第9話 私とゴルフ⑧
「さあ、着きましたよ」
と言われ、車から降りるとそこは高級ホテルの前だった。
戸惑う私に構わず、中へ入るよう促されたので従うことにする。
フロントで手続きを済ませた後、エレベーターに乗って最上階へと向かった。
部屋に入るなり、彼に抱きしめられるような形でキスをされたことで、一気に緊張が高まった。
心臓の音がバクバクとうるさく鳴り響き、頭の中が真っ白になるような感覚に襲われる。
それでも必死に耐えていると、ようやく解放された頃にはクタクタになっていた。
そんな私の様子を見て、彼は心配そうに声をかけてきた。
「大丈夫ですか? どこか具合が悪いんですか?」
そう言われた瞬間、我に返った私は慌てて取り繕うように言った。
「いえ、大丈夫です! ちょっと疲れただけなので、気にしないでください!」
そう言って誤魔化すと、シャワーを浴びるために浴室へ向かった。
服を脱いで裸になると、鏡に映った自分の姿を見つめる。
そこには、引き締まった肉体美を持つ女性の姿があった。
(これが、今の私の身体なんだ……)
そう思うと、感慨深い気持ちになった。
今までずっと男として生きてきただけに、違和感はあるが、同時に喜びもある。
これからは、この身体を使って生きていくしかないのだと思うと、少し憂鬱になったが、
仕方がないことだと割り切ることにした。
シャワーを浴びた後、バスローブを着て部屋に戻ると、既に夕食の準備が出来上がっていた。
テーブルの上に並べられている豪華な料理の数々を見て、ゴクリと唾を飲み込む。
どれも美味しそうだったが、食欲はあまりなかった。
というのも、ここ数日間ほとんど何も食べていなかったせいである。
そのため、あまりお腹が空いていなかったのだ。
だが、せっかく用意してもらったものを無駄にするわけにはいかないと思い、無理やり胃に詰め込むようにして食べた。
その様子を、アルスは心配そうな目で見つめていたが、途中で止めるわけにもいかず、最後まで食べ切ることに成功した。
その後、歯を磨いてベッドに横になると、途端に眠気が襲ってきた。
どうやら、かなり疲れが溜まっていたらしい。
ウトウトし始めたところで、不意に声をかけられた。
見ると、そこにはアルスが立っていた。
彼は微笑みながら、こちらに近づいてくると、そっと唇を重ねてきた。
初めは軽く触れるだけのキスだったが、
「愛してるよ、ミリル」
という言葉と共に、今度は濃厚なディープキスをしてくる。
舌が絡み合い、唾液を交換し合うような激しいものだ。
頭がボーッとしてきて何も考えられなくなるほど気持ちが良く、気がつくと自分から求めてしまっていた。
しばらくした後、ようやく解放されると、名残惜しそうに見つめ合った後で、もう一度キスをした後、部屋を出て行った。
翌朝、目が覚めると、昨日のことが夢ではなかったのだと実感させられた。
自分の身体を確認するように触りながら、改めて女になってしまったことを受け入れることにした。
朝食を食べた後は、再び練習のために練習場へ向かうこととなった。
昨日までの自分とは違う、新しい自分を試すチャンスだと思い、気合いを入れて臨んだ結果、
自分でも驚くほど上達することができた。
これも、アルスのアドバイスのおかげかもしれないと思った瞬間、胸が高鳴るのを感じた。
(ああ、やっぱり好きだなぁ)
と思いながら、彼の姿を探すが見当たらない。
キョロキョロしていると、後ろから声をかけられた。
振り向くと、そこにはアルスの姿があった。
彼はニコニコしながら、こちらに向かって歩いてくると、こう言った。
「今日の調子はどうでしたか?」
と聞いてきたので、素直に答えることにした。
「はい、おかげさまで絶好調です!」
そう答えると、彼も嬉しそうに微笑んでくれた。
それから、二人で並んで歩きながら、他愛もない話をした。
内容は、主にお互いの近況についてだ。
最近のトレーニングの成果や、今後の目標などについて語り合っているうちに、あっという間に時間が過ぎていった。
別れ際に、アルスは私の手を取ると、指先に軽く口づけをした。
その瞬間、ビクッと身体を震わせてしまうが、彼は気にする様子もなく、そのまま立ち去ってしまった。
残された私は、しばらくの間呆然としていたが、やがて我に帰ると、慌ててその場から走り去った。
家に帰るまでの間、ずっとドキドキしていたせいで、心臓が破裂しそうな気分だった。
家に戻ってからも、興奮冷めやらぬまま、ベッドでゴロゴロ転がっていたのだが、ふとした瞬間に彼の顔を思い出してしまい、
悶々とした時間を過ごす羽目になったのだった。
翌日以降も、同じような日々が続いた。
相変わらず、男性としての振る舞い方には慣れないものの、徐々に慣れてきたように思う。
そんな生活を続けていたある日のこと、私は久しぶりにアルスに会ったので、一緒に食事をすることになった。
場所は、ホテル内にある高級レストランである。
そこで食事を楽しんでいる最中、彼からこんなことを言われた。
「あの、実は相談したいことがあるんですけど、いいですか?」
突然の申し出に驚きつつも、承諾することにした。
すると、彼はホッとした表情になり、話し始めた。
その内容というのが、次のようなものだった。
最近、スランプに陥ってしまっているらしく、何をしても上手くいかない状態が続いているらしい。
その原因についても、心当たりはあるようだが、どうすれば解決できるのか分からないのだという。
そこで、私に何かアドバイスをもらえないかと思って、声をかけたそうだ。
それを聞いて、私も真剣に考えることにした。
(うーん、どうしたものか……)
しばらく悩んだ末、一つのアイデアが浮かんだ。
それは、実際にプレイしているところを見せてもらうというものだ。
そうすれば、何かヒントが得られるかもしれないと考えたのである。
早速、その提案をすると、アルスはすぐに了承してくれた。
というわけで、私達は近くのゴルフ場へと向かうことになった。
コースに着くと、さっそく準備に取り掛かることにする。
まずは、ドライバーから始めることにしたのだが、最初の一打目は大きく右に逸れてしまい、OBとなってしまった。
その後も、ボールがなかなか真っ直ぐ飛ばずに苦戦してしまう。
一方、アルスはと言うと、こちらは順調にフェアウェイをキープしており、時折私の方を見ながら手を振ってくれているのが見えた。
それがなんだか嬉しくて、ついついニヤけてしまった。
いけない、集中しないと!
気を取り直して、二打目を打つことにする。
先程よりも慎重に狙いを定め、思い切り振り抜いた結果、今度は真っ直ぐに飛んでくれた。
ホッと胸を撫で下ろしつつ、次のショットに備えることにする。
三打目は、これまた大失敗してしまい、グリーンの遥か手前で転がってしまった。
結局、この日は一度もまともに当たらず、散々なスコアで終わることになった。
帰り道、車の中で落ち込んでいると、アルスが慰めてくれた。
「まあまあ、最初からうまくいく人なんていませんよ。僕だって最初は全然ダメでしたし」
そう言って励ましてくれる彼に対して、感謝の気持ちでいっぱいになると同時に、ますます好きになってしまうのだった。
それから数日後、私は再びアルスとゴルフデートをしていた。
今回は、前回と違ってまともな成績を残すことができたため、自信を取り戻すことができた気がする。
また、前回の反省点を踏まえて、アプローチの練習なども行い、着実に腕を上げていくことができたと思う。
そんな充実した日々を過ごしていたある日のこと、突然、私に転機が訪れた。
いつものように練習場に向かっている途中、偶然通りかかった路地裏で、怪しげな男に声をかけられてしまったのだ。
最初こそ無視していたのだが、しつこく付き纏ってくるものだから、仕方なく相手をしてやることにした。
話を聞くと、どうやら詐欺師か何かのようで、私をターゲットにしたらしい。
しかも、そいつはあろうことか私の体を要求してきたの!
冗談じゃないと思ったが、相手は聞く耳を持たず、強引に迫ってくる始末だった。
こうなったら仕方がないと思い、護身用のスタンガンを取り出して威嚇しようとしたところで、
急に男が苦しみ始めたかと思うと、その場に倒れ込んでしまった。
驚いて駆け寄ると、既に事切れており、脈もなかった。
一体何が起こったのか分からず困惑していると、背後から声をかけられた。
振り返ると、そこには見覚えのある人物が立っていた。
その人物とは、なんとアルスだったの!
彼は険しい表情でこちらを見つめていたが、すぐに笑顔に戻ると、話しかけてきた。
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