が視界の隅をそっと横切り、私はその手を目で追った。指を揃えた彼の手は、真っ白な花々を示している。


「わ、ドレスみたい」


「あぁ、確かに。これも秋桜の一種で、ダブル・ダッチ・ホワイトというんです」


「ダブルタッチ……?ユニークな名前ですね」


「ふふ、“ダブルダッチ”です。意味は、僕も知らないんですけど」


 ふわりと笑った彼が私と同じように腰を折って、その花を見つめる。細まった瞳は、淡い茶色。この人は花が好きなんだろうなと、誰が見てもわかるような優しい瞳をしていた。

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