4.ファミレス会議

 志摩と颯は夕夏が去った後も、ファミリーレストランにいた。

 ハンバーグセットとミートソーススパゲティを美味そうに平らげる颯の隣で、ステーキとフライの盛り合わせを食べ終えた志摩は、混み始めた店内でそこにいた少女のことを考えていた。


 終始伏し目がちな彼女は淡々と答えながらも、その中に自らを都合よく扱うだけの友人に対する悪意を織り交ぜていた。そこには小暮潮里のことなどどうでもいいという感情も垣間見えたが、でもだからと出鱈目な嘘をつくほどの余裕も感じられなかった。

 彼女――雨宮夕夏の証言は全部本当のことだろうと思った。全てを話し終え、それでも緊張を弛めなかった彼女に家まで送ると一応申し出たが、予想どおりそれは頑なに断わられていた。


『雨宮さん、これ、渡しておく』

 席を立った少女に、志摩は電話番号をメモした紙ナプキンを差し出した。それを見遣る表情には得も言われぬものがあったが、志摩は気にしなかった。

『この番号は俺のじゃなく、こっちの澤村のだ。何か思い出したことがあったら連絡してくれ。歳の近い相手の方が何かと話し易いだろう?』

『えっ、それマジかよ、志摩』

『ということだ。受け取れ』

 その顔には隠しもしない拒否が見えたが、無駄と気づいたのか諦めの表情で受け取った。

 彼女が去った後、志摩は腹が減ったという颯の意見を聞いて、そこでそのまま早い夕食を取っていた。


「志摩」

「なんだ?」

「あの子、潮里の彼のことは一応知ってたけど、あんまり仲いいって訳でもなかったんだな」

 食事を終え、ドリンクバーから戻った颯が肩を竦めて言った。

「さぁ? 女の子は複雑なんだろ」

 志摩は適当に返事をして、颯が差し出したコーヒーを受け取った。

 雨宮夕夏から必要な情報を得た今、彼女達が不仲かどうかはどうでもいいことだった。それに少女同士の心の葛藤など、自分に知り得るはずもない。


「なんか色々大変そうだな。俺、女じゃなくてよかった」

 志摩はその言葉を一旦聞き流したものの、妙な感触を覚えていた。

 颯と花。頭の中はどうなっているのかと時折思う。

 全く別々の思考、脳の中で分割された記憶と感情。

 信号が赤から青に変わるように、それらも瞬時に切り替わっているのだろうか。


「それでこのあとはどうすんの?」

 残り少ないコーラをストローで啜りながら颯が訊ねていた。志摩は真っ二つになった脳の想像を頭から追い払うと、これからのことを考えた。


 雨宮夕夏と話して分かったことは、

 不確定だった潮里の交際相手は存在し、結婚を約束するほどの仲だった。

 潮里は失踪前に何らかの理由で、自分が危険だと感じていた。

 ヤクザ(のような)男二人組が、失踪前に潮里と関わった夕夏を脅している。

 彼らが口止めした内容から、潮里の《彼》も失踪に関わっている可能性がある。

 潮里が失踪前にヤバい人だと語った彼氏《シン君》は、二十才前後の金髪で鼻にピアスの顔に特徴のない男……。


「そうだな、その《シン君》とやらを捜してみるか」

「えっ、顔も分かんないのに? 夜の青芝アオシバに行けば似た風貌の奴なんか山ほどいるよ」

「確かにそうだな」

 颯は街の名を上げると、困難でしかない捜索に眉を顰めている。

 志摩は携帯電話を取り出すと、素早く時差を計算した。そして向こうが間違いなく夜明け前であることを確認すると、記憶する番号を手早く押した。


「あいつに訊いてみる」

「えっと、それはいい案だと思うけど、今、日本にはいないんだろ……?」

「離れてたって、できることはある」

 夕刻のファミリーレストランの喧噪の中、志摩は相手の苦々しい表情を思い浮かべながら呼び出し音を聞いていた。

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