第8話 私とゴルフ⑦
その内容を見て、思わずドキッとする。恐る恐る確認してみると、そこにはこんな内容が書かれていた。
こちらこそありがとう、とても楽しい時間を過ごすことができたよ。
それにしても、昨日の君はすごく可愛かったね、また一緒に遊びたいものだよ、
その一文を見た瞬間、顔が真っ赤になるのを感じた。
恥ずかしさのあまり、枕に顔を埋める。
(うぅ、やっぱり夢じゃなかったんだ……)
そう思うと、ますます恥ずかしくなってきてしまった。
思わず足をバタバタさせてしまう。
しかし、いつまでもこうしてはいられないと思い直し、何とか気持ちを落ち着かせることに成功した。
その後、朝食を食べてから出かける準備をすることにする。
今日は休日だったので、午前中のうちに買い物を済ませておくことにした。
必要なものを買い揃えた後、昼食を食べようとレストランに入ったところで、偶然にもガルオスさんと遭遇した。
「おや、奇遇だね」
彼はにこやかに微笑みながら話しかけてきた。
私もつられて笑顔になる。
「そうですね、こんなところで会えるなんて思いませんでした」
と答えると、隣の席に座るよう促されたので、素直に従うことにした。
メニューを見ながら何を食べるか考えていると、不意に声をかけられた。
「ねぇ、今度一緒にゴルフの試合を見に行かないかい?」
突然のお誘いに驚いて顔を上げると、こちらを見つめている彼と視線が合った。
慌てて目を逸らすと、平静を装って答えることにする。
「えっと、それってデートってことですか?」
すると、彼は少し照れたように笑いながら答えた。
「まあ、そうなるかな」
それを聞いて、
「行きます!」
即答してしまった自分に驚きつつも、内心喜んでいる自分がいることに気付いて恥ずかしくなった。
その様子を微笑ましそうに眺めながら、彼が言う。
「じゃあ、決まりだね」
私はドキドキしながら頷いた。
それから、料理が運ばれてくるまでの間、会話を続けたのだが、正直何を話したのかほとんど覚えていないほどだった。
それくらい舞い上がっていたのだろうと思う。
そんな調子で食事を終えた後は、映画館に行って映画を見たり、ショッピングをして歩いたりと、楽しい一日を過ごしたのだった。
そして、帰り道の途中で別れることになったのだが、別れる直前に、ガルオスさんから一枚の封筒を手渡される。
何だろうと思って中を確認すると、中には映画のチケットが入っていた。
しかも、二枚あるようだ。
驚いて彼の顔を見ると、照れ臭そうに微笑んでいるのが見えた。
そこで、ハッと我に帰ると、慌ててお礼を言った。
その後、別れた後も、渡された封筒を眺めながら、ニヤニヤしてしまうのだった。
家に帰ってからも、貰ったチケットを眺めていたら、自然と笑みが溢れてきた。
それからというもの、毎日が楽しくて仕方がなかった。
翌日、私は次のゴルフ大会へ向かて練習場へと向かう。
ガルオスさんとの約束を果たすためにも、絶対に優勝してみせる!
そんな決意を胸に、練習に打ち込んだ。
そして、ついにその日がやってきた。
運命の日、私はいつも通り早朝からコースへと向かっていた。
道中、何度も深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着けようとするが、なかなか上手くいかない。
心臓の音がうるさいくらいに高鳴っていた。
緊張のあまり足が竦んで動けなくなってしまうほどだ。
だが、ここで諦めるわけにはいかない。
私にはやらねばならないことがあるのだから、そのためにもまずは目の前の一打に集中することにしよう。
そう思いながら、クラブハウスに到着すると、ロッカールームへと向かった。
中に入ると、既に何人かの先客がいるようだ。
その中に、見覚えのある顔があった。
それは、ガルオスさんのチームに所属する若手プロゴルファー、アルスだった。
彼もこちらに気付いたようで、会釈してきたので、こちらも同じように返す。
お互い無言のまま着替えを済ませると、そのままコースへと出た。
いよいよスタートの時を迎えることになる。私は深呼吸をしてから、ゆっくりと歩を進めていった。
一歩ずつ踏みしめるように進んでいくと、次第に緊張感が増していくのが分かった。
手足が震えそうになるのを必死に堪えながら、前だけを向いて歩いていく。
やがて、最終組の四人目として、私の名前が呼ばれた。
その瞬間、心臓が大きく跳ね上がるような感覚に襲われたが、努めて冷静に振る舞うように心がけた。
そして、所定の位置に着くと、ボールを構える。
その時、ふと視線を感じたような気がして、周囲を見回してみたものの、特に変わった様子はなかった。
気のせいだったのだろうかと思いながら、意識を切り替えようとしたところで、突然、後ろから声が聞こえてきた。
振り返ると、そこには見知った顔があった。
なんと、それはアルスだったのだ。
どうやら、私のすぐ後ろに並んでいたらしい。
彼は真剣な眼差しで、じっと前を見つめていた。
その視線を追うようにして、前方に目を向けると、ちょうどティーグラウンドに立つところだった。
ここからだと、距離にしておよそ二十ヤードといったところだろうか。
風はほとんどない状態だったため、グリーンのコンディションはかなり良いように見えた。
それを見て、思わずゴクリと唾を飲み込む。
緊張のあまり、今にも吐きそうな気分だったが、なんとか堪えることに成功すると、再び集中し始めた。
頭の中で、イメージトレーニングを繰り返すことで、心を落ち着かせようと試みる。
その間、他の選手も同じようにして、順番を待っていた。
全員が位置につくと、審判の合図に合わせて一斉に打ち始める。
その結果、最初に飛び出したのは、アルスの打ったボールだった。
綺麗な放物線を描きながら、カップインする。
それを見て、周囲から歓声が上がった。
続いて、私が打つ番になった。
私は、ボールを高く放り投げると、思い切り振り抜いた。
パカーン! といい音を立てて、ボールが飛んでいく。
そして、ピンに向かって飛んでいき、そのまま突き刺さった。
それを見た観客たちが、より一層大きな声を上げる。
私は嬉しさのあまり、ガッツポーズをした。
その後も順調にスコアを伸ばし、最終的には優勝した。
試合が終わった後、控え室に戻ると、真っ先にガルオスさんが出迎えてくれた。
彼は私に抱きついてくると、耳元で囁いた。
「おめでとう、よく頑張ったね」
その言葉を聞いた瞬間、涙が溢れそうになったが、何とか我慢することができた。
その代わりに、彼に抱きつくと、キスをした。
最初は軽く触れるだけのつもりだったのだが、段々とエスカレートしていき、最後には舌を絡め合う濃厚なものになってしまった。
しばらくしてから、ようやく離れると、お互いに見つめ合ったまま微笑みあった。
その後、表彰式が行われた後、賞金の授与が行われた。
手渡された賞状を見つめながら、感慨に浸っていると、不意に声をかけられた。
振り向くと、そこにはアルスの姿があった。
「おめでとうございます、流石ですね!」
そう言って、握手を求めてきたので、それに応じた。
彼の手は大きく、温かかった。
それから、しばらくの間話をした後で、別れたのだが、去り際に彼が言った言葉が印象的だった。
「今度、一緒にお食事でもいかがですか?」
その言葉に一瞬ドキッとしたが、平静を装って答えることにした。
「ええ、喜んでご一緒させていただきます」
そう答えると、彼は嬉しそうに微笑んだ後で、その場を後にしたのだった。
(ああ、これでまた一歩前進できたんだわ)
そう思うと、自然と笑みが溢れてくるのを感じた。
これからも頑張っていこうという気持ちになれたのだ。
その後、打ち上げパーティーが開かれたため、参加することになった。
会場には、大勢の人が集まっていた。
その中には、ガルオスさんもいた。
彼は私の方を見ると、笑顔で手を振ってくれたので、私も振り返してあげることにした。
しばらくすると、司会者が出てきて、挨拶を始めた。
その内容は、今日の試合の振り返りや、今後の目標について語ってくれというものだった。
まず最初に、今日の優勝者である私と、準優勝者であるアルスが壇上に呼ばれることになった。
スポットライトを浴びながら、二人で並んで立つと、周囲から拍手が起こった。
それが収まるのを待ってから、司会者が話し始めた。
「それでは、今大会の最優秀選手と、ベストドレッサに選ばれた二人に、一言ずつコメントをいただきたいと思います」
そう言われて、まずは私から話すことになった。
「今日は本当に素晴らしい一日でした! これも、応援してくれた皆さんのおかげです。ありがとうございました!」
そう言うと、観客席から声援が飛んできたので、それに応えるように手を振った。
次に、アルス君が話し始める番になった。
彼は緊張した面持ちで、マイクの前に立つと、深呼吸をしてから話し出した。
「本日は、このような栄誉ある場に立てて光栄です。改めて、お礼を言わせてください。ありがとうございました」
そう言って頭を下げると、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
それから、司会の方が質問を投げかけてきた。
内容は、今後に向けてどのように取り組んでいくかということについてだ。
それに対して、アルスは自信に満ちた表情で答えた。
「もちろん、今後も全力で頑張りますよ! だって、まだ始まったばかりですからね!」
彼の力強い言葉に、観客たちも大いに盛り上がっていたようだった。
その様子を見て、私自身も嬉しくなったものだ。
その後、授賞式が終わると、解散となったのだが、その際に彼から声をかけられた。
何だろうと思って耳を傾けていると、思わぬことを言われたのだった。
「あの、もしよかったらこの後一緒に食事でもどうですか?」
突然のことに驚いたものの、断る理由もなかったので承諾することにした。
こうして、彼と二人きりで出かけることになったわけだが、道中は特に会話もなく気まずい雰囲気のまま時間が過ぎていった。
そして、目的地に到着した後は、無言のまま店の中へと入った。
席に着くと、早速注文を済ませてから料理を待つ間、何を話せばいいのか分からずにいたところ、彼の方から話しかけてきた。
「えっと、その、今日はお疲れ様でした」
そう言って頭を下げられたので、こちらも慌ててお辞儀をする形になる。
その後はしばらく沈黙が続いたが、やがて耐えきれなくなったのか、向こうから話題を振ってきた。
その内容というのが、先ほど行われたゴルフの試合のことだった。
そこで、私は思わず聞き返してしまった。
すると、彼は丁寧に説明してくれた上で、さらにこう付け加えた。
「つまり、僕が言いたいのは、あなたのプレーに感動したってことなんです!
だから、もっとあなたのことを知りたいって思ったんです」
と、顔を真っ赤にして言うものだから、こちらまで恥ずかしくなってきてしまった。
それを聞いて、私はますます困惑してしまった。
なぜなら、これまで男性からアプローチを受けた経験がなかったからだ。
ましてや、相手は若手プロゴルファーであり、容姿端麗なイケメンである。
そんな彼が、自分に対して好意を抱いているという事実を知って、動揺するなという方が無理だろう。
結局、その日はそれ以上の進展はなく、そのまま解散したのだが、それ以来、アルスからの猛烈なアタックが始まったのである。
毎日欠かさずメッセージを送ってくるし、時には直接会いに来ることもあった。
その度にドキドキさせられているのだが、不思議と嫌な気分にはならなかった。
むしろ、嬉しいと思っている自分がいることに気付いて驚くほどだった。
(まさか、こんなことになるなんて思わなかったわ……)
そう思いながら、心の中で苦笑するしかなかった。
しかし、その一方でまんざらでもない気持ちもあったのも事実なので、複雑な心境だった。
そんなある日のこと、ついに事件が起きた。
ある日の練習中に、突然吐き気に襲われたかと思うと、その場に倒れ込んでしまったのだ。
心配したスタッフが駆けつけてきて、すぐに医務室へと運ばれたが、意識は戻らず昏睡状態に陥っていた。
そして、そのまま数日間眠り続けた末に、ようやく目を覚ましたものの、記憶の一部を失ってしまった状態で、
自分の名前すら思い出せない状態だった。
そんな私を心配して、多くの人達がお見舞いに来てくれたり、励ましの言葉をかけてくれたりしたおかげで、
少しずつ元気を取り戻していった。
中でも特に印象に残っているのは、アルスとのやり取りだ。
彼は毎日のように病室を訪れては、献身的に世話を焼いてくれたのだ。
まるで恋人のように優しく接してくれる姿に、いつしか惹かれ始めていたのかもしれない。
だからこそ、彼が見舞いに来てくれなかった時は寂しかったし、不安にもなったものだ。
そんな中で迎えた退院当日、私は彼に付き添われて病院を後にすることになった。
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