第17話 王太子は腹黒です

 今回のイーディスのドレスは、気合いの入ったオーダーメイドだ。母とメイドのみんなに任せた結果がこうだ。そこへ文句はない。


 大胆に肩を出した大人っぽいドレスは、濃い青色──いわゆるマリンブルーを基調に作られている。布地を重ねてふんわりしているのは、ターンの時に美しく見えるからだろう。今見直してみると、ダンスの事まで考えられていたとしか思えないデザインだ。


 さらに、よくよく考えれば、首回りを彩る宝石や髪飾りの宝石も青だったような気がする。


──やられた。まさかお母様がグルだったとは。


 身内にスパイ(?)がいるなんて思わない。ドレスに無頓着だった自分が忌々しい。


 いつぞやにギルバートからドレスについて聞かれたのもオズワルドの差し金だろう。イーディスのドレスが本当に青なのか確認したに違いない。


 ダンスが終わり、目にも美しい料理が次々と運び込まれたのは少し前のこと。あまりに衝撃過ぎて、どうやってダンスを終わらせたかは記憶にない。


 そして今、イーディスはオズワルドの隣でただひたすらに微笑んでいた。


「殿下、成人おめでとうございます。良いお相手にも恵まれて……この国は安泰ですな」

「ああ、彼女とならより一層、国を発展させられるだろう」


 いけしゃあしゃあとそんな事を言われ、本気でオズワルドの足を踏んでやろうかとも思った。


──こんな公的な場で暴挙に出るなんて……この腹黒王太子っ!


 ファーストダンスのお相手、王太子の瞳の色のドレス、そして歓談の場でも並んで挨拶をするこの行動。


 これは堂々とイーディスを婚約者扱いしたことに他ならない。先程から「お幸せに」「お似合いです」などと言われるのがいい証拠だ。


──もうっ! 私はオズワルド殿下と結婚するつもりはないのに!


 イーディスは、財務官として働き続けたいのだ。改革したいことはまだまだある。そのため、結婚よりも仕事を優先したいと思っていた。


 それに、オズワルドに対して恋愛感情があるかと問われても答えに困ってしまう。もちろん王太子として尊敬はしている。好きか嫌いかで言うなら間違いなく好きだ。だが、その好きも友人に対するものだ。


「イディ、疲れたか?」


 考え事に没頭していたイーディスは、オズワルドに顔を覗き込まれてハッと我に返った。どうやら挨拶の列が一旦途切れたらしい。


 イーディスは、睨んでしまいそうな気持ちを抑え、根性で微笑んで見せた。今回の暴挙には物言いたいが、流石にこの場でオズワルドを無下に突き放すのはマクレガー家の娘として良くない。


「いいえ、大丈夫です。言いたいことは色々ありますが、今はオズワルド殿下にお付き合い致します」

「イディ、この前のように『オズ』と呼んでくれていいんだぞ」


 ピキリ──イーディスの笑顔がほんの一瞬崩れた。そんな事を言ったら余計誤解されるではないか。


「オズワルド殿下、宴は好評のようですね」

「おい、あからさまに話しを変えたな」

「まぁ、実演料理もすごい人だかりだわ」

「はぁ……これは結婚まで前途多難だな」


 オズワルドが何か言っているがガン無視しておく。オズワルドが変な事をしなければ今頃あの美味しい料理を堪能出来たのだ。


 一口大のサンドイッチ、ミニサラダは透明なガラスに入れられ目にも鮮やかだ。デザートは、ここから見えるだけでも種類が豊富だ。


 よほどイーディスが物欲しそうに見ていたのか、オズワルドが苦笑気味に声をかけてきた。


「イディ、別室に準備させてあるから後で一緒に食べよう。悪いが今は我慢してくれ」

「………ローストビーフ」

「準備しておこう」

「分かりました。それならば、もう少しお付き合いします」


 ころりと態度を変えたイーディスにオズワルドは何とも言えない表情をしていた。


 美味しい料理がちゃんと食べられるならここは甘んじて受け入れるとしよう。勝手に婚約者扱いした事については要話し合いだ。まぁ、噂が消える頃にでも誰か別の人を娶ってもらえば大丈夫だろう。


 イーディスの中でそう割り切った時、後ろからよく知った声が聞こえてきた。


「オズワルド殿下。私からも言いたいことはあるので後ほど、ぜひ」


 穏やかな笑顔、穏やかな口調……それなのに背筋が冷える程の冷気を纏わせているのは、アレンであった。ダンスが終わった後から側近として控えていたのだ。もちろんルーカスもいる。


「アレン、以前言っただろう? 『この宴はチャンス』だと」

「まさかこんな事を計画されてたなんて思いもしませんよ」

「こうでもしなきゃ虫が多くて気が気じゃなくてな」

「現在進行形で特大の虫がいますが?」

「ほぅ、誰が虫だって?」


 訳の分からない二人の会話に、イーディスは早々に聞くのを止めた。ああいう時のアレンには、関わらない方が身のためなのだ。兄は怒ると怖い。


 イーディスは、改めて賑やかな会場を見渡した。自分が立食形式を発案した手前、参加者の反応が気になってしまう。


──うん、自分で取るのも全く抵抗ないみたいね。


 貴族が自分で食事を取るのは抵抗があるかとも思ったが、全く問題はなさそうだ。どの人も楽しそうに談笑している。初めての試みとなった立食形式は概ね受け入れられているようだ。


 それにしてもやはり料理が美味しそうだ。朝から慌ただしかったので食べるものも食べていないのだ。そう思い出した途端、小さくお腹がなった。


 イーディスは、笑顔でガンを飛ばし合うオズワルドとアレンへと向き直った。


「あの…ちょっと私は別行動してきてもいいですか?」

「「 ダメだ 」」


 二人に仲良くハモられる。一縷の望みを抱いてルーカスへと視線を向けるも、苦笑しながら首を振られてしまった。


「理不尽だ……」


 イーディスが不満を口にした時、オズワルドにぐいっと腰を抱かれて傍へと抱き寄せられた。アレンが何か言いたそうにするが、すぐに一歩後ろへと下がってしまった。


 何なのかと思えば、こちらに向かってくる老夫婦がいた。美味しいものを食べたければしっかり働けという事だろう。来客対応再開に備えて気持ちを切り替えたイーディスは、令嬢スマイルを貼り付けた。


 老夫婦のあともオズワルドへ挨拶とお祝いを述べに来る人はひっきりなしにやってきた。おそらく全ての参加者と挨拶をしなければいけないのだろう。


 そんな訳で、ようやく人の列がなくなったのは、宴が開始してから数時間も経ってからであった。ローストビーフなど既に四回以上追加されている。


「ふぅ……」


 長時間の来客対応が終わり、イーディスは思わず声を出して息をついてしまった。それに気付いたオズワルドが労るように声をかけてきた。


「ずっと立ちっぱなしで疲れただろう。別室で休んでくるか?」

「オズワルド殿下は?」

「一応主催者だからな。俺が抜けるわけにはいかない」


 オズワルドもずっと立ちっぱなしだったのに休む気はないようだ。ただ笑っていたイーディスよりも疲れているはずなのに大したものだ。


「それでは、申し訳ないのですが少し休んできてもいいですか? すぐに戻りますので」


 遠慮がちに尋ねると、オズワルドは快く了承してくれた。


「もちろんだ。案内をつけるから少し待ってくれ」

「あ、大丈夫です。休憩室の近くには係員もいますし」

「しかし……」


 なぜかオズワルドは渋っている。アレンもルーカスも心配そうにこちらを見てくる。いい歳して迷子になると思われているのではないだろうか。こういう時は察してほしい……。


「………お化粧も直したいので一人で行きます。付いてこられては困ります」


 イーディスが恥を忍んでそう言えば三人は納得してくれた。ちなみに今のは遠回しに、お手洗いに行きたいと言ったのだ。レディとして恥ずかしすぎる。


 無駄な精神ダメージを負ったイーディスは、オズワルド達と別れて賑やかなホールを後にした。一応後ろを確認するが誰も付いてきてはいない。


 休憩室の前を通り過ぎ、係員へ挨拶をしてすれ違う。見覚えがあると思ったら、係員はルーカスの部下であった。警備兼係員をしているようだ。


 お手洗は、休憩室を越えて角を何回か曲がった先だ。少し離れているためか、この辺りには警備も係員もいないようであった。


 お手洗いを済ませて休憩室まで戻ろうとした時、たまたま係員を見つけた。知らない顔だが、先程のルーカスの部下と同じ服装なので彼も係員で間違いないだろう。ちょうどいいと思い、空いている休憩室がないか声をかけた。


「申し訳ございません。現在休憩室は満室で……」

「えぇ……」


 休む気満々だったイーディスは思わず情けない声を上げた。係員も申し訳なさそうに苦笑している。


「マクレガー侯爵令嬢ですよね。少し離れますが特別に部屋を開放しましょう……オズワルド殿下には内緒ですよ」


 イーディスがあまりにも残念そうだったからか、係員がそう提案してくれた。


 許可されていない部屋を使ってもいいものか引け目はあったが、正直魅力的な提案であった。ふくらはぎが悲鳴を上げていた事もあり、お言葉に甘えることにした。


 係員は、周りを気にしながら薄暗い通路にある一室へと案内してくれた。ここは普段来客に使われる小さな応接室だ。今日は使用しないため廊下も灯りを落としていたのだろう。


「それでは、ごゆっくりどうぞ」

「ありがとう」


 係員が下がるなり、イーディスはソファへ倒れるように座り込んだ。誰もいないのだから、このくらい行儀が悪くていいだろう。


「ふぅ~、疲れた……」


 ヒールを脱ぎ捨てると一気に足が楽になる。会場から離れたこの部屋は、静かで休憩に最適であった。


「宴も好評みたいで良かった。次に出勤したら最終金額をまとめなきゃ」


 考えに耽りながら凝り固まったふくらはぎのマッサージに専念していると、カチャリと扉が開く音が聞こえた。反射的に扉を見ると、そこには見知らぬ一人の青年が佇んでいた。


「……やっと会えた」


 その声は、歓喜に満ち溢れたような──どこか陶酔的なものであった。

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