第二章 4

 愛するエルシーへ

 両国間の緊張が高まって、ついに国境を封鎖するという事態になり、貴女の国の方角を見てはため息をつく毎日を過ごしています。僕らは対立しあう国の騎士ということで、信頼のおける中立国の遣いを介して書簡のやり取りの煩わしさは、二人の秘密の恋のためと思えば、君に逢えない辛さをやっと乗り越えられるこの頃です。

 僕の国では着々と開戦の準備が進み、国民の士気は高まる一方です。だけど、僕は君を育てた国の大地を兵装の薄汚れたブーツや馬の蹄鉄で踏み荒らし、砲火で焼き尽くすなんてとても耐えられない。幸い僕は王に近い役に就いているから、王に掛け合って開戦を遅らせて、戦争ではなく、別の方法で両国間の問題の解決を模索したいと提案しているのだけど、やはり、騎士として未熟者であるが故、王は聴く耳を持ってはくれません。だけど、君の顔を思い浮かべるたびに、まだ自分はやれるはずだと思えます。いつか、このような秘密の恋の間柄ではなく、堂々と君のもとへ逢いに行けるように、努力を続けるつもりです。

 いつかふたりっきりで旅行に行きたいものですね。僕は王の護衛の関係で様々なところへ行くものですから、良い場所をたくさん知っています。殊に僕の国の西部に竜使いがたくさんいる小さな村は面白いもので、多種多様なドラゴンが飼育されて、実際に背中に乗って飛ぶこともできるんです。その時は仕事だったので、楽しむことができなかったけど、機会をつくって君とふたりきりで竜の背中に乗ってみたいですね。さぞ気持ちの良いことだろうと思います。

 まだまだ話したいことがあるのですが、残念ながら、王の護衛の時間が近づいているので、ここいらで切り上げようと思います。そして、この手紙の他に、ひまわりの押し花を添えておくよ。市場で見つけたもので、きっと君が気にいるだろうと思って手に入れたんだ。これを見て僕のことを思い出してください。

アリク・ギュンター   



 親愛なるアリクへ

 お手紙ありがとう。私の国でも貴方の国と同じように戦争に向けた準備が進んでいます。前にも話したように私の国は貧しいものですから、戦争となると、国民全員が一致団結しなければなりません。ですが、国民の全員が戦争に賛成しているわけではありません。全国民のうち、進んで士気を高めて開戦の準備に取り掛かるものもいれば、戦争なんてしたくないのに、王の命令に従わざるをえず、しぶしぶ準備をしている者も居ます。私は後者の人々の気持ちが痛いほどよくわかります。私は自分の国を守るために騎士になったのであって、人を傷つけるために騎士になったわけではないのですから……。

 貴方は私とは違って様々な場所へ旅をされているのですね。私は主に宮廷を警らしているので、貴方のように王の下で護衛をするのは少ないから、外に出ていろんな世界を見れるだなんて羨ましいです。私の国では竜の飼育が盛んには行われていませんから、是非とも一緒に観に行ってみたいものです。竜の背中の上で貴方の隣に座り、空を飛ぶなんてなんてドラマティックなことでしょうか。想像するだけで胸が躍ります。そこから見下ろす町はきっと職人が作ったミニチュアのように、可愛らしい作り物のように見えるのでしょうね。

 私も貴方のように戦争回避に向けた努力ができればいいのですが、不幸にも立場が低い故に発言が通る立場ではありません。悔しい思いを抱えながら家に帰る毎日のせいで、枕が涙で浸ってしまいました。こんな時に貴方がそばにいてくれたら、貴方の勇敢な、そして暖かい腕に抱かれて慰めてくれたらと思うと胸が張り裂けそうです。だけど、貴方の添えてくれたひまわりの花をみて、私の胸にも希望が少し湧いてきました。ですが、そのひまわりを見るとあなたに逢えないという冷酷な事実も突きつけられ、さらに悲しくなります。ですから、このひまわりは窓辺の日のあたる場所に飾っておこうと思います。毎日欠かさずのぼる太陽に当てれば、冷酷な事実が氷解して、温厚なロマンが姿をあらわすかもしれないから……。今日も貴方を想いながら眠りにつこうとおもいます。

貴方のエルシー・ケクランより。



 月のように美しいエルシーへ

 ちょうど前の手紙に添えてくれた、君の実家で取れたお茶を飲みました。とても香りが良くて、その晩はよく眠れたよ。

 第三回目の会談の時に再会したあの時、君は仕事とその責務のせいで少しやつれていたけど、その後の調子はどうですか? 君の美しい体と高貴な魂がつまらない仕事のせいで損なわれるなんて僕には耐えられません。辛くなればいつでも、伝令を飛ばしてください。僕は仕事を投げ出して、すぐにでも君の元へ駆けつけるから。ただ、伝令はいつもの兵士に頼んでくださいね。彼は中立国で一番信用できる騎士で、どんな情報も彼の口から漏れることはありません。それに僕は彼のことを金で雇っていますから、僕らの関係を諜報活動の証拠として国に売りつけるような裏切りはありえないでしょう。他の兵士にしてしまうと、僕と君との愛に溢れるやりとりが、悪意に満ちた手で汚されて、お互いが永遠に引き裂かれかねないのですから……。

 話が暗い方向になってしまったけど、明るい話がひとつあります。先日に僕は騎士長として昇進することが決定しました。普段の僕と王との関係の中で、僕が信頼に足る人間だと認めてくれたということです。そして、徐々に王も僕の話を聞いてくれるようになり、今でこそ、開戦の中止の決定までには至っていないけど、留意はしてくれるようになりました。いつか、本当に戦争の計画がなくなれば、僕は君の元に飛んでいって、すぐにでも抱きしめるよ。

 いつか、僕たちが逢うときは仕事の時でなく、休日に逢えることができるように……。

アリク・ギュンター


 最愛の人、アリクへ

 体の調子は元に戻りました。何の心配もありません。心配してくれてありがとう。

 そして残念なことを貴方に伝えなくてはなりません。恐らくだけど、この手紙のやり取りもこれきりになります。というのも、私の国ではもう開戦の準備が整ってしまい、王の宣戦布告に関する文書が貴方の国に送られたようです。そして昨日も貴方の信用する騎士から、これ以上のやり取りは隠しきれないと言われました。

 私はこの手紙を最後に、貴方を感じられる愛おしい手紙の数々を焼き捨てなくてはなりません。本当につらいと感じていることはわかってくれると思います。本当はそんなことをしたくないのですが、この思い出を手離さず残したままにして、いつか露見してしまい、あの薄暗い牢獄の中で永遠に貴方に逢えなくなる方がもっとつらいです。そうなれば私は何を支えに生きてゆけばいいでしょうか? あゝ、恋というものは時に罪になることを知りました。こんな残酷なことってほかにないでしょう?

 もし、私たちが騎士でも何でもなく、普通の人としてお互いに知り合い、恋に落ちることができたらと何度思ったことでしょうか。この戦争さえなければ……。

 戦争が終わればきっと私を迎えに来てください。戦争が終われば私はあの約束された場所で待っています。そして、貴方に伝えるべきことを、必ずそこで話しますから。約束してくださいね。いつまでも、そこで待っていますから……。


 二伸 戦争が終われば、きっとあの約束された場所に来てくださいね。そこで、私のことを優しく抱きしめて。私は貴方からもらったあのひまわりを持っていますから。2つの希望を携え、そこで待っていますから……。

エルシー・ケクラン



 愛おしいエルシーへ

 まさか、こんな手紙の終わり方がありますか? そんな手紙を見たくなかった! それに、貴女の手紙を焼き捨てるなんてそんなことできるわけないじゃないですか! 貴女との想い出を焼き捨てるのは、私に死ねと言っているのと同じです。どうして貴女は私に死ねと言うのでしょうか? こんな残酷なことがあってたまりますか! 丁度、手紙を書きやすくするために羽筆を新調したところなんです。以前のものはインクのつき具合も悪くて掠れやすくて……あゝ、こんなことを書いたところで何になるのでしょうか。それだけ僕は動揺しているのです。とにかく、この手紙を何としてでも、貴女の元に届けます。僕の溢れるばかりの愛を添えて必ず—



 —そこまで書くと、部屋の扉をノックする音が響いた。僕は慌てて彼女の手紙と書きかけの手紙を握り潰し、引き出しの奥底に放り込む。

「なんでしょうか?」

「アリク。すこしいいか?」

 中将が扉を開けて、手招きをした。

 王宮の中央ピロティに集められた騎士は覚悟を決めた顔つきで並んでいた。

「ここに集めたのは他でもない」

 中将は深刻な表情で語り始める。

「開戦が決定した」

 彼は一枚の手紙を取り出し、僕らの前に掲げる。

「私たちの交渉のテーブルから離れることになり、武力行使を宣言したことを伝える文書が相手の王の名の下に送られてきた。我々は今から戦争状態に移行する。君たちの騎士道を誇りを胸に、王と下々の国民を守ってくれたまえ」

 彼は重々しく一呼吸おいて、

「至急、作戦通り、割り振られた陣地へと向かってくれ。駛馬でな」と言った。その言葉で、もうエルシーに返事の手紙を送れないことを悟った。僕は静かに瞳を閉じて、自分を責めた。


 ——どうしてあの時、彼女に声をかけてしまったのだろう?

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