3.いなくなった少女
1.消えた少女について
氏名 小暮潮里 年齢 十七才
住所 ××都
家族 父 小暮
母 小暮
現在、私立
学校及び家庭での生活態度は良しとは言えない。親子関係も近年良好ではなかった。
故に父、弘樹が潮里が家に戻っていないと気づいたのは、既に約一週間が経過してから。
校内、校外問わず親交相手は多いが、現在全てと連絡を絶った状態にある。
自室で回収したスマートフォンは回復不能の破損が確認されている。彼女自ら破壊したと推測されるが事実は不明。
友人に語っていた交際相手の詳細も依然不明。
父、弘樹は娘とほぼ断絶状態にあったが、捜索に関して積極的な傾向。自ら進んで潮里の友人達に聴取を行い、その詳細も提供されているが行方に繋がる新たな情報は得られず――。
******
「えーと……なにこれ?」
リビングのソファで、受け取った報告書に目を通した花が呟いた。
隣にいた志摩も概ね同じ感想だった。
「名前とか歳とか、碌でなしの娘だってことが改めて羅列されてるだけで、結局なんにも分かんないんだけど」
花が言うとおり、報告書に記されているのは大方が既知の情報ばかりで、最初の手掛かりすら掴めそうもない。何もかもが不明なままの丸投げ状態とも言えた。
「……こんな話、やっぱり聞かずに断るべきだったんだよ……」
再び呟いてソファに寝そべった花は、手に取った報告書を指で弾いた。
「そう言うな、花。ボスの命令は断れない」
「それは分かってるけど……」
「分かってるなら今更ぼやくな」
「あ、そうだ、ハル。私、いいこと思いついた! 二、三日捜索した振りして、頑張って捜したけど死んでたって言おう。不良娘が男に騙されてどーにかなるなんてよくある話だし、それで……」
「花、そこまでにしておけよ」
「もー、冗談だって。少しぐらい悪足掻きしたっていいじゃない」
「やるしか道はない。とにかく……」
「あれ? 待ってハル。これさ、もう一枚あるみたい」
手にした報告書を弄んでいた花が、今まで気づかなかった二枚目を翳して見せる。
確かに下にもう一枚ある。
新たな手掛かりが少しでも記されていることを願うが、でもだからと過度な期待はせずに志摩は読み上げるよう花に促した。
「えーとね……、
潮里の幼馴染みである
潮里とは近年疎遠だったため、弘樹が最初に作成した友人リストから漏れていた。
彼女も同じく峰が丘女子校二年生。
聴取必要。
だって」
文章を読み終えた花が顔を上げて、こちらを見る。
「うーん……まぁ取っ掛かりとしてとりあえず、この雨宮夕夏って子に会ってみればいいのかな……?」
「ああ、そうだな……」
志摩は届いた言葉に頷いたが、先行きの暗さは変わっていないと感じていた。
近年疎遠だった幼馴染み。潮里の行方や謎の彼氏について知っている可能性は今一つな予感しかしないが、今のところ未開拓の手掛かりはそれしかない。
花にはやるしかないと言ったが、不慣れな自分の力量も、相棒が花であることにも若干不安はあった。だがそう言ってばかりでは先には進まない。人捜し素人でも順立てて行動していけば、何か次の手立てが見つかるかもしれなかった。
「ねぇハル、この潮里のおとーさん、娘が行方不明だってことは警察にも言ってんのかな」
「いいや、ボスに話を持ってきたんだ。言ってないだろう」
花から届いた疑問に答えて、志摩はボスの言葉を思い出していた。
『知り合いの娘さんよ。一度だけ恩があって、断るに断れなくてねぇ』
あのボスに望まない依頼を承諾させることができる、小暮弘樹という男。
彼の住居がある静音区は富裕層が多く住む。そんな裕福な会社員とあのボスがどう繋がるのか想像も及ばなかったが、ただ分かるのは彼が娘を捜すために選択したのは、正規の方法ではなかったということだ。彼が娘失踪に犯罪の臭いを嗅ぎつけたからか、もしくは彼も決してまともな人間ではないからか……?
出身地も名前も年齢も不詳であるボス。
野垂れ死にの運命しかなかった十二才の自分を拾ってくれた彼女に対して志摩は感謝の念は持っていたが、一見どこにでもいる気のいい初老女性、もしくは初老男性にも見えるボスのことを雇い主と言えど、全く気を許したことはなかった。
麻薬や人身売買を行いながらも、あれほどまでの表舞台に平然と居座り、必要最低限の部下しか持たず、どこの組織にも属さず、女でありながらこうして長い間裏社会での地位を確立する彼女の正体は、見かけとは逆だった。
裏切りを感じたなら長年の腹心でも、最初から存在しなかったようにあっさり切り離す。しかし一段高い場所から彼女を見下ろす自分に気づいた志摩は、嗤いを漏らすしかなかった。彼女が切り離した男の存在を地中深く埋めたのは他の誰でもなく、自分だった。麻薬や人身売買に直接関わっていないというだけで、同等の暗闇にいる自分も同じ穴の狢でしかない。
「どうしたの? ハル」
「いや……」
呟いて、志摩は時計を見上げた。
時刻はまだ昼前、先程からこうしていらないことばかり考えてしまうのは、昨夜の疲労が残っているからに違いなかった。
事は始まってしまったのだから、任務は全うする。
必要のない者は吊られる。
ここは決して安住の地ではなく、立ち止まれば自分の足元はぐらつき、すぐに崩れ出していく。
この後充分鋭気を養い、夕刻前には出かける。
ボスの下にいる自分はボスの命には従う。
それしかなかった。
「花、悪いが俺は夕方まで寝る」
志摩は立ち上がると自室に足を向けた。けれどすぐに背後に歩み寄る気配に気づいた。肩越しに振り返れば、俯く花の姿がある。彼女はシャツの裾を緩く掴んで引き留めていた。
「なんだ、花」
「あのさ、ハルは暗くなんかない」
「は? なんだって?」
「ボスがさっき言ってたけど、ハルは暗くなんかないよ」
「花、さっきって一体いつの話を……」
「暗くもないし、見られない顔でもないって、そんな感じで形容される顔じゃ全然ないから!」
一気に捲し立てた花の額が、背に押しつけられる。
本人も気に留めていなかったボスの言葉に、彼女は今更声を尖らせていた。あの評価は決して間違っていないと志摩は思うが、どうでもいい言葉を一人気にして憤るその様子には、微かな笑みが零れた。
「そのことはいいから花、お前も寝ておけよ。あんまり眠ってないだろ?」
「うん、それはそうだけど……」
「どうした?」
「そうだけど、寝てしまったら、なんだかハルと……もう、会えな……」
俯いた花の身体が頼りなくふらついていた。
けれどそう思う間もなく、一瞬にしてその身から力が抜け落ちる。
床に倒れ込む身体を咄嗟に支えれば、触れた手には変化が伝わる。
その身体は柔らかいものから、強く張りのあるものへと変わっていく――。
「……あ、志摩……穴掘りはもう終わった……?」
再び目が開いた時、こちらを見上げたのは《颯》だった。
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