第13話 私とゴルフ⑫

「それで、私に何か御用でしょうか……?」

恐る恐る尋ねると、彼女は驚くべき事を口にしたのだ。

それは、次のような内容だった。

「実は、折り入ってお願いがあるのです。というのも、娘のアリスの事なのですが、

最近どうも様子がおかしい気がするんです」

彼女は深刻そうな表情で語り始めた。

話を聞くところによると、アリスは元々内向的で人見知りな性格だったらしいのだが、

最近はやたらと外出したがるようになったのだという。

しかも、行き先はいつも同じ場所なのだそうだ。

そこで、不審に思った彼女が尾行してみると、なんとそこは練習場だったというではないの!

さらに詳しく聞いてみると、アリスは毎日のようにそこに通っているらしかった。

それもプロを目指しているわけでもなく、ただ単に趣味として楽しんでいるのだとか。

それを聞いた私は唖然としてしまった。

まさか、あのアリスがそんなことをやっていたなんて、夢にも思わなかったからだ。

しかし、同時に納得もしていた。

なぜならば、ここ最近、彼女の態度が妙によそよそしいように感じていたからだ。

最初は気のせいだと思っていたのだが、何度も続くと流石に違和感を覚えずにはいられなかった。

もしかすると、あれがそうだったのだろうか……?

そう考えると、全てが繋がったような気がした。

おそらく、彼女は私に追いつくために努力を重ねてきたのだろう。

それこそ、寝る間も惜しんで打ち込んできたに違いない。

そう思うと、胸が熱くなった。

それと同時に、嬉しさが込み上げてくるのを感じた。

なぜなら、それほどまでに私のことを想ってくれていたという事実を知ったからだ。

私は感動に打ち震えながら、涙を流していた。

そんな私を、アリスが心配そうに見つめていることに気づいて、慌てて涙を拭うと、平静を装って返事をした。

それでも、声が震えてしまうことは避けられなかった。

私は深呼吸をしてから、彼女に話しかけた。

アリスさんのお母様から聞かされた話は、にわかに信じがたいものだった。

いや、信じたくなかったというのが正しいかもしれない。

何故なら、それはあまりにも残酷な現実だったからだ。

私がショックを受けていることを察したのか、彼女は申し訳なさそうに頭を下げた。

それを見た私は、ハッと我に返った。

いけない、今は落ち込んでいる場合ではないのだ。

そう思った私は、彼女を励ますように言った。

大丈夫、きっとうまくいく……そう自分に言い聞かせるようにしながら、再び練習に励むことにした。

そうして迎えた大会当日、私はこの大会に挑む。

絶対に優勝して、賞金を手に入れて、アリスさんにプレゼントするんだ……!

そう思って臨んだものの、結果は散々たるものだった。

結局、一度も首位に立つことができず、予選落ちという結果に終わったのだ。

あまりの悔しさに涙すら出なかった。

いっそ消えてしまいたい気分だったが、何とか堪えることができたのは、

ひとえに応援してくれた人たちのおかげだろうと思う。

彼らの期待に応えられなかった自分が情けなくて仕方がなかったが、いつまでも引きずっていても仕方がないと思い直し、

気持ちを切り替えた。

次こそは必ず勝ってみせると心に誓いながら、帰路についたのだった。

その数日後、私は練習場に向かった。

いつも通りの練習をこなした後、更衣室に入ると、中から話し声が聞こえてきたので、思わず立ち止まった。

覗いてみると、中には二人の女性がいることに気づいた。

一人は私のよく知る人物であり、もう一人は知らない顔だったが、どちらも若く美しい女性たちだった。

彼女たちは楽しげに談笑していたが、その内容までは聞き取れなかった。

しばらくして、二人は別々に帰っていったようだ。

残された方は、何やら真剣な表情で考え込んでいる様子だったが、やがて意を決したように立ち上がると、私の方へと向かってきた。

そして、いきなり頭を下げてきたのだ。

何事かと思って驚いていると、相手は話し始めた。

どうやら、先日の一件について謝りに来たらしいのだ。

聞けば、あの時の出来事は全て自作自演だったというではないか。

それを聞いて愕然としたと同時に、怒りが込み上げてきた。

だが、ここで揉めても仕方ないと思い直して、ぐっと堪えることにした。

それに、彼女も悪気があったわけではないだろうし、何よりも大事なのはこれからどうするかということだと思ったからである。

そんなわけで、私たちは和解することになったのだった。

それからというもの、彼女とはよく話すようになったし、お互いの悩みについても相談するようになったりして、

仲良くなったように思う。

そして、いつしか恋心を抱くようになっていった。

そんな矢先のことだった──ある日のこと、いつものように練習していると、不意に声をかけられたのである。

振り返ると、そこにいたのは何とアリスさんだったのだから驚いた。

しかも、なぜか不機嫌そうな顔をしているように見えるのだが、気のせいだろうか……?

そう思いながら様子を窺っていると、唐突にこんなことを言われたのだ。

「ねえ、ミリルさんって、いつになったらレジェンドゴルファーになるの?」

一瞬、何を言われているのか理解できなかった。

いや、理解したくないと言った方が正確かもしれない。

だって、その言葉はまるで、私がいつか負けることを確信しているかのような口ぶりだったから。

動揺を隠しきれないまま、私は答えた。

「えっと、どういう意味ですか?」

すると、彼女は不敵な笑みを浮かべながら言った。

「別に、深い意味はないよ。ただ、ちょっと気になっただけ」

それだけ言うと、立ち去ってしまった。

後に残された私は呆然と立ち尽くしていた。

それからというもの、私の調子は最悪だった。

何をしても上手くいかない気がしてならなかった。

自分でも嫌というほど自覚はあったのだ。

このままでは勝てない、それどころか、いずれ追い抜かれる日が来るのではないかと思うと、怖くてたまらなかった。

だから、必死に頑張ったつもりだった。

それなのに、一向に成果が出ないのだから辛かった。

おまけに、他のゴルファーたちからは冷ややかな目で見られるようになったため、余計に居心地が悪くなってしまった。

どうしてこんなことになってしまったんだろう……?

どこで間違えてしまったんだろうか?

いくら考えても答えは出ず、ただただ時間だけが過ぎていくばかりだった。

そんなある日のこと、ふとした瞬間にある考えが頭をよぎった。

もしかしたら、このまま辞めるという選択肢もあるのかもしれない、という考えだ。

もちろん、一度は真剣に考えたことだ。

しかし、その度に脳裏に浮かぶのは、彼女の笑顔だった。

そして、こう言われるのだ。

『諦めないで!』

その瞬間、私の心は決まった。

やはり、最後までやり抜くしかないのだ、と。

それから、より一層練習に打ち込むようになった。

どんなに辛いことがあっても、決して挫けることはなかった。

全ては、アリスさんのために……いや、自分自身のために頑張ると決めたからだ。

そして、ついにその日がやってきた。

決勝の舞台に立ち、大勢のギャラリーに見守られながら、私は最後のショットを放った。

「やった……!」

ボールの行方を見つめながら、私は小さくガッツポーズをした。

完璧なショットだったのだ。

あとは、結果が出るまで祈ることしかできない。

どうか、お願いします……!

祈りが届いたのか、ボールはそのままカップインすることに成功した。

瞬間、会場中から大歓声が上がった。

観客席に向かって手を振ると、拍手喝采が巻き起こった。

ようやく実感が湧いてきて、涙が出そうになったほどだ。

その後、表彰式が行われ、見事優勝を果たした私は賞金100万ジルを獲得したのだった。

家に帰る途中、ずっと興奮状態だったせいか、疲れを感じることはなかった。

むしろ、心地良い疲労感に包まれているような気分だった。

帰り道の途中で、エリザベルさんと会ったので、一緒に帰ることにした。

今日の試合について語り合いながら歩いているうちに、あっという間に家に到着した。

中に入ると、すぐにベッドに倒れ込んだ。

今日は本当に疲れたなあと思いながら目を閉じると、いつの間にか眠りに落ちていたのだった。

翌日、目が覚めると、時刻は既に正午を過ぎていた。

慌てて飛び起きると、急いで支度を済ませて練習場へと向かうことにした。

今日もまた練習に励むことにしようと思ったのだが、その前に昨日の賞金を使って何か買おうかと考えていたところ、

あるアイデアが浮かんだ。

そこで、早速買い物に行くことにしたのだった。

向かった先は宝石店である。

店内に入ると、店員に声をかけた上で目的の物を探すことにした。

しばらく探していると、それらしきものを見つけたので手に取ってみた。

それは、指輪の形をしていたが、よく見ると小さな石が埋め込まれていることが分かった。

綺麗だったので、一目で気に入った私は迷わず購入することにした。

支払いを済ませた後、包装してもらうために待っている間、ふと窓の外を見ると、そこにはアリスの姿があった。

向こうもこちらに気づいたようで、手を振ってきたので、私も振り返しておいた。

何だか照れ臭かったけれど、嬉しかった。

やっぱり、私は彼女のことが好きなんだと思う。

その気持ちを再認識したところで、ちょうど包装が終わったようなので、受け取って店を出た。

それから、帰宅した私はさっそく指にはめてみたのだが、サイズが合わず入らなかった。

残念だったが、まあ仕方ないだろうと思い直した。

次に買う時は、ピッタリ合うものを見つけようと思うのだった。

こうして、充実した一日を過ごした後、眠りについたのだった。

翌朝、目を覚ますと、真っ先に枕元を確認した。

そこには、昨日買ったばかりのプレゼントが置かれていたのでホッと胸を撫で下ろすことができた。

どうやら、失くさずにすんだようだ。

これで安心して出かけることができるというものである。

さて、今日は何をしようかと考えているところに、突然来客を知らせるチャイムが鳴った。

誰だろうと不思議に思いながら扉を開けると、そこにいたのは意外な人物だった。

なんと、アリスが訪ねて来たのだ!

驚きのあまり固まっていると、彼女は笑顔で話しかけてきた。

「おはよう、ミリルさん!」

その元気な声を聞いた途端、緊張が解けていったような気がした。

それと同時に、嬉しさが込み上げてくるのを感じた。

まさか、こんな朝早くから来てくれるとは思っていなかったからだ。

(ああ、なんて幸せな気分なんだろう)

心の中で呟きながら、彼女を迎え入れるために扉を大きく開いた。

それから、招き入れるようにして中へと促すと、素直に従ってくれたことに安堵しつつ、お茶の準備をするためにキッチンへと向かったのだった。

しばらくすると、お湯が沸いたのでポットに茶葉を入れて蒸らすことにした。

その間に、カップを用意することにする。

棚を開けてみると、以前使ったマグカップが目に入ったので、これを使うことにして取り出した。

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