しにたがり少女と神社の男

 死にたい。

 ずっとずっとそう思って過ごしてきた。

 毎日が苦しくて、苦しくて、どこにも行けなくて。

 だから、死にたかった。

 どこで死んでも一緒だけど、家と学校は嫌だなと思ったからどこか自分の足でも行ける場所で死ねそうな場所を探して歩いていた。

 そんなときに見つけたのはちょっとした山の上にある神社。

 名前は、古びてかすれている上に難しそうな字面なので読めなかった。

 まぁ、どうでもいい。

 そう思って■■■は制服にローファー姿のまま、小高い山を登った。

 石階段は一段一段が高くて、急で、とてもじゃないけど上りづらい。バリアフリーなんて鼻で笑うような有様だ。挙句、手入れもあまりされていないのか雑草があちこちから飛び出している。

 息を切らせてようやく上がった先には、意外と綺麗な建物。鳥居は多少古びているが、大きくて圧巻だ。

 社務所らしき場所は閉じられていて人の気配はない。

 好都合だ。

 ■■■は不遜にも道の真ん中を歩いて本殿を見上げた。古そうだがここまでの道にしては綺麗だな、ともう一度思う。

 本坪鈴をガラガラ鳴らし、何故かポケットに入っていた五円チョコを賽銭箱に投げ入れる。

 二礼二拍手一礼。


(いじめっ子と傍観者と担任と両親、それからえーっと、なんかよくわかんないけどアタシに嫌な視線を向けてくる馬鹿どもが地獄に落ちますよーに。あとここで死ぬのでごめーんなさーい)


 もう一度、礼。

 ■■■は目を開けて息を吐き出す。

 本当は神様なんて信じちゃいない。

 こうやって恰好だけつけてみたのもただの気まぐれだ。

 ■■■はフンと鼻を鳴らすとくるりと本殿に背を向けて裏手に向かって歩き出した。

 流石に人が来るかもしれない、鳥居のド真ん前で死ぬつもりはない。

 山の上の神社なだけあって、たくさん木が生えている。これなら■■■の背格好でも吊れる枝葉の木だって見つかるだろう。

 背負っている鞄の中には頑丈なロープが入っている。あといくつかの薬と油とマッチ。

 とはいえ薬は市販品だし、大量には手に入らなかったから気休めだ。サラダ油は燃えにくいと某ワイドショーで見たことがあるから、父親のオイルライターから拝借した。ガソリンなんて、たかが中学生である■■■に手に入れられるわけがないし。

 ああ、ようやく死ねる。

 ■■■は少し嬉しくなって、無意識に鼻歌を歌いだす。特に流行りでもなんでもない、大昔に母親がよく歌っていた古いヒットソング。

 日本の未来は明るいだとか、素敵な人が見つかるだとか、くだらない歌詞が並べられただけのつまらない歌だ。流行っていた当時は景気でもよかったんだろうか。

 神社の裏手に来ると、緑生い茂る気持ちのいい空間がぽかりと広がっていた。

 風か木々を揺らしてさわさわと音が聞こえる。

 なんだか無性に泣きたくなって、■■■はぐっと歯を食いしばった。

 泣いてなんて、やるもんか。

 泣いたって、誰も助けてくれない。なにも変わらない。

 大きく息を吐き出して、周囲を睨みつけるようにして■■■は木々を見上げた。

 どうせならこの気持ちのいい空間ごと穢してやろう。

 自分の死体をここに吊り上げて。

 そうしてやっと、■■■は息ができるのだ。


(……死んでるけど)


 頑丈そうで登りやすそうな木を見つけ、近付く。

 枝の太さもちょうどよく、軽く叩いた感じもみっしり詰まっていて空洞なんてなさそうだ。

 これに決めた。

 ■■■は小さく頷いて、鞄を木の根に降ろした。

 鞄からロープを取り出して――


「それ、どうするんだい」


 背後から声が聞こえた。

 人の気配なんてなかったはずだ。

 びくりと肩を揺らし、ゆっくりと振り返る。

 ――着流しを着た、若い男が気怠そうに■■■を見下ろしていた。


「……は、」

「それ、どうするんだい」


 男はもう一度同じ言葉を繰り返した。

 薄緑の着流しは季節外れで少し寒そうに見えるが男が気にした様子はない。


「それ、どうするつもりだい」


 三度目。

 男の視線は■■■の手元、ロープに向けられている。

 しかし咎めた視線とは違う気がした。


「……別に、どうだっていいでしょ」


 ついツンと突き放した声が出た。いや、友好的な声を出すつもりはないが。

 ようやく答えると、男は顎を触りながら首をカクリと傾げた。


「ああ、もしかして、ここで死のうとしてた?」

「……どうでもいいでしょ」


 図星を突かれて、むっと唇を尖らせる。

 男は何者だろうか。神社の関係者には見えない。年は若そうだが、学生にも社会人にも見えない。

 そもそも薄緑の着流しなんて、今時着ている若い男というのが珍しい。

 ■■■が無遠慮にじろじろと男を上から下まで眺めているのをなにも感じていないのか、男はなんでもない顔をしたまま、やはり気怠そうにううんと唸った。


「困るなァ」


 顎に手を置いたまま、男は困る困ると繰り返す。


「ここで死なれるのは、困るなァ」


 少しだけ、眉が下がる。

 ■■■は不愉快に顔をしかめた。


「あなたには、関係ないでしょ」

「あるさ。ここはぼくのお気に入りなんだ。そんな場所を穢されるのは、困るなァ」


 ああ、困る困る。男は繰り返すが、本当に困っているようには見えなかった。

 もしかしたら男なりに本当に困っているのかもしれないが、少なくとも■■■にはそうは見えない。

 だからだろう、■■■はイラっとしてロープを持つ手に力を入れた。ミヂ、とロープが悲鳴を上げる。

 困っているのは■■■の方だ。困っていると言うだけでなにもかも解決するのなら、■■■だって死のうなんて考えるわけがない。

 腹立たしくて、悲しくて、やり切れなくて、■■■は立ち上がった。


「あんたに、関係ないでしょ。アタシがどこで死のうが、どうだって――」


 吐き出す言葉が呪詛になって、■■■をぐるぐると取り巻く。吐いた息は熱くて、目の奥がじんわりと濁る。それでも泣き出さなかったのは意地だ。

 泣いてなんて、やるもんか。

 真っ直ぐに男に対したおかげで、男の身長が高く、姿勢が悪いことに気付いた。背筋を伸ばせばもっと大きく見えるだろう。

 もっさりとした髪は適当に鋏を入れているのか、若干目にかかっている。

 髭などは見えず、不潔感はない。

 よく見れば足元は何故か下駄だ。

 そんな履物であの道の悪い石階段を登ってこられるとは思えない。

 男はどこから来たのだろうか。

 そんなことを考えていたら涙が引っ込んだ。

 男は未だ■■■の手の中にあるロープばかり見ている。


「首吊りってさァ、首にうまく縄がハマってくんないと苦しいよォ?」


 ぽつり、男が言う。


「確か……なんだっけ、喉の、喉? 塞いで窒息するんじゃなくて、なんとかいうツボみたいな場所? なんだったか忘れたけど、ただ首を絞めるのとは違うんだよね。死刑とかだと足元パカーって開いて、落ちる衝撃で首折ってなんとか言う箇所を塞いで死なすんだったっけ」


 話し方も気怠げな男はぼそぼそと、しかし何故かよく通る声で喋る。

 ■■■も事前に多少は調べてきた。今時はネットで大抵の情報が手に入る。ワイドショーでは自殺をセンセーショナルに報道しては方法についても詳しくやっている。ホームセンターに行けば必要なものは凡そ揃う。

 自殺志願者万歳なお国なものだ。

 男はまだ続ける。


「あと死んだあとの姿が汚いし」


 知ってる? そう言って男はようやく■■■の目を見た。

 凪いだ目だ。

 現実に目に映るもの全てがつまらないとでも言いたげなほどに静かな、感動のない目。

 ■■■はどきりと跳ねる心臓を服の上から押さえる。


「穴という穴からいろんなもの出るよ。自重で首は伸びるし」

「……」

「どうせ死ぬなら綺麗なままの方がいいよォ。あ、百合に囲まれた温室とかで眠るのはどうかな。やることは寝るだけだし、そのまま起きないそうだから苦しくはなさそうだ」

「……止めないの?」


 きょとん、と男は目を瞬かせた。


「だって、きみは死にたいんだろう?」

「……」


 それは、そうだけれども。

 釈然としない気持ちで■■■は持ったままのロープを見下ろした。


「ここでじゃないなら、別にいいよ」


 その声は酷く優しくて。


「死ぬのだって、人の権利だ」


 ■■■は無性に泣きたくなった。

 止めてほしいわけじゃない。

 けれど、優しくされたい。

 そんな自己矛盾に気付いて、■■■は唇を噛み締める。


「後悔しないならすればいい。けど、少しでもなにか引っかかりがあるなら、まだ先でもいいんじゃないかい」


 気付くと男は■■■のすぐ側まで歩み寄っていた。

 膝を抱えて座り込んでしまった■■■の前に同じようにしゃがみ込んで、男は首を傾げる。


「ま、今日はぼくに見つかって運がなかったって、諦めてくれたらそれが一番いいかなァ」

「……」


 ぽんと頭に軽く置かれた手はひんやりとしていて、まるで温度のない人形かなにかのようだった。

 目頭が熱くて、ぼろぼろと涙が零れる。

 あれだけ泣きたくなかったのに、■■■の目からは大粒の雫が止まらない。

 男はもうなにも言わない。ただ、■■■の頭をぽんぽんと撫で続ける。

 意地で声だけは押し殺した。

 ロープを手放した手は、ささくれて酷く小さかった。


***


 あれから数度、■■■は神社に足を運んだが男には一度も会わなかった。

 あれはいったい誰だったのだろう。

 あの日のことだけが切り取られた世界でのことだったかのように、朧気だ。

 まるで白昼夢のように。


「……」


 ■■■は大きな木を見上げる。

 あの日、首を吊ろうとした木だ。

 鞄の中には今でもあの日のロープが入ったままだ。でも、今日は取り出すことはない。


「……」


 今、■■■の心は凪いでいる。

 今でも死んでやろう、死にたい、という気持ちは消えていない。

 けれど今でなくてもいいかというくらいには落ち着いていた。

 ここでこうしているのは■■■にもよくわからない。理由なんてないのかもしれない。

 賽銭箱にはまた五円チョコを投げ入れてきた。

 神社は今日も人気がない。

 その割に小綺麗な境内で、それがまたこの場所を人世外れたものに見せている。

 ざり、と背後で砂利を踏む音がした。わざと立てたような音に、■■■はゆっくり振り返る。

 ――あの日のように、薄緑の着流しを着た男が立っていた。


「今日は縄をかけないのかい」

「……今日は、見つかっちゃったから、いい」

「そっか」


 さして興味もなさそうに、男が頷く。

 ■■■はこっそりと胸を撫で下ろす。ほっと息を吐いて、男を見上げた。

 一歩、前に進み出る。

 男は動かない。

 二歩、前に進み出る。

 男は動かない。

 三歩、前に進み出る。

 男は少しだけ身じろぎした。

 止まって、再び男を見上げる。

 近付いて見るとまつ毛の長い男だ。相変わらず姿勢は悪い。色白で、あまり筋肉はついてなさそうだ。代わりに脂肪も必要以上についていなさそうではある。

 緑の着流しには、よくよく目を凝らせば裾に同色の糸で葉を咥えた小鳥の絵が刺繍されていることに気付いた。

 目の下には薄っすらとした隈。それが男を辛うじて浮世に立たせている気がした。




 ――それから。

 それから■■■はなにも言わずに踵を返し、家に帰った。

 男は引き留めることもなく、それを見送った。

 特に言葉はない。

 家では相変わらず両親が喧嘩していて、■■■はそっとため息を吐く。


(ああ、死にたい……消えたい)


 消えて無くなりたい、そう何度願っただろう。

 そう思うたびに■■■の足はあの神社へ向かっていた。今日もそうだった。

 けれどもう、■■■は用事でもない限りあの神社へは行かないだろう。理由はない。

 ただ、もう行かない、と、そう思った。

 そうして過ごすうちに気付いたら■■■は中学校を卒業していた。

 高校は地元の私立だが、家とは反対方向の下宿屋に入り家を出ることになった。

 同じ中学校から同じ高校に進学する生徒はいない。

 今でも■■■は死にたいと思っている。

 鞄の中には相変わらず頑丈なロープ、いつぞやよりは増えた薬、オイルライターとマッチ、それから小型のナイフ。

 ナイフは何度か手首に沿わせてみたけれど、ついに引くことはできなかった。

 意気地なし、と■■■は何度も自分に吐きつける。

 家を出て下宿先に向かう途中で、いつかの神社のある山を横切った。

 足を止めて見上げる。

 山の入り口には大きな鳥居。その奥には相変わらず足場の悪い、一段一段の大きな石階段が見えた。

 少しの間、■■■は鳥居を見上げ、ふいと視線を逸らす。

 もう立ち寄ることはない。

 ふと、視界の端に白い影を見た。

 はっと振り返って、見る。


「今日は寄っていかないのかい」


 薄緑の着流しではない、白い着物に水色の袴。神社の人がよく着ているあの装束姿の男が気怠そうに鳥居にもたれかかっていた。


「……は、」

「今日は寄っていかないのかい」


 ■■■は目を瞬かせて男を見上げた。相変わらず姿勢は悪い。


「……その、恰好……」

「うん、ようやく階位取得できてね」

「……宮司さん?」

「いや、まだただの権禰宜」

「……ごん、ネギ……」

「ここの一人息子だからね。ずっと逃げていたけど」


 道理で、人気のない神社でしか会わないわけだ。

 ■■■は脱力して、男を睨みつけるようにして見た。男は動じない。


「制服、前のと違うんだ」

「……高校、進学したので」

「へェ、おめでとう」


 ちっとも目出度くなさそうに男は頷く。そのくせ声は優しい。

 男は顎に手をやると、なにかを考えるようにして首を傾げた。


「高校、バイトは不可?」

「別に。許可申請してるから、今から探そうとは思ってる」


 ふぅん、と男はもう一度頷いた。

 神職姿のせいで以前よりも浮世離れして見えるが、姿勢の悪さで神聖さは感じられない。


「巫女さん興味ない?」

「は?」


 突然の男の言葉に■■■は目を瞬かせる。

 いやぁ、と男は気怠そうに頭を搔いた。


「今、巫女さんバイトが不足してる……というか、いないんだ」

「はぁ」

「よかったら、考えてみてくれるかい」


 結論、巫女さん(アルバイト)になった。

 理由は他に探す当てがなかったこと、面倒だったこと。

 数回も通えば一通りのことは覚えられた。コスプレ……とは違うが、普段着とは違う装束も一人で着ることができるようになった。

 しかしアルバイトとはいえ、こんな死にたがりの巫女でいいのだろうかと思わなくもない。

 男――アルバイト採用に際し、名乗ってもらったがまともに呼んだこともない――は相変わらず気怠そうに、特に興味のない色をした目で■■■を見下ろす。

 仕事中だけは姿勢を正している、とアルバイトを始めてから知った。

 そして意外とちまちまと人は来るのだ、この神社は。■■■のいない午前中に多かったらしい。

 男の父親である宮司の人柄がいいからだろう。突然息子が連れてきた見知らぬ女子高生をアルバイトに雇ってくれる時点で人が良すぎる気もするが。

 母親もいい人で、最初は■■■の着付けなども手伝ってくれた。

 人が良すぎて、自分の矮小さ、汚れた思考に嫌気がさす。余計に死にたくなるのに、真っ白な装束がそれを許してくれない気がした。

 まさか男は巫女をさせることで■■■が死なないように――なんて、考えもしたが、男の態度はまるで変わらない。

 考えすぎだと■■■はため息を吐いた。

 境内の掃除もやってみれば心落ち着く作業だ。

 箒のサッサッと境内の歩道を掃く音もなんだか心が静まる気がする。

 そんなことを考えながら手を動かしていると、音もなく男が近寄ってきた。

 相変わらず気配のない男だ。それが彼にとって普通のことなのだと、このアルバイトを始めて知った。(存在感が薄いとよく言われるとぼやいていたが、さもありなんだろう)


「慣れた?」

「まぁ、それなりには」


 唐突な会話はいつものことだ。枕詞も話の導入もなにもなく、常に要件ばかり。

 ■■■にはそれが案外心地よい。

 相も変わらず無愛想な、可愛げのない返答になるが、やはり男は気にしない。

 それならよかった、と特によくもなさそうな抑揚で男は言う。

 本当に、どういうつもりでアルバイトに誘ったのだろうか。……おそらく本当に、ただアルバイト不足だったから、そこにいたのが目に入ったからだろうが。


「最近は縄、持ってこないんだね」

「鞄には入ってます」


 言わないでいいことまでするっと答えてしまって、■■■は顔をしかめた。

 男は気にした様子もなく、ふうんと気怠げな相槌を打つ。


「諦めてはいないんだね」

「まぁ」

神社ここではやめてね。今なら流石にバ先でってなると変な噂にもなるだろうから」

「……善処します」


 居心地がいいのは間違いないこの神社を、■■■は案外気に入っている。

 だから最近は別の場所を探しているが、意外と見つからないものだというのが近頃の悩みなのだが。

 あの人のいい男の両親に迷惑はかけたくないな、とは思った。

 ぼんやりとしていると、男が側に寄ってきた。本当に音も気配もないので驚く。

 男が手を伸ばして■■■の髪に触れた。


「――っ、」

「葉っぱ、髪についてる」


 ちょいと動かした手を見ると、青々としたどこかの木の葉が摘ままれているのが見えた。

 無意識に力を入れていた肩から力を抜いてほうと息を吐く。


「……ごめん。軽率だった」

「え」

「殴ったりなんかするつもりはないけど、いきなり手を振り上げられたら怖いだろう」


 どきりと心臓が跳ねた。

 実家のことを見透かされたのかと思った。

 我に返って、申し訳なさそうにする男を見上げる。


(……死にたい……)


 そんな男の顔は初めて見た。

 ■■■は箒を握りしめたまま硬直する。男は葉を風に遊ばせて手放す。

 強い風が吹いて、二人の間をすり抜けた。


「まだ、死にたいかい」

「……はい」

「そっか」


 少しだけ、残念そうな声色に聞こえた。

 聞き間違いかと思って男の目を見上げる。困ったように笑うのは、ちょっとだけいつもと違う男の目。

 気怠そうではあるが、やる気がないわけではない。

 関心がなさそうではあるが、興味がないわけではない。

 淡々とはしているが、優しさがないわけではない。

 ねぇ、と男が小首を傾げる。

 先ほどよりも僅かに二人の距離が近付く。


「ぼくはただの神社の引きこもり息子だけど」


 木漏れ日が男の目に反射して緑に光るのが見える。


「いつかきっと迎えに行くよ」


 だから、と男は真剣な目で■■■を見た。


「それまで生きていてくれたら嬉しいなァ」


 そっと伸ばされた手が■■■の手を包む。

 嫌な気持ちにはならなかった。

 大きくて節ばった細い指。少し深爪気味の爪が目に入る。

 いつかのように、やっぱり冷たくひんやりとした手だった。


「……答えは返さなくていいよ。ぼくが言いたかっただけだから。でも、そういう気持ちがあることは覚えておいてほしいなァ」


 いつもの気怠そうな声。でも、優しくよく通る声。

 不意に■■■は泣きたくなって、奥歯を噛み締めて俯いた。


「……善処、します」


 ようやく絞り出した声は、少しだけ掠れていた。

 死にたいという気持ちが消えることはない。

 けれど、もう少しだけ、生きてみてもいいかもしれないと、ふと思った。

 ■■■――少女は息を吐いて涙を引っ込め、男に向き直る。

 下手くそな笑顔が、男の目に映っていた。

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