第一章 1


 ——第一学校では村の学校の授業よりも専門的に内容を学ぶために、僕の知見はさらに広がり、自分の人生をより豊かに考えられるようなりました。特に軍事学、歴史学、地政治学を学び終えたとき、そこから想像する将来の自分が、とても勇敢なものになった気がします。というのも、騎士課程は各地方から優秀な人材が集まるため、僕の村で修めた学校の成績なんて、鼻で笑われる程度のものに過ぎないと思い知り、さらに訓練実習では、入学した生徒の半分が学校を辞めてしまうほど苛烈で、心が折れそうになったことが何度もありました。しかし、やはり村に残してきた祖父と妹のことを考えると、ここで頑張らなければいけないと思い、なんとか堪えることができました。それにユリも僕のことを気にかけてくれますし、なによりルームメイトであるペドロを見てまだまだ頑張ろうと思えたからです。彼がいなければ、僕は今よりももっと程度の低い人間のままだったでしょう。彼に学力や体力面で負けたことはありませんでしたが、彼の精神はいつも僕の一歩先を行っていました。僕は彼に負けたくないと努力を重ね、彼の真似事をしたりして張り合いましたが、彼はどんな過酷な状況でもいつも平気で笑っているのです。最近は勝ち目がありそうにないと思うようになりましたが、諦観しているわけではありません。自分の分野で勝負して勝てば良い話ですし、僕だって彼に勝てる部分はあります。

 話はそれましたが、ついに王立第一学校の卒業が間近になって参りました。僕の成績は学年で1番目を修めています。王都登用に際する特別試験を受けることができると担任の先生からお墨付きをいただきました。また、ユリも特別試験を受けることができるそうです。これ以上嬉しいことはありません。このようなご縁に巡り合わせてくれたのは他でもないあなたのおかげです。まだ試験には合格した訳ではないので、こんなことを言うのもおかしな話ですが、あなたの推薦が無ければ、立身出世のチャンスすら掴むことはなかったでしょうし、僕たち家族は貧困から抜け出せないまま人生を終えていたでしょう。試験後は少し休みをいただけるらしいので、その折に帰省しようと思います。

 恐れ多いですが、この手紙を祖父と妹の前で読んでやってください——



 便箋にそこまで書きあげて読み返す。筆跡を目で追っているうちに、文字の向こう側に僕が見てきた風景が絵画のように描かれてゆく。訓練実習で一日中走らされて、膝の震えが止まらなくなったことがあれば、剣を振り続けて、しまいには柄を離せなくなるほど手が強張ったこともある。格闘術では相手に投げ飛ばされ、身体中が痣だらけになり、体が痛くなかった日は無かった。良い成績を維持するために、手の痛みと闘いながら羽筆を握り続け、睡眠時間を削って読書を続けた日々……。あの時、騎士過程に行くだなんて簡単に言わなければよかったと何度も後悔した。ユリの話を聞くたびに剣術の無い呪術過程を選べばと何度思っただろう。でも、あそこはあそこで騎士過程より難しい論述試験があるから、似たり寄ったりではあるが。

 僕が今までどうして頑張ってこれたかというと、手紙に書いたような、家族や友人に支えられた側面よりも、推薦で入学した生徒は優秀でなければならないという半ば強迫的な観念が自分自身の行動原理だったからだ。毎朝目覚めるたびに、推薦してくれた牧師さんの顔を潰すわけにはいかない。そう思うことで、自分の精神を削りながら、学校生活を送っていた。今思えば、学校へ行くと決めたのは牧師さんの提案を断るのが怖かったからなのだろう。というのも、自分が他人の顔色ばかり伺いながら物事を決める生き方をしてきたからだ。振り返ると、自分の意思で決めたことなんて、何一つない。僕の判断にはいつも他人の影響があった。他人に嫌な顔をさせないように機嫌を伺いながら会話をしたり、物事を見極め、選択肢を選んできた。 今までそういう生き方をしてきたからのだから、今更後には引き返せない。というのも、今の自分は過去の堆積により形成されたものであり、過去を否定することは、今の自分という結果を否定することなのだ。これから自分本位な選択を採るということは、自分の過去を意味の成さなかったものとして処分することである。だから、今の自分を変えたくても変えることが出来ない。自分の過去に足元を捉われて、一歩踏み出すことすら許されないジレンマ。精神的潔癖症だ……。


 手紙を届けてもらうために集荷窓口へ向かって廊下を歩いていると、ペドロとすれ違う。

「やあ、朝から机に座っていると体が鈍るぜ?」

「家族に手紙を書いていたんだ」

「手紙は久しく書いてないな」

 ペドロは剣術の稽古を終えたところで、ハンカチで額の汗を拭っていた。彼は物事の取り組みには熱心だが、他人のことについては蔑ろにする節がある。その証拠に彼の友人は僕以外にはあと1人いるかどうか怪しいぐらいだ。

「そろそろ卒業も間近だからね。家族に手紙の一つでも寄越すと喜んでくれると思うよ」

 僕はそう言った。僕は彼が家族に手紙を書いているところを一度も見たことがない。それはおそらく、彼は厳格な父と2人の兄がいて、厳しい家庭で育ち、優秀さを強要されてきて、それを演じてきた人間だからだ。それゆえ、家族のことが憎く、恐ろしいものだと思いながら幼少期を過ごしてきたからだろう。そんな過去を隠すために、友人の前ではそれをおくびにも出さずに戯けるが、それは、家族の前で優秀を演じた弊害で、自分を守るために道化を演じる節がある。だから本当の自分自身はたぶん彼自身にもわかっていない。

「まあ、気が向いたら書いてみるさ」

 ペドロは僕の肩を叩いて、立ち去った。


 集荷窓口まで向かうと偶然にもユリと出くわした。彼女も手紙を託しにきたらしい。

「あら奇遇」

「本当だね。家族への手紙?」

「うん。お父さんにね。ここに入学してから一回も会ってないから、せめて、自分の成長を伝えなくちゃ」

 ユリは持っていた手紙を集荷窓口に託した。僕も彼女の後につられて手紙を出す。

「これから昼飯食べるんだけど、付き合ってよ」

「いいよ」

 僕らは食堂へ向かい、いつものようになんでもない話をしながら昼食を食べていると、

「この学校の校則を破った生徒の話、聞いたことある?」

 ユリはとっておきを出すように話題を持ち出した。彼女はいつにも増して楽しそうな表情を浮かべる。

「校則を破っている生徒なんて沢山いるよ?」

「それは軽い校則のはなしでしょ? 私が言ってるのは、かつてこの学校にあった禁じられた聖杯を飲んだ男女の話。知ってる?」

 聞いたことがないと首を横に振ると彼女の口角も怪しくあがる。正直、うわさ話が好きかといえば、そこまで好きじゃないが、ユリにつられて軽く身を乗り出し、興味のある素振りを見せると、彼女は嬉しそうに語り始めた。

「この学校の校舎は元々、王族の住む宮殿だったの。百年前にあった王都遷都の際に、王族が新しい宮殿に移るから元の宮殿は学校に転用しようという当時の王のアイデアで王立第一学校は設立されたんだよ……


——学校設立から何十年か経った時の話。悪戯好きで、仲の良く、いつも一緒にいる男女の生徒が主人公だ。当時の校長は、非常に真面目で正義感が強く、人望は厚いが、歩きはじめれば、転びかけるのを何度も目撃されたほど、そそっかしい人物だった。その日は校長室で転びかけて、近くにあった立て付けの悪い机にしがみつき、上に置いてあったものを全てひっくり返してしまった。彼はため息をついて、床に落ちた書類や細々としたものを拾おうとしてかがみ込むと、床に違和感を感じた。そこは正方形に切られた大理石のタイルが敷かれていたのだが、そのうち机の足の一つが乗せられているタイルが若干浮いていた。偶然にも、机の立て付けが悪い原因をつきとめた彼は、書類仕事のストレスが軽減することを期待し、タイルを元の高さに戻すために体重をかけて押し込むと、それは深く沈み込んだ。部屋全体から発条の軋む音が鳴り響き、床の一部が口を開け、地下へと続く階段が続いた。彼はあまりにも唐突な出来事に目を見開いた。彼は王都に報告すると、すぐに役人が飛んできて、調査を始めた。階段の奥には隠し部屋があり、部屋の中央の台座に二つの聖杯が置かれていた。それらはこの国の神話に登場する『力の聖杯』と『知恵の聖杯』だった。役人は後日に調査を行うことを決定し、この件は誰にも話さず、この校長室にも人を近づけないようにしてもらいたいと校長に告げた。彼は大いに頷き、約束したが、彼の真面目さ故にその約束は守られることはなかった。彼は誰も校長室に近づかないようにと全校生徒を集めた集会で注意を促してしまい、かえって生徒たちの関心を惹いてしまった。彼は冷や汗を流したが、鍵の管理を怠らなければ問題はないはずだと自分を落ち着かせる……。

 もちろん、仲の良い悪戯好きの生徒ふたりも校長室が気になった。彼らは校長室に忍びこむ計画を立て、何かがあれば生徒たちに話してやろうとウキウキしていた。

「校長室の鍵はどうやって手に入れるのかしら?」

「簡単だよ。校長先生は家に帰る前に、詰所にいる宿直の先生に校長室の鍵を預けるんだ。それをこっそり頂戴すればいい」

「なるほど。じゃあ夜に忍び込む訳ね」

「そういうことだ」


 満月が最も黄色く染まる深夜、それぞれ寮を抜け出してきた彼らは、さながら怪盗のごとくあっさりと詰所から鍵を盗み出し、校長室の前に立った。男子生徒が緊張で汗ばんだ手でドアノブを握り、扉を開けると軋む音が僅かに響く。女子生徒が持っていたランプの灯火は全体を照らしながら怪しく揺れた。

 部屋に忍び込んだ彼らはランプの炎を燭台に移し、部屋を見回した。壁一面に並べられた本棚には教育論の本から各教科の教科書まで所狭しと並んでいる。中央の机には書類で溢れかえっていた。

「たくさん本がならんでるわ」

「うん。見るだけで頭が痛くなるよ」

 男子生徒は冗談半分に頭を抱える。彼らは成績が悪く、いつも補習を受けさせられていたので、本に対して嫌悪感を持っていた。

 彼らは思い思いに部屋を物色するが、校長が部屋の立ち入りを禁じた理由を見つけることができず、次第に飽きてしまった。

「次の中間考査の問題が見つかれば、僕たちの抱えている悩みは解決できるんじゃないか」

 男子生徒は彼女に提案をした。

「いいアイデアね」

 彼女は彼の言葉に指をパチンと鳴らした。

 二人は机の上に散乱している書類を手当たり次第に探る。寮の設備新設提案書、校舎の水道料金請求書、各教師の授業進捗率……実務的な書類ばかりで、テストに関する書類は見つからない。男子生徒は首を傾げて、書類を元の場所に戻そうとするが、紙が滑ってしまい、床にばら撒いてしまった。それを見た女子生徒は拾うのを手伝おうとしゃがみ込み、書類を腕に抱えていくうちに床が見えてくる。彼女は触れる足先に違和感を感じた。大理石のタイルが少し浮いていたのだが、しかし、気に留めることもなくタイルを踏みつけると深く沈み込み、体勢を崩してしまう。部屋全体から発条の軋む音が鳴り響き、床の一部が口を開け、地下へ続く階段が現れる。

 彼らは息をのんだ。校長がここを立ち入り禁止にした理由はこれだったのだ。彼らは隠された秘密が露見したときに感じるあの陶酔を味わう。彼らは顔を見合わせ、ランプを携えて階段を降りてゆく……。

 彼らは隠された部屋の台座の前に立つと、安置されている聖杯を見つけた。それには金細工が施され、はるか古代に使われていた文字が刻まれているが、何と書かれているかわからず、首を傾げた。

「なんだろう? 中に水が入っている」

 彼は力の聖杯を手に取って吟味すると、中に満たされている晴れた日の空のような色をした液体が揺れる。

「これを生徒たちから遠ざけるために、立ち入り禁止にしたんじゃない?」

 彼女はランプを近づけて、知恵の聖杯をよく観察した。中身を見ると鮮血のような明るい赤色の液体が入っていた。その色の妖しさに彼女は眉をひそめる。彼は好奇心から突拍子もないことを口にした。

「飲んでみようよ」

「やめといたほうがいいわ。中身が何かわからないのに」

「大丈夫だよ」

 彼は『力の聖杯』を口につけ、一気に飲み干した。しばらくしてもなんでもない様子だ。

「ほら、なんともないよ」

 彼は眉を上げて、挑発的に微笑む。彼女も負けず嫌いが出てしまい、手に取った『知恵の聖杯』を飲み干した。味はしない、本当にただの水のようだ。

 その後も、部屋を物色したが、彼らの琴線に触れるものはなかった。彼らは校長室の様子を元に戻して、寮に戻ってゆく。聖杯を飲み干したことで特別な力を得た代償に呪われたことも知らないままに……。


 翌日、女子生徒は先生から授業で使う本を借りてくるように頼まれたので、図書室へ向かった。その本は部屋の奥の棚にあると司書から教えられ、そこに向かった。彼女は目当ての棚から本を探し当て、戻ろうとすると、通路の奥にチェーンがかけられていることに気づく。なんとなく気になって、そこへ向かうと、その先は禁書が納められた棚が続いていた。「王政分析論」「農奴解放宣言」「天文学概説」……彼女は背表紙のタイトルを眺めているうちに、表情が徐々に歪んでゆく。タイトルに書かれている文字は昨日見た聖杯に書かれているものと同じものだ。それを読むことができるなんてどういうことだろう、昨日は読めなかったはずなのに……。彼女は戸惑いながら、その原因を探るために、昨日の出来事を詳細に思い出そうとすると、男子生徒の服の皺の数まで正確に憶えているので、気味悪く感じる。さらには、聖杯に書かれていた文字まで一字一句違わず誦じることすらできた。

—この聖杯を口にしたものは呪いを対価に叡智を得る—

 彼女の体に衝撃が駆け抜ける。聖杯から手に入れた叡智のおかげで文字を読めるようになったのだ。彼女は本と頭を抱えながら教室に戻った。自分に起こった変化を受け入れきれないまま、先生に本を渡して、席に着いた。

 授業が始まると、不思議と教科書の内容がすらすらと頭の中に入ってくる。今までわからなかったところがわかるようになり、全ての物事に理論と法則が見えるようになった。知恵の聖杯のせいだと彼女は確信した。これは素晴らしいものを手に入れたと思った。これから学校の成績に悩まされることもなく、そのせいでバカにされることもなくなると思うと、唇の端が上がるが、この叡智の対価に呪われると書いてあったことを思い出す。呪いとは何だろうか? 少なくとも、体に支障が出ているわけでもなく、意識もはっきりとしている。呪われたところで、叡智という素晴らしいものを手に入れたのだから、これ以上のことはないだろうと思った。

 彼女は授業が終わったあと、男子生徒のもとへ向かった。あの聖杯を飲んだ後、何が変化はなかったかと尋ねると、いつもより疲れない体になっていると言った。いつもは剣術の訓練でヘトヘトになるのだが、そんな事はなくなり、さらには力が強くなったらしい。彼は聖杯により力を手に入れていた。それは聖杯を飲んだのが原因だと伝えると、彼は喜んだ。力がついたとなれば、騎士課程で一番の成績を目指すことができる。彼らは喜び合った。お互いに素晴らしいものを手に入れたのだ。この素晴らしいものを生かすことができたら、将来は安泰だ。彼らは将来を悲観していたわけではないが、可能性が見えるのなら、それを素直に掴むべきだと考えていたからだ。

 ……しかし、その可能性はどこにも存在しないのだ。呪いは亀のように、鈍い歩みで着実に背後へ迫る—


—その二人の行いは後日の王都の調査の際にバレて、放校処分を受けることになったって話」

「結局どんな呪いだったんだい?」

「わからない。でも、自分の持てる以上の力を得た場合は、生命に関することが対価になることが多いけどね」

「へえ」

「後にも先にも放校処分になったのはその二人だけらしいよ」と言って彼女は腕を組んだ。僕も腕を組み、二人の生徒に思いを馳せた。噂話はあまり好きではないのだが、生徒が反抗的だったことが好印象だ。彼らは精神的に自由であり、そこが僕の心を惹きつける。

「それで、その2人はどうなったの?」

「わからないよ。たいていの物語ってそういうものじゃない?」

 

 物語の余韻に浸っている中、ユリは一枚の紙を取り出した。それは特別試験の場所と日時を伝える連絡票だった。そういえば、僕にも届いていたっけ。

「その紙は僕たちが頑張ってきた証みたいなものだね」

「うん。でも、私たちはまだ試験に合格したわけじゃないから気は抜けないけど」

 ユリは気を引き締めて話すが、表情に僅かなほころびがあった。

 僕は2人で一緒に合格ができれば、彼女に結婚を申し込みたいと考えていた。彼女と一緒になることで、まだ僕の知らないユリの一面を見つけて嬉しくなったり、時に意見がぶつかって喧嘩したり、そんなことを繰り返してあらためてユリを好きになったり……、そんな未来を歩んでみたいと、彼女と過ごすたびにに段々と思うようになったのだ。

「一緒に合格できたら、王都で2人で暮らそうよ」

 僕がプロポーズじみた言葉を言うとユリは顔に嬉しさを滲ませた。彼女は照れで話題を逸らした。

「王都といえば、先日の『国民の友』に初めて女性が選ばれたの。レアって人」

 国民の友とは王様の政治をサポートするための一人の政治家だ。政治討論会のメンバーから推薦されて、王が任命する役職なのだが、そこに選ばれるなんて、たぶんどの国民やりも頭が回るようなすごい人なんだろう。それに僕の母さんと同じ名前だ。

「そんなことがあったんだ」

「その人はすごい人らしくて、私もその人と一緒に働いてみたいの。それに特別試験に受かれば、死んだ母さんに自慢できる」

 そう言ってユリは大切なものを見つめるように自分の掌を見つめた。そこに彼女の母の言葉があった。

—強く有りなさい。自分を持ち続けなさい—

「ユリらしいや」

 僕は優しく微笑んだ。

「だから私は絶対に合格するから、アリクも絶対に合格してね」

 ユリはそう言って僕の手の甲を叩く。僕は彼女から連絡票を借りて眺めた。試験内容は実技試験だが、詳細は明かされていない。合格率は十数名中、1人合格するかしないかで、非常に高い壁になっている。村に残した家族の運命がかかっている僕はなんとしてもこの壁を突破しなければならない。それに村の人たちも、僕たち家族に対して、嫌悪と冷淡な視線から、尊敬と羨望が入り混じる眼差しへと変わるだろう。そんなことを考えながら文字を眺めていると、その線に意思が芽生えたように、文字の形であることから逃れて、独立した線になる。彼らは寝起きのように体をうんと伸ばして別の線へつながり、牧師さんやじいさんや、妹の肖像画になった。その横顔をじっと見つめると白い紙に対して黒いインクが嫌にはっきりと際立って、線が紙から浮いているような気さえしてくる。顔と僕との距離の遠近感が失われ、突然目に飛び込んできたかのように感じて、驚いた僕は慌てて視線を逸らした。

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