第14話 私とゴルフ⑬
「お待たせ、アリスさん」
そう言いながらテーブルに並べると、彼女もお礼を言ってくれた。
それから、二人で向かい合って座り、他愛もない話をしながら楽しいひと時を過ごすことになったのだった。
話題はやがて、先日の大会のことになる。
私が優勝したことを話すと、自分のことのように喜んでくれて嬉しくなった。
そんな話をしているうちに、自然と優勝祝いの話になったのだが、そこでふと思いついたことがあったので提案してみることにした。
「あの、もしよかったらなんだけど、一緒にお祝いしない?」
そう尋ねると、彼女は満面の笑みで頷いてくれた。
それがとても嬉しくて、思わず抱きついてしまいそうになるのをグッと堪えることしかできなかったのだった。
そうして、私たちは一緒にレストランへ行くことに決めたのだった。
「それじゃあ、行こうか」
そう言って立ち上がると、彼女も立ち上がった。
そして、そのまま玄関へと向かって歩いていく。
そんな彼女の背中を見つめながら、私は思った。
ああ、幸せだなあ、と。
それから、私たちは手を繋いで歩き出した。
道中、色々な話をした。好きな食べ物や趣味、それに最近あった出来事など、様々なことを話した。
中でも、一番印象に残ったのは、アリスさんのご両親の話だ。
なんでも、お二人はとても仲が良く、いつも一緒なのだそうだ。
それを聞いたとき、なんだか羨ましくなってしまった。
私には、そういう存在がいないから、余計にそう思ってしまったのかもしれない。
そんなことを考えて、少し寂しくなってしまったが、
「どうしたの?」
そんな私の様子に気づいたのか、心配そうに顔を覗き込んできた彼女に慌てて何でもないと答えた。
それから、再び歩き出そうとしたところで、不意に声をかけられた。
振り返ると、そこにいたのはエリザベルさんだった。
彼女は何やら慌てた様子でこちらに向かってくると、いきなり私の手を掴んできた。
そして、そのままどこかへ連れて行こうとするではないか。
何事かと思って戸惑っているうちに、気づけば練習場まで来ていたようだった。
一体どういうことなのかと尋ねようとした矢先、彼女が先に口を開いた。
「ねえ、昨日の大会で優勝したんでしょ? おめでとう!」
その言葉を聞いた瞬間、背筋が凍り付くような感覚に襲われた。
なぜ知っているのだろうかと思った次の瞬間、一つの可能性に行き当たった。
もしかして、アリスさんが喋ったのではないかと思ったのだが、すぐにそうではないことに気づいた。
なぜなら、彼女の態度を見る限りでは、嘘をついているようには見えなかったからである。
だとすると、いったい誰が……?
考えているうちに、不安な気持ちがどんどん膨らんでいくのが分かった。
このままではいけないと思い、ひとまず気持ちを落ち着かせるために深呼吸をすることにした。
すると、少しだけ楽になったような気がしたため、改めて質問することにした。
まずは、当たり障りのないことから聞いてみることにした。
最初に聞いたのは、賞金のことに関してだ。
それについては本当に助かったと思っているし、感謝していることを伝えた上で、今後はどうするのかも尋ねてみた。
しかし、返ってきた答えは意外なものだった。
エリザベルさんは、賞金を受け取るつもりはないというのだ。
どうしてなのかと聞いてみても、はぐらかされるばかりで教えてくれなかった。
仕方がないので、別の質問をすることにした。
今度は、優勝賞品についてである。
正直言って、あまり興味はなかったのだが、一応聞いておくことにしたのだ。
それに対して、彼女はこう答えた。
何でも、私が使っているクラブに興味があるのだそうだ。
確かに、あれは特注品だし、普通の人なら使いこなせない代物かもしれない。
だから、譲ってもらえないかと言われたときは驚いたが、特に断る理由もなかったので了承することにした。
その後、細かい打ち合わせをして、後日練習場に来てもらう約束をしてから別れたのだった。
そんなことがあってから数日後、約束通りエリザベルさんがやって来た。
彼女は、目を輝かせながらクラブを見つめていた。
その様子を見ていると、何だか微笑ましく思えてきた。
一通り眺めた後、彼女は私に声をかけてきた。
その内容を聞いて、一瞬耳を疑ったが、どうやら本気で言っているらしいことが伝わってきたので、
とりあえず試してみることにした。
結果は、惨憺たる有様だった。
最初の数球こそまともに当たっていたが、それ以降は全く当たらなくなってしまったのである。
それを見て、彼女は失望してしまったらしく、ため息をついていた。
申し訳ない気持ちになりながらも、もう一度挑戦するチャンスを貰えないかとお願いしてみたところ、
渋々ながらも承諾してくれたので、再度チャレンジすることになった。
今度こそ成功させようと意気込みながら、ショットを放つことにしたのだが、やはり上手くいかないままだった。
結局、この日は一度もボールに当たることなく終わってしまったのだった。
(どうしよう……このままじゃダメだわ)
心の中で呟きながら、必死になって考えるが、何も思いつかないまま時間だけが過ぎていった。
それから数日の間、練習を続けたものの、一向に上達することはなかった。
それどころか、むしろ悪化していく一方であり、遂にはコーチからも匙を投げられてしまったほどだった。
もうこれ以上続けても無駄だと言われてしまい、途方に暮れていると、そこにアリスがやってきた。
彼女は心配そうな顔をしており、私のことを心配してくれていることがよく分かった。
それだけで、涙が出そうになるくらい嬉しかった。
だが、同時に情けなさを感じていたのも事実である。
そのため、何とかして挽回しようと、必死に考えを巡らせていたところ、ふとあるアイデアが浮かんだので、早速実行に移すことにした。
それは、新しいドライバーを作ってもらうことだった。
幸い、まだ大会から日が経っていないこともあって、メーカー側に注文すれば、すぐにでも作ってもらえることになった。
ただし、一つだけ問題があった。
費用のことである。
さすがに、タダというわけにはいかないだろうと考えていたのだが、意外にも無料でいいという話だった。
これには、逆に戸惑ってしまったほどだ。
というのも、それだけ高価なものを作らせようとしているのだから、それなりの代金を支払うつもりでいたからだ。
それなのに、まさか無料で作ってくれるとは思いもしなかったので、驚きを通り越して恐縮してしまうほどであった。
そんなわけで、私は今、新しく作ったドライバーを使っている最中なのだが、これがなかなか調子がいいのである。
おかげで、以前のドライバーを使っていた頃よりも、スコアが良くなっている気がするくらいだ。
これなら、優勝するのも夢ではないかもしれないと思えるくらいにまで成長していた。
(よし、頑張るぞ!)
心の中で気合を入れつつ、今日も練習に励むのだった。
そんなある日、いつものように練習場に向かっている途中で、偶然にもアリスさんと会った。
彼女もこれから向かうところだったそうで、せっかくなので一緒に行くことになった。
こうして、二人で歩いている間、いろいろな話をしたのだが、その中で一つ気になったことがあったので尋ねてみることにした。
「そういえば、前に言っていたご褒美の件だけど、何が欲しいの?」
それを聞いた途端、彼女の顔が明るくなったような気がした。
そして、しばらく悩んだ末に答えを出したようだ。
その内容を聞いて、私は驚愕のあまり言葉を失ってしまった。
まさか、そんなことを考えているとは思わなかったからだ。
しかし、よく考えてみれば悪い提案ではなかった。
それに、私も少なからず興味があることだったので、思い切って頼んでみることにするのだった。
そして、その日のうちに予約を入れることに成功したのだった。
そうして、ついにその日がやってきた。
ドキドキしながら待っていると、ドアが開き、彼女が入ってきた。
私は立ち上がると、挨拶を交わすよりも先に駆け寄って抱きついた。
そのままキスをすると、そのままベッドへと運んでいき、押し倒してしまった。
「アリス、もっとキスしてあげる」
「うん、嬉しい……」
彼女はうっとりとした表情で答えると、自ら舌を差し出してきたので、それを受け入れるように絡めていった。
しばらくすると、息が苦しくなったのか、顔を背けようとしてきたため、逃さないように強く抱きしめることでそれを阻止した。
しばらくして口を離すと、唾液の糸が伸びており、切れたところで再び口づけをした。
今度は軽いものではなく、深く激しいものだった。
それからしばらくの間、お互いを求め合うようにして愛し合った。
ようやく満足すると、ゆっくりと身体を離した後、余韻に浸るようにベッドに横たわった状態で抱き合っていた。
お互いの体温を感じ合いながら、幸せを感じていた。
そして、それが落ち着いた頃に、彼女に問いかけた。
「ねえ、優勝できたら、ご褒美くれるって言ってたよね?」
そう尋ねると、彼女は小さく頷いてくれた。
それを見て、私は決意を固めると、意を決して伝えた。
「優勝したら、アリスと一緒に旅行に行きたいんだけど、いいかな?」
それを聞いた瞬間、彼女はきょとんとした表情を浮かべた後で、首を傾げた。
意味が伝わっていないのかと思って、補足しようとしたが、その前に彼女の方から口を開いた。
「いいけど、何で私となの?」
そう言われて、私は少し恥ずかしくなりながらも答えた。
「……だって、アリスのことが好きだから」
その言葉を聞くと、彼女は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
そんな様子が可愛くて、思わず抱きしめたくなったが、我慢することにした。
その代わりに、彼女の頭を撫でてあげることにした。
さらさらとした髪質で触り心地が良く、いつまでも触っていたい気分だった。
それから、手を離すタイミングを失ってしまい、しばらく撫で続けていたところ、
突然手を掴まれたかと思うと、引き剥がされてしまった。
名残惜しく思っていると、彼女はそのまま立ち去ってしまった。
どうやら、怒らせてしまったらしいと思い、反省していると、不意に声をかけられた。
振り返ると、そこにいたのはエリザベルさんだった。
どうやら、私の様子を見に来たらしかったのだが、様子がおかしいことに気づいて声をかけたようだ。
事情を説明したところ、苦笑されてしまった。
そこで、気になっていたことを聞いてみたところ、意外な答えが返ってきた。
実は、以前に一度優勝しており、そのときの賞金を辞退しているというのだ。
どうしてかと尋ねたところ、彼女は遠い目をして語り始めた。
その話によると、賞金を受け取った直後に事故に遭い、両親が亡くなったため、
使うわけにもいかず、ずっと貯め込んでいたのだという。
それを聞いて、何とも言えない気持ちになったが、ひとまず話を切り上げることにした。
その後は、いつも通りの練習をこなして、帰宅したのだった。
その翌日、大会に向けての最終調整を行ったのだが、どうにも集中力に欠ける感じだった。
原因は分かっていたが、どうすることもできなかったため、一旦休憩することにした。
すると、そこにエリザベルさんがやってきた。
何か用があるのかと思って身構えていると、唐突にこんなことを言われた。
「優勝できそうかい?」
その問いに、一瞬戸惑ったものの、正直に答えることにした。
「正直なところ分からないけど、最善を尽くすつもりよ」
と答えたところ、彼女は微笑んだ後でこう言った。
その言葉を聞いた時、私は驚いてしまった。
何故なら、それは私が昨日言ったことと全く同じだったからだ。
そのことを指摘すると、彼女は照れ臭そうに笑って誤魔化していたが、どうやら本心だったようだ。
そのことに嬉しくなった反面、何だか負けたような気分になってしまい、悔しさが込み上げてきたので、
お返しとばかりに言ってやることにした。
すると、エリザベルさんはキョトンとしていたが、すぐに笑顔になったかと思うと、こう言ってきた。
「優勝できたのなら、何でも一つ言うことを聞いてあげるよ」
と言ったのだ。
私は内心ガッツポーズをしながらも、表面上は平静を装って、
「ありがとう、楽しみにしてるね」
と答えることにしたのだった。
(さて、それじゃあ頑張りますか!)
心の中で気合いを入れ直すと、練習を再開した。
そして、遂に運命の日を迎えることになるのである……。
大会の会場に着くと、既に大勢の人が集まっていた。
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