第4話  私とゴルフ③

その時のことは、今でも鮮明に覚えています。

まさか優勝できるとは思っていなかったので、未だに現実感が湧かず、フワフワしているような感じですけれどね。

それでもこうして、賞状を持って帰れるのですから、幸せ者だと思います。

帰り際、控室に戻ると、彼女からも祝福の言葉をかけられました。

彼女も嬉しそうに笑っていて、自分のことのように喜んでくれている様子がうかがえました。

そんな彼女を見ているだけで、胸がいっぱいになりました。

帰り道ではすっかり日も暮れていて、あたり一面真っ暗でした。

月明かりだけが、私たちを照らし出してくれています。

手を繋いで歩いている間中、私は彼女といろいろな話をしていました。

「あなたの実力なら、優勝できて当然だよ」

と言われてしまうと恐縮してしまいますけど、嬉しいことには変わりませんからね、ニヤけるのを我慢するので精一杯です。

そんな中でも、一番印象に残っていることといえば、やはり初めて出場した大会での出来事でしょうかね。

あの時は本当にドキドキしっぱなしで、生きた心地がしなかったものですけど、今はいい思い出話になっていますから、

人生って不思議なものですよね。

まあそれはそれとして、優勝した以上は何かご褒美みたいなものが欲しいところなのですけれども、

そのあたりのことはしっかりわきまえているので、あまり期待しすぎないようにしています。

でもちょっとくらいわがままを聞いてもらえたりしないかなーとか思ってしまいますよね〜。

というわけで、

「ねえ、優勝のお祝いにさ、今度一緒にお出かけしようよ!」

そんな提案を投げかけてみるわけですよ。

これなら断られても仕方ないと思えるし、何より私自身の気持ちの整理がつくというか、

そんな感じなんですもん。

ところがどっこい、返ってきた言葉は意外や意外、

「いいよー、どこに行きたいの?」

なんて返されてしまったんです。

これには驚きましたね。

いやだって、普通は遠慮するなり、あるいは、気恥ずかしさからか拒否するものじゃないですか。

それなのに、即答してくるなんて誰が予想できたでしょう。

しかも、行先を聞かれてしまいましたからね、ここはひとつ真面目に考えないといけないところです。

「えーと、そうだなぁ、どうしよう、どこ行けばいいんだろ?」

困り果てた挙句、結局彼女に相談することにしました。

情けないと思われるかもしれませんが、こういうことは一人で決めるべきではないと思ったので。

すると、彼女がこう言いました。

「じゃあ、今度のお休みに行ってみようか、楽しみだなー、ミリルと一緒に行けるなんて光栄だなぁ、うふふ」

ニヤニヤ笑いを抑えられない様子で言う彼女に、何だか申し訳ないような気持ちになったのですが、

ここで断る理由もありませんから、素直に甘えることにしました。

そんなわけで、二人で有名な公園に行くことが決定しました。

その日はなかなか寝付けなかった記憶がありますけど、遠足前の小学生のようで微笑ましく思いました。

さて、いよいよ明日を迎えるわけなんですけど、

「準備はもうできているかな? 忘れ物はない?」

などと聞いてくるものだから、思わず吹き出してしまいました。

まったく、子供じゃないんだからさ、心配し過ぎですよ、全くもう、と思いながらも、なんだか温かい気持ちになります。

こういうやり取りができるということが、何よりも幸せなことだと感じます。

だからこそ、大切にしたいんですよね。

そう思いながら、私はこう答えました。

「もちろん、ばっちりに決まってるでしょ、楽しみにしててよ、絶対に後悔させないから」

そう言って胸を張る私に、彼女は微笑みながら頷き返してくれました。

その笑顔を見ていると、ますますやる気が湧いてくるようでした。

よし、明日は頑張るぞ、そう心に誓ったのでした。

翌日、待ち合わせ場所に向かうと、すでに彼女が待っていました。

待たせちゃったかなぁ、と思いつつ、駆け寄っていくと、向こうもこちらに気づいたようです。

彼女はニコッと笑いながら、手を振ってくれました。

それだけで、胸の奥がキュンとなるような感覚を覚えます。

ああ、やっぱり好きだなあ、この人のこと、そう思った瞬間、自然と体が動いて、彼女を抱きしめていました。

いきなりのことで驚いたのか、彼女は一瞬身を硬くしたみたいですが、すぐに力を抜いて、私の背中に手を回してきました。

しばらくそのまま抱き合っていたのですが、不意に我に返って、慌てて離れました。

「ご、ごめん、つい……」

謝る私に対して、彼女は首を横に振って、微笑んでくれました。

それから、改めて挨拶を交わしてから、目的地に向けて出発しました。

道中、他愛もない話をしたり、景色を眺めたりと、楽しい時間を過ごしていました。

そして、目的の場所に到着した時には、既に夕方になっていました。

辺りはすっかり暗くなっており、街灯の明かりだけが頼りでした。

とりあえず、公園内を散策することにして、遊歩道を歩いていきます。

途中、売店があったので、そこでホットドッグを買って食べ歩きをすることになりました。

一口食べるごとに、口の中に広がる肉の旨味、シャキッとしたレタス、ピリッとしたマスタードソース、

それらが渾然一体となって舌の上で踊り出します。

ああ、美味しい!

もうこれだけで満足できそうですが、せっかく来たんですから、全部食べないともったいないですよね。

というわけで、一気に平らげちゃいました。

うん、美味しかったです。

その後は公園の名物である噴水を眺めながら、のんびりと過ごしました。

途中で記念撮影をしたり、お土産屋さんを見て回ったりして、とても充実した一日を過ごすことができましたよ。

そうして、一通り楽しんだ後、私たちは帰路につきました。

そんな時に彼女からいきなりこう言われる。

「ミリルは世界の四大大会には出ないの?」

「えっ、私がですか!?」

驚いて聞き返すと、彼女は頷いて答えました。

「そうだよ、あなたならきっと優勝できると思うな、だから、出てみない?」

そう言われて、私は困ってしまった。

確かに、挑戦してみるのもいいかもしれない、とは思うものの、自信がなかったからだ。

そんな私の心中を察したらしく、彼女が声をかけてきた。

「大丈夫、あなたには才能があるよ、それに、努力だってしてきたじゃない、もっと自分に自信を持ちなよ、ねっ」

彼女の励ましを受けて、私は決心した。

大会に出ることを、そして、優勝することを。

そのために、より一層練習に打ち込むようになった。

彼女はそんな私を応援してくれた。

そんな彼女のために、必ず優勝してみせると、決意を新たにするのだった。

やがて、ゴルフツアーの大会の日がやってきた。

会場入りしてから、緊張のあまり、何度もトイレに行ったり、控室に戻ったりしたが、

そのたびに彼女が励まそうとしてくれて、それが嬉しかった。

いよいよ試合開始の時間になり、コースに立つことになった時、ふと観客席に視線を向けた。

そこには、大勢の観客たちが詰めかけていた。

その中には、友人たちの姿もあった。

彼女たちは、頑張れー、負けるなー、と口々に声援を送ってくれていた。

それに気づいた途端、不思議と心が落ち着いてきた。

今ならいける、そんな気がしたのだ。

深呼吸した後、ボールに向かって歩みを進めていった。

最初のショットはやや右に逸れたものの、悪くない感触だった。

二打目も同じ方向に打ってみたが、今度はややフック気味になってしまい、グリーン手前のラフまで転がっていった。

(まずい、これはかなり厳しいかも)

内心冷や汗をかきながら、次の一球に備えることにした。

三打目は、少し強引だったが、うまくカップインさせることができた。

まずはホッと胸をなで下ろすことができたが、まだ安心することはできない。

気持ちを切り替えて、次のホールへ向かう。

次は、池越えのショート。

慎重に攻めなければならない場面だ。

私は深呼吸をすると、クラブを振り上げ、思い切り振り抜いた。

しかし、思ったように飛ばず、飛距離は足りずに、ラフに落ちてしまった。

(ああっ、また失敗しちゃった、どうしよう、このままじゃ負けちゃうよぉ……)

絶望的な気分に陥りかけたその時、突然、背後から声をかけられた。

振り返ると、そこに立っていたのは、彼女だった。

彼女はニッコリ笑うと、こう言った。

「大丈夫だよ、落ち着いていこう、ね?」

その言葉を聞いた瞬間、気持ちが楽になったような気がした。

そうだ、私には彼女がいるんだ、そう思うと、力が湧いてくるような気がした。

その後、何とか立て直すことができ、最後まで戦い抜くことができた。

結果は2位に終わったものの、自分としては納得のいく内容だったので、悔いはなかった。

帰り際、控室に戻る前に、彼女と抱擁を交わした。

その瞬間、涙が溢れてきた。

優勝を逃した悔しさもあったが、それ以上に、彼女とこうして一緒にいられることが嬉しくてたまらなかったからだ。

そんな私の頭を優しく撫でてくれる彼女に甘えているうちに、だんだん落ち着いてきた。

そして、最後にもう一度強く抱きしめると、別れを告げてその場を後にしたのだった。

翌朝、目が覚めると、枕元に置いていたスマホにメッセージが入っていたことに気づいた。

送り主は彼女からだった。

内容は短く、

『おはよう』

だけだったのだが、それでも十分嬉しかった。

早速返信を送ることにする。

内容はシンプルに、

『おはよう!』

だけに留めておいた。

本当はもっと伝えたいことがあるのだけれど、長文になってしまうので、あえて簡潔にした方が良いと思ったのだ。

しばらくして、返事が返ってきた。

その内容を見て、思わずニヤけてしまった。

どうやら彼女も喜んでくれているらしい。

それだけでも、今日はいい日になりそうだと思った。

それから、支度をして、家を出ると、いつものようにホームへと向かった。

ホームに着くと、ちょうど電車が来たところだった。

車内はかなり混んでいて、座ることはできなかったが、仕方がないと諦めることにした。

しばらくすると、発車時刻となり、ドアが閉まったかと思うと、ゆっくりと動き始めた。

窓の外を見ると、景色が流れていき、あっという間に通り過ぎていくのが見えた。

それをぼんやりと眺めつつ、到着までの時間を潰すことにした。

すると、不意に後ろから声をかけられた。

振り向くと、そこにいたのはガルオスさんでした。

「おはようございます」

と挨拶をすると、ガルオスさんも返してくれました。

ガルオスさんはいつも元気いっぱいといった感じで、見ているこちらまで明るい気分になるような方です。

そんなガルオスさんと一緒にいると、こちらも自然と笑顔になれますし、何より安心感があります。

そんなことを考えているうちに、目的地に到着しました。

そこは有名な公園でした。

緑豊かな敷地の中に、たくさんの花が咲き乱れ、美しい光景が広がっているのです。

その中でも特に目を惹くものがあったのですが、それは一体何だと思いますか。

正解は、巨大な観覧車でした。

それもただの観覧車ではありません、世界一の大きさを誇る巨大観覧車なのです。

高さはもちろんのこと、直径もかなり大きく、一度に多くの人を乗せることができるようです。

私も一度は乗ってみたいと思っていましたから、今回の機会にぜひとも体験しておきたいと思いました。

そこで、ガルオスさんと一緒に行くことにしました。

「うわぁ〜すごいですね!」

という感嘆の声が口から漏れてしまいました。

それほどまでに迫力があったからです。

見上げるほどの高さにあるゴンドラからは地上の風景を一望することができ、まるで空を飛んでいるかのような感覚を覚えました。

眼下に広がる街並みや遠くに見える山々など、普段では見られない景色を楽しむことができました。

しかも、それだけではなく、座席の下に設置されたスピーカーからは音楽が流れるようになっており、

それに合わせてゴンドラが揺れるといった仕掛けもあるようでした。

まさに至れり尽くせりといったところでしょうか。

それからしばらくの間、私たちは空中散歩を楽しんでいましたが、やがて頂上付近に差し掛かったところで、事件は起こりました。

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