第12話 私とゴルフ⑪
「そうですね、特に苦手なコースというのは無いですけど、強いて言うなら風の強い日はあまり得意ではないですね」
と言うと、彼女は納得した様子で頷いていた。
そして、さらにこう言ってきたのだ。
「わかりました! ありがとうございます!」
と言って去っていったのを見て、一体何だったのかと思っているうちに、練習の時間になってしまったので急いで戻ることにした。
ちなみにその日の練習では、久しぶりにアルスと息があっていい感じで打てた気がしたんだけれど、
それと同時に、後ろから感じる熱い視線のせいで、いまいち集中できませんでした。
家に帰ってからも、彼女のことが気になって仕方がなかったため、アルスに相談してみることにしました。
その日の夜、ベッドの上で横になりながら、アルスに話しかけます。
「……ねえ、アルスさん、アリスさんの事なんだけど、どう思う?」
そう聞くと、彼は少し考えてから答えてくれた。
「そうだね、多分ミリルさんのことが好きなのかもね」
それを聞いて、思わずドキッとしてしまいましたが、すぐに平静を装って聞き返すことにしました。
「どうしてそう思うの?」
すると、彼はこう答えてくれました。
「だって、あんなに積極的にアプローチしてくるんだもん、普通気づくでしょ?」
ああ、言われてみれば確かにその通りだと思った。
でも、私にはわからなかったことがある。
なぜ彼女が私を敵視するのかということだ。
いくら考えても思い当たる節はなかった。
なので、直接聞いてみることにしたのだ。
翌日、練習場に向かう前に、彼女に呼び止められた。
何事かと思って身構えていると、いきなり頭を下げられた。
突然のことで驚いていると、彼女はこう言ったのだった。
「お願いします! どうか私と勝負してください!」
私は戸惑ったものの、ひとまず話を聞くことにした。
しかし、その話の内容は予想外のものだった。
なんと、彼女は私と戦いたいというのだ。
理由を尋ねると、返ってきた答えは次のようなものだった。
「実は、昨日の練習を見ていたらすごく上手だなって思って、憧れちゃったんです!」
そう言って目を輝かせている彼女を見ていると、悪い気はしなかった。
むしろ、嬉しくさえあったくらいだ。
だから、ついOKしてしまったというわけだ。
こうして、私たちは一緒に練習することになりました。
最初はぎこちなかったものの、徐々に打ち解けることができました。
そして、ついに決戦の時を迎えることになったのです。
いよいよ試合当日を迎えました。
会場には沢山のギャラリーが集まっていました。
そんな中、私は緊張していましたが、それ以上にワクワクしていました。
試合開始の合図と共に、一斉にボールを打ち始めました。
最初のうちはお互いに譲らず拮抗した状態が続きましたが、中盤に差し掛かったところで、私の方が優勢になりました。
このまま押し切れるかと思ったその時、アリスさんが猛チャージを仕掛けてきました。
なんとか踏みとどまろうとするのですが、なかなか止まりません。
このままではまずいと思った私は、一度体勢を立て直すために後退することにしました。
ところが、これが裏目に出てしまったようで、逆にアリスさんに距離を詰められてしまいました。
結局そのまま逃げ切ることができず、最後にはアリスさんの強烈なスマッシュの前に屈してしまいました。
「ゲームセット! マッチウォンバイ、東城アリス!」
私の負けだ。
悔しいけど、完敗だった。
でも、不思議と嫌な気分ではなかった。
それどころか、清々しい気分だった。
何故なら、全力を出し切れたからだと思う。
握手を交わし、お互いの健闘を称え合った後、私は帰路についたのだった。
帰り道、私はずっと今日の試合のことを考えていた。
どうすればもっと上手くなれるのか、どうしたら勝てるようになるのか、そんなことばかり考えていた。
しかし、一つだけ気がかりなことがあった。
それは、帰り際にアリスさんから言われた言葉だった。
彼女は去り際に、私にこんな言葉を残していったのだ。
「私、絶対あなたに勝ってみせますから、覚悟しておいてくださいね!」
その言葉に、私は苦笑するしかなかった。
(まあ、そのうち飽きるだろう)
そう思っていたのだが、意外にも彼女は本気のようだった。
毎日のように練習場に通い詰め、私との練習に励んでいるようだ。
そんな日々が続く中で、ある日、事件は起こった。
いつものように練習場に行くと、そこにはアリスの姿があった。
彼女は私を見つけるなり駆け寄ってきて、嬉しそうに話しかけてきた。
「おはようございます! 今日はいい天気ですね」
私が挨拶を返すよりも早く、彼女はまくしたてるように話し始めた。
その内容を聞いて、私は耳を疑った。なんと、彼女は私に勝つためだけに、ゴルフを始めたというのだ。
これにはさすがに驚いたが、同時に嬉しさもあった。
そこまでして、私を追いかけてくれるなんて、素直に嬉しかったからだ。
だから、私は笑顔で答えた。
「はい、そうですね!」
そんなやりとりをしていると、ふいに背後から声をかけられた。
振り返ると、そこにはアルスが立っていた。
どうやら、心配して様子を見に来てくれたらしい。
そんな彼に対して、私は安心させるように言った。
「大丈夫、心配いらないよ」
それを聞いた彼は、安心した様子で戻って行った。
それを見送ってから、私たちも練習を再開することにした。
その日以来、私たちの距離は急速に縮まっていったように思う。
今では、お互いを名前で呼び合う仲にまでなっていた。
そんなある日のことだった。
アリスの方から、大事な話があると言われたのだ。
「あのね、今度大会の予選があるんだけど、もしよかったら応援に来てくれないかな?」
そう言われて、私は迷わず承諾した。
大会当日、私は会場にいた。
観客席の最前列に座り、選手たちのプレーを眺めていたのだが、その中でも一際目を引いた選手がいた。
それが、アリスだった。
彼女のスイングはとても美しく、それでいて力強かった。
まるで鞭のように振り下ろされるクラブは、正確無比にピンフラッグを叩き折っていく。
その様子はまるで芸術品のようでもあり、見る者全てを魅了していたに違いない。
私もまた、そんな彼女の姿に見惚れてしまっていた。
だが、いつまでも呆けているわけにはいかないと思い直し、慌てて視線を逸らすと、今度は対戦相手に注目した。
そこには、もう一人の注目選手であるアリスの姿があったのだ。
彼女もまた、見事なショットを放ち続けていたが、相手もまた一歩も引かない戦いを繰り広げていた。両者の実力はほぼ互角であり、
どちらが勝ってもおかしくない状況にあった。
(がんばれ、アリスさん……!)
心の中でエールを送ると同時に、手に汗を握りながら見守っていた。
やがて決着の時が訪れる──勝者となったのは、アリスの方であった。
試合後、私は真っ先に彼女の元へと向かった。
駆け寄るなり声をかけると、嬉しそうな顔で出迎えてくれた。
「おめでとう、すごかったね!」
と声を掛けると、照れくさそうにしながらも喜んでくれたようだった。
そんなやり取りの後、私たちは連絡先を交換して別れた。
別れ際、手を振って去っていく彼女の背中を見つめながら、改めて思った。
(やっぱり、この子には敵わないな……)
そう思いながら、自分の部屋に戻ることにした。
それからというもの、毎日のように練習に明け暮れる日々を過ごしていたが、その一方で、アリスとの交流も増えていった。
時には一緒に食事に行ったり、買い物をしたり、映画を見に行ったりと、色々なことをして楽しんだものだ。
そして、その度に思うことがある。ああ、この子は本当にいい子だな、と。
一緒にいるだけで心が安らぐというか、幸せな気分になるのだ。
だからこそ、大切にしたいと思えるのかもしれない。
そんなことを考えながら、今日もまた練習場へと向かうのだった。
あれからしばらく経ったある日のこと、突然アリスから連絡が入った。
何だろうと思って見てみると、そこにはこう書かれていた。
「こんにちは、ミリルさん! 急で申し訳ないんですが、今週の日曜日って空いてますか?
良かったら、一緒にお出かけして欲しいんですけど……」
という内容だった。特に予定もなかった私は、すぐに了承することにした。
待ち合わせ場所を決めて、その日は解散することになった。
そして、約束の日がやってきた。待ち合わせ場所に着くと、既にアリスの姿があった。
彼女はこちらに気づくと、駆け寄ってきた。
「ミリルさん、来てくれてありがとうございます!」
私は微笑みながら言った。
「いえいえ、こちらこそ誘ってくれて嬉しいです!」
彼女は元気よく答えてくれた。
それから、私たちは街を散策したり、カフェ巡りをしたり、ショッピングをして過ごした。
楽しい時間はあっという間に過ぎていき、気づけばもう夕方になっていた。
そろそろ帰ろうかということになり、私たちはホームに向かって歩き出した。
すると、途中で見覚えのある姿を見つけたので、思わず声をかけてしまった。
そこにいたのは、なんとゴルファー仲間のアルスだったのだ。
彼もこちらに気づいたらしく、声をかけてきた。
「……あれ、ミリルじゃないか! こんなところで何してるんだい?」
私は咄嗟に誤魔化しつつ、適当に言い訳をした。
その様子をアリスが不思議そうに見つめていたが、あえて気づかないフリをする事にした。
そして、そのまま別れを告げようとした時だった。
不意に後ろから声を掛けられたので振り向くと、そこには意外な人物が立っていたのだ。
それは、何とアリスの母親であるエリザベルさんだったのである。
驚きのあまり固まっていると、彼女の方から話しかけられた。
突然のことで頭が追いつかなかったが、とりあえず返事をすることにした。
しかし、うまく言葉が出てこないうちに、エリザベルさんは話を進めてしまった。
どうやら、私に用があって来たらしいのだが、一体何の用だろうかと思っていると、
予想外の事を言われたのである。
それを聞いて、ますます混乱してしまったが、とにかく話を聞いてみることにした。
そうすると、衝撃的な事実が発覚したのである。
なんと、エリザベルさんとアリスは姉妹なのだというのだ。
確かに言われてみれば、髪の色や顔立ちなどがよく似ており、パッと見では見分けがつかないほどだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます