第10話 私とゴルフ⑨

「大丈夫ですか? 何かあったんですか?」

そう言われて、ハッと我に返った私は、慌てて事情を説明した。

話を聞いた彼は、納得した様子で頷くと、こう言ってくれた。

「なるほど、そういうことでしたか。でも、無事で何よりですよ」

その言葉に、思わず泣きそうになってしまったが、グッと堪えて平静を装った。

そして、その場を後にすると、足早に立ち去ったのだった。

その後、帰宅した後も先程の出来事が頭から離れず、悶々とした気分のまま一夜を過ごした。

翌日、大会で勝つ為に練習場へ向かうために家を出ると、そこにはアルスの姿があった。

彼は笑顔で挨拶してくると、こう言った。

「おはようございます、ミリル」

「おはよう、アルス」

そう返すと、二人で並んで歩き始めた。

道中、色々と世間話をしながら歩いている内に、いつの間にか練習場に到着していた。

中に入ると、受付を済ませた後、ロッカールームへ向かった。

着替えを終えると、早速練習を始めることにした。

最初にスイングチェックを行った後、アルスと一緒にコースを回った。

やはり、まだ感覚が掴めない部分もあったが、少しずつ慣れてくると、段々と上手く打てるようになっていった。

休憩時間になると、ベンチに座ってスポーツドリンクを飲みながら、アルスとの会話を楽しんでいた。

話題は主に、お互いのプライベートに関することだったが、不思議と嫌な感じはしなかった。

むしろ、楽しいと思えるくらいだ。

午後からは、いよいよ本番を想定した実戦形式での練習を行うことになった。

ルールは簡単で、先に3ホールの合計得点が高かった方が勝ちとなる。

最初は私が先行だったので、気合を入れて臨んだものの、結果は散々なものに終わった。

1番ホールでいきなりダブルボギーを叩き出し、続く2番、3番でも立て続けにダボを叩いてしまったのだ。

対するアルスは、安定したプレーを見せ、全てのホールでパーセーブを達成したばかりか、

イーグルまで叩き出すという離れ業をやってのけたのだ。

これには、ギャラリーたちも大いに盛り上がっていた。

中には、私達に向かって拍手を送る者もいたほどだ。

そんな彼らに応えるべく、私は必死になって頑張ったが、結局1打及ばず、敗北を喫してしまった。

試合が終わった後、私は悔しさのあまり泣き出してしまったが、アルスは優しく抱きしめてくれた。

(ああ、やっぱり好きだなぁ)

と思いながら、彼の胸に顔を埋めていると、不意に声をかけられた。

見ると、そこにはアルスの姿があった。

彼は微笑みながら、こちらに向かって歩いてくると、こう言った。

「お疲れ様でした、ミリル。今日の調子はどうでしたか?」

突然のことに動揺しつつも、なんとか言葉を返した。

「あ、はい、おかげさまで絶好調です!」

と言って、笑顔を見せるも、内心はドキドキしていた。

というのも、昨日のことを思い出してしまったからだ。

昨日は初めて彼とキスをしたのだが、それだけで頭の中が真っ白になってしまったほどなのだ。

今だって、心臓の音がうるさいくらいに高鳴っているのが分かるくらいだ。

そんなことを考えているうちに、顔が熱くなってきたのが分かったので、

咄嗟に顔を背けようとしたのだが、その前に彼に抱きしめられてしまった。

それによって、余計に意識してしまうことになり、ますますパニック状態に陥ってしまうことになった。

しかし、それも束の間のことで、しばらくすると落ち着きを取り戻した私は、ゆっくりと深呼吸してから口を開いた。

すると、彼が耳元で囁いてきた。

「……好きです、ミリル」

その言葉を聞いた瞬間、全身が熱くなるのを感じた。

恥ずかしさのあまり、俯いていると、彼は続けて言った。

「初めて会った時から、ずっと好きでした。だから、こうして一緒にいられることが本当に嬉しいんです」

それを聞いて、胸がキュンとするのを感じた。

私も同じ気持ちだと伝えたかったのだが、上手く言葉にできず、代わりに強く抱きしめ返すことで応えた。

しばらくそうした後で、ようやく気持ちが落ち着いたところで、私達は離れた。

それから、お互いに見つめ合った後、どちらからともなく唇を重ね合わせた。

その瞬間、全身に電気が流れたかのような衝撃が走ったが、同時に多幸感に包まれたような気がした。

長い口付けの後、名残惜しそうに離れると、そこには頬を赤く染めた彼の顔があった。

それを見た途端、自然と笑みが溢れてきた。

彼もまた同じように微笑んでくれたのを見て、幸せな気持ちになった。

「ねえ、もう一回してもいい?」

と言うと、彼は頷いてくれたので、もう一度キスをすることにした。

今度はさっきよりも長く、深く、情熱的なものだった。

唇が触れ合っているだけなのに、どうしてこんなにも気持ちいいのだろうと思っているうちに、

だんだん頭がボーッとしてきた。

気がつくと、私は無意識のうちに舌を差し出してしまっていたようで、それに気づいた時、自分でも驚いたほどだった。

(あれ、何やってるんだろう、私……)

そんなことを考えていたら、不意に唇を離されてしまった。

残念に思っていると、アルスが言った。

「続きは、帰ってからにしようね」

それを聞いて、私の顔はますます赤くなってしまった。

その様子を見たアルスがクスクス笑っているのを見て、

「もう、笑わないでよ」

と言いながら、頬を膨らませてみせた。

それでも、なお笑い続ける彼に対して、私は拗ねたフリをしてそっぽを向いてしまった。

だけど、内心ではとても嬉しかったし、幸せを感じていたのだった。

その後、私達は車に乗り込むと、自宅へと帰っていった。

帰りの車内では、再びキスを交わして愛を確かめ合ったり、手を繋いだりして過ごした。

そうして、あっという間に到着してしまったのだが、もっと一緒にいたいという気持ちが強くなってしまったため、

つい我儘を言ってしまった。

すると、彼は少し考えた後、こう言ってくれた。

「じゃあ、今日は泊まらせてもらおうかな」

その言葉を聞いて、私は飛び跳ねるほど喜んだ。

それから、急いで部屋を片付けると、彼を迎え入れることにした。

部屋に入るなり、私達は抱き合い、熱い口づけを交わした。

そして、そのままベッドに倒れ込むと、何度も愛し合ったのだった。

翌朝、目が覚めると、隣に裸のまま眠る彼の姿があった。

その姿を見ていると、昨夜のことを思い出して、恥ずかしくなってしまうと同時に、

愛おしさが込み上げてくるのを感じた。

そこで、そっと頬にキスをしてみると、彼はくすぐったそうに身じろぎをしたかと思うと、

ゆっくりと目を開けた。

そして、ぼんやりとした表情でこちらを見つめていたが、やがてハッとした表情になったかと思うと、慌てて体を起こした。

「す、すみません! 起こしちゃいましたか?」

そう言って謝る彼に、私は首を横に振って答えた。

「ううん、いいの。それより、もう少しこのままでいたいんだけどいいかな……?」

そう言うと、彼は笑顔で応えてくれた。

その笑顔を見て、私もつられて微笑んだ。

「うん、いいよ」

と答えたところで、ふとあることを思い出した。

それは、昨日の出来事についてだ。

あの時、アルスは私の事を助けてくれたのだ。

そのことを思い出して、改めてお礼を言うと、彼は照れくさそうに頭を掻いていた。

そんな姿を見ていると、なんだか可愛らしく思えてきてしまい、思わず笑ってしまった。

「ふふっ、ありがとう、アルス」

そう言いながら抱きつくと、彼もそれに応えるように抱き締め返してくれた。

しばらくの間、そうやって抱き合っていたのだが、不意にお腹が鳴ってしまい、

恥ずかしくなった私は顔を真っ赤に染め上げた。その様子を見たアルスは、クスリと笑って言った。

「そろそろ朝食を食べに行きましょうか」

そう言われて時計を見ると、

「えっ!? もうこんな時間!?」

驚いて声を上げる私に、彼は笑いながら頷いた。

その後、手早く身支度を済ませて部屋を出ると、二人で手を繋いで食堂に向かったのだった。

そして、いつものように美味しい料理を食べているうちに、すっかり元気を取り戻していったのであった。

(ああ、やっぱりこの人のことが好きだなぁ)

そう思いながら、食事を続けるのだった。

昼食を終えた後は、練習場に行って練習を再開することにした。

今回も前回と同じ組み合わせで対戦することになったが、

「今度こそ負けないからね!」

と言って気合を入れると、早速ラウンドを開始した。

最初の数ホールは、アルスのアドバイス通りにスイングすることを心掛けていたが、徐々に慣れてくると、

自分なりのアレンジを加えていくようになった。

その結果、後半になってもスコアを落とすことなく、最終的には3アンダーでフィニッシュすることができた。

一方、アルスはというと、こちらも素晴らしいプレーを見せていた。

特に、最終ホールで見せたパットのタッチが素晴らしく、カップインするんじゃないかと思うくらい絶妙なものだった。

結局、惜しくも入らず、バーディチャンスを逃してしまったが、その後も粘り強いプレーを続け、

最終的に4アンダーでフィニッシュしたようだった。

(さすがだな)

と思いながら、彼の方に目を向けると、ちょうど視線がぶつかった。

その瞬間、ニコッと笑う姿がとても可愛くて、ドキッとしたことは言うまでもないだろう。

「お疲れ様です、ミリル」

そう声をかけてきたので、私も挨拶を返すことにする。

「お疲れ様でした、アルス」

2人で並んで歩きながら、今日の感想を言い合うことになった。

まず最初に口を開いたのは私の方だった。

「最後の最後で惜しいところまで行ったけど、やっぱり勝てなかったですね……」

私が残念そうに呟くと、彼も苦笑しながら同意した。

「そうですね……でも、良い勝負ができたと思いますし、楽しかったですよ」

そう言った後で、照れ臭くなったのか咳払いをすると、話題を変えるように言った。

「……ところで、この後はどうしましょうか? まだ時間はありますけど」

その言葉に、私は即答した。

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