5.二人の少女(1)
「……本当にここ?」
そう問えば、相手はこくりと頷く。
颯は相手から視線を逸らすと、密かに溜息をつくしかなかった。
あの後、喫茶店を出て二人で電車に乗った。行く先々で微妙に変化する証言に戸惑いながらも、今も彼女の言葉に付き合い続けている。しかしこの惑いが焦りに変わるのも時間の問題だった。
「ここ、景色がすごくきれいですね……」
海風に髪を揺らしながら夕夏が笑いかける。けれどそれにどう返せばいいか分からず、颯は再び訊ねるしかなかった。
「雨宮さん、本当にここなんだよね……?」
「ええ……でももう少し向こう側だったかもしれません。暗かったから……」
問うと夕夏は毎度の如く困り顔を見せる。そして彼女が主張する〝もう少し向こう側〟へと歩いていく。
颯は彼女を追わずにその場で足を止めると、辺りを見渡した。
今、自分達がいるのは『犀原海浜公園』だった。周囲には多くの家族連れやカップルの姿がある。
近海で取れた海鮮焼きがここの大きな売りで、他にも焼きとうもろこし、アイスクリーム、綿菓子などの屋台が並んでいる。もう一つの売りである停留中の帆船の白い帆が、空に清々しくはためいていた。
彼女の涙に動揺して、思わずここまでやって来た。しかしただ相手に振り回されているのではないかと、その疑念は消えない。
おとなしく真面目そうな彼女がこんなやり方で自分を騙しているとは思えなかったが、最初に証言した『犀原埠頭』はもっと東の方にある。けれどこの場に到着した彼女は、迷いもなく真っ先にここに案内した。
多くの人で賑わうこの場所はただ穏やかで、犯罪の臭いを感じさせるものなど皆無だった。
「澤村さん、もっとあっちの方に行ってみませんか?」
時刻はもうすぐ五時。颯は一度志摩に連絡を入れようと電話を手にしたが、まだ収穫のない現状を報告しても仕方がないと思い直した。
周囲を見回せば帰る人もちらほら見かける時間だったが、天気もいいせいか公園はまだ賑わっている。しかし自分は未だ目的を果たせず、そんな中、自分に屈託なく笑いかけてくる彼女を見ていると、ここに一体何をしに来たのかよく分からなくなる。
「雨宮さん……ちょっと訊いてみるけど、もしかして俺のことからかってる? 俺が昨日追いかけたり、無理に話を聞いたりしたから」
「えっ? そっ、そんなことありません! そんなこと私……」
訊ねると相手は慌てて否定する。でももういつまでも曖昧な証言を繰り返す彼女に、これ以上付き合い続けるつもりはなかった。ここで無駄な時間を重ねるより、志摩と合流して別のやり方を模索をする方が数倍建設的なはずだった。
「じゃあさ、俺もう帰ってもいい? この辺、どうやら何もないみたいだし」
こんな場所に監禁されていたとは思えないし、とも言いたかったがそこまで言う必要はないと敢えて口にはしなかった。
「あっ……でも……あの……」
告げると相手は言い淀んで俯く。その様子を見て、正直またかと思わないこともなかった。けれどこのまま彼女をこの場所に放り出していく訳にもいかない。家まで送るからと言いかけた時、不意にいつもの感覚が瞼の裏にちらついた。
それはチカチカ光ると同時に、黒いうねりが脳の奥で蜷局を巻く。
「嘘だろ、こんな時に……」
呟きが漏れたが、颯は素早く周囲を見渡すと付近のベンチを探した。
それは法則のない入れ替わり。
ここ一年は志摩と一緒にいることがほとんどで、その時を心配したことはなかった。だが〝その時〟が一人であろうと気を失い、無防備になるのはほんの数秒。
予兆を感じたら、できるだけ座るか横になる。地面にぶっ倒れなければ、それでいい。天地がひっくり返るような不都合も、これまでどうにか起きたことはない。
入れ替わり時に事情を知らない相手と一緒にいるのも久しぶりだったが、不安はなかった。
「澤村さん、どうしたんですか? 大丈夫ですか?」
近くのベンチにふらふらと腰を下ろすと、夕夏の声が段々遠くなる。
心配しないでいつものこと。
今日はこんな状況だけれども、もう一度目を開けた時、入れ替わった花がきっと上手くやって……くれる……。
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