ヤンキー少女と図書室少女(休止中)

キノハタ

ヤンキー少女と図書室少女

 「なんか、楽しい話ない?」


 昼休みに中庭でむつきが、そんなことを聞いてきた。


 私は、昼食代わりのチュッパチャプスを下で転がしながら、曖昧な問いだなあと、思わずうーんと少し唸る。それから、はてと想いだして口を開いた。


 「私、最近、推しが出来た」


 私がそういうと、隣にいた二人は、ああそう、とどことなく曖昧な返事をしてくる。


 「あんたが推しなんて、珍しい。何かの芸能人?」


 「ううん」


 むつきの言葉に、私はひらひらと手を振って否定を示す。


 「じゃあ、あれだ。配信者とか」


 「それも違うなあ」


 私がそういうと、ゆめははてなと首を傾げた。なんかこういうゲームあったよね、質問してイエスかノーで解答を探すやつ。私、結構あれは得意だった。


 「二次元」


 「ノー」


 「じゃああれだ、インスタかツイッターで有名な人」


 「それもノー」


 ノーばかり言う私に、隣の二人ははあ? と疑問を重ねるばかり。


 このまま二人の困り顔を眺めていてもいいけれど、そろそろ答え合わせをしないと飽きられてしまいそうだ。というわけで、正解発表。


 「答え、同級生でした。ちなみに推しポイントはやっぱり顔ね」


 そう言って、スマホのホーム画面を二人に見せた。あんぐりと口を開けた二人が、私のスマホをじっと目を細めて眺めている。あまりの美人っぷりに、横取りされないかだけが少し心配だけど、まあ、同時に見せたい欲も抑えきれない、お年頃なもんでしてね。


 思わずにたにたと零れるきっしょい笑みを浮かべながら、まじまじとみつめる二人の感想を待ってみる。さてはて、どんな言葉が飛び出るのか、いやあ、こんなとびっきりの美人、なかなかいないわけだもの。


 「どうよ?」


 と、私が尋ねるとむつきとゆめは揃って顔を見合わせたあと、何とも言えない顔で二人揃って口を開いた。



 「え、びみょー」「いやぁ、眼つき悪くない?」



 ………………。



 「…………そこがいいんじゃん?」



 私がどうにかそう言葉を零すと、二人はまた揃って目を見合わせた。



 「しゅみ、わるーい」「いやあ、まあ、知ってたけどさ」



 …………推しの話して、こんなに共感得られないことってあるものかなぁ。


 ちなみに、私は結構ある。いやあ、だって好きなんだもの。眼つき悪い娘。


 こればっかりはまあ、仕方ないよね。


 結局、その後、私の推しトークというよりは、私の趣味悪エピソード大会になってしまった。いやはや、どうしてこうなったのか。





 ※




 「―――っていうわけなんだけど、ひどくない?」


 帰りに図書室によって、そう愚痴ると、当のはただでさえ悪い眼つきを一層尖らせて睨んできた。


 「勝手に人の顔面を他人に見せて、勝手に酷評貰ってくるの止めてくれない? あとここ図書室だから、私語禁止でしょ」


 辛辣な視線、棘のある言葉、その両方に思わず笑みを浮かべると、ひらひらと手のひらを泳がせる。


 「注意されてないんだからいいじゃん? そんなに大声ってわけでもないし。ていうか、推し発言は別にいいんだ」


 私の返答に彼女の眉は怪訝そうに歪むばかりだ。


 伏見 深景ふしみ みかげは、散々と言っている通り私の推しだ。


 異様に悪い眼つき、それを覆う細身の黒縁眼鏡、肩ほどまで伸びるきめ細やかな綺麗な黒髪、真っ白で薄い肌、どれをとっても、私の好みど真ん中。そんな稀にみる同級生の女の子。


 口が悪いのが玉に瑕だけど、まあ、一つくらい欠点があったほうが、他の美点も映えるってものだしね。美人の口から漏れ出ていると想えば、罵倒の一つも心地いい物になるでしょう。


 なんて、私が笑っていると、みかげは、はあと深々ため息をついてきた。


 「そこに関しては、もう諦めてるだけだから」


 「ふうん。じゃあ、そのままついでに、おしゃべりも諦めて受け容れてくれるといいんだけど?」


 畳みかけるように言葉を向けると、ふんと鼻を鳴らされた。見下すような視線と、こちらを蔑むように細くなった、真っ黒な瞳にぞくぞくしながら、私は思わず笑みを深くする。


 そんな私の姿に、やがて諦めがついたのが、はたまたスルーを決めたのか。みかげはそのまま黙ると、そっと自分が持っていた小説に視線を落とし始めた。


 うつむくことで、綺麗な黒髪がその横顔にするりと垂れ下がって、そこがまた私の中の妙なところをくすぐってくる。


 色々と想い悩んで、夜の歩道橋でぶらぶらしていた時に、みかげに会って、なんやかんやあって、一方的に推し宣言をして。……早いもので二週間が経ったけど。


 未だに飽きることなく、私の心臓はその首筋にどきどきと忙しなく脈を高鳴らせてる。


 さらりとした細い髪の隙間から覗く肌の白いコントラストが、透き通るように綺麗で、胸の奥がじわじわと痛いほどに逸ってくる。


 しかしまあ、どうしよっか。


 推しと一緒に居るのはなかなか楽しいけど、会話ができないのは少しばかり寂しくもある。折角一緒に居るのだから、こっちを向いて欲しいのが、乙女心ってものじゃない? ま、私、自分のことを乙女だなんて、妄想したことは一度もありませんがね。


 結局、人が抱くものなんて、愛欲、性欲なのだ。フロイト先生が百年も前に見つけた欲求から、人間は大して進歩してない。誰かに触れたい、その暖かさを知りたい、安心したい、包まれたい。


 それがまあ、結局根っこにある一番シンプルな欲求だ。


 とどのつまり、何が言いたいかと言いますと。


 触りたいわけですなあ、その首に。


 指でこうさわっとね。あ、耳を触るのもいいなあ、ううん捨てがたい。


 ただ、そんなことを気やすくしたら、お怒りの感情がこちらに向かうことは必至なわけで。ついでにグーパンが飛んでくるのも、まあ、簡単に想像できる。


 それは嫌だなあと、しばらく思考した後、ぽんと妙案を想いつく。


 「ねえ、みかげ、あげるこれ」


 そう言って、加えていたチュッパチャプスを、有無を言わさずみかげの口に突っ込んだ。彼女の口がふと息をするために開いた瞬間を見計らって。


 当然、私の唾液がべったりとついたそれを、彼女のつややかな唇に無理矢理にふくませる。


 みかげはその細めた瞳をまん丸に開くと、突然口の中に侵入してきた甘い味わいに驚愕していた。うーん、反応〇。ところで、今更だけど、図書室って飲食禁止だっけ? まあ、注意されてないからいいでしょう。


 直接みかげに触れて文句を言われるのであれば、直接触れなければいいのです。


 なにせ、私の唾液がみかげに触れたということは、まあ、間接的に私がみかげに触れていると言っても過言ではないわけで。


 うむうむ、我ながら妙案ですな。ついでにみかげを飲食禁止の共犯に仕立て上げることもできて一石二鳥。


 そうやって私が満足していると、みかげは慌てて、自分の口からチュッパチャプスを引っ張り出した。しかしまあ、既に時遅し。しっかりとチュッパチャプスについている、淡い湿りは、どう考えても私の唾液だけじゃなくなってる。


 「何すんの!? いらな―――」


 「ん? いらないの? じゃあ、?」


 私はそう言って、すっと手を差し出してから、ほれほれと催促してみる。


 ちょろっと舌を出すのも忘れない。そんな私の様子を見て、みかげはわなわなと震えた後、もっているチュッパチャプスと私を交互に見つめた。


 当然、返すとなれば、一度みかげの口にふくまれた飴が私の口の中に帰ってくる。


 みかげのなかで私が唾液が混ざるのも乙なものだけど。私の口の中で、混ざるのも中々に悪くない。きっと甘い味がするでしょう。飴だものね、仕方ないね。


 そんな見え見えの挑発に、みかげはわなわなと口を開いたまま固まっている。ううん、なかなかの百面相。ただしばらくして、やがて何かの意を決すると、そのままチュッパチャプスを自分の口の中に放り込んだ。


 「返してくんないの?」


 「なんか、返した方がダメな気がした」


 それは残念。まあ、私の目的はもう十分果たされたので満足なわけですが。


 結局、私の唾液のしみついたチュッパチャプスを、みかげは歯ぎしりをしながら口にふくんでいた。なんなら、ばりばりと嚙み砕いていた。何それ、多分怒りをあらわにしているつもりなのだろうけど、ちょっとかわいい。


 ただそうやって怒りを浮かべる頬が少しばかり朱が差しすぎていることに、私はただただ満足の笑みを浮かべるばかり。その表情が、その感情が、どうにも見ていて、揶揄っていて楽しいから。


 目つきが悪い? いやあ、それだからこそ、いいんでしょ?


 目つきが悪く、常に何かを睨んでいるような、その瞳が。


 静かな拒絶と冷淡を孕んだ、その瞳が。


 予想外の動揺と、ほのかな照れに染まる様こそ、見ごたえがあるってものじゃない?


 みかげの朱に染まった頬をみて、私はうんうんと満足げに頷いてみる。


 ほらほら何を気にしてるの? そんな特別なことじゃないでしょう?


 口の中、私の唾液が混ざることなんて、汚いとすぐに吐き出すのならともかく、そんなに顔を赤くするほどのことじゃあないでしょう?


 それに図書室でうるさくしちゃいけないと言ったのは、みかげの方なわけだしね。


 盛大な抗議の声を上げたくても、上げることの出来ない彼女を満足げに眺めながら。


 私は図書室の隅っこの椅子に座って、小さく愉快な鼻歌を唄ってた。


 夕日のお陰で、真っ赤に染まった彼女の顔を、瞳の裏に焼き付けながら。


















 ちなみに、図書室から出た後に、思いっきりすねを蹴られた。


 めっちゃくっちゃに痛かった。でもまあ、それはそれでよしなのだ。なーにせ推しだからね。

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