第10話 まさかの遭遇
「ふふ、面白い話しがたくさん聞けたわ」
鍛冶屋との会話はイーディスにとって大収穫であった。珍しい武器を見た経緯、鉱物の産地や特徴……一見して財務とは無関係に思えるが、ものは考え方次第である。
「全く『宣伝も兼ねて』なーんて上手いこと言って、オレの短剣を研がせるとか……ちゃっかりしてるんですから」
「あら、ギブアンドテイクよ。あれを見て包丁を研いで欲しいって相談がきてたじゃない」
イーディスが短剣(実際はポールの物)を研いでほしいと言ったのは、デモンストレーションのためだ。予想したとおり、興味深そうに足を止める人が続出した。出来栄えの良さを見た後は、早速客が来たくらいだ。
「確かにあのおっちゃん、腕はいいっスね。切れ味抜群になりましたし」
出来ればこれを使う事態にはならないでほしい。切れ味が良すぎて手加減するのが逆に大変そうだ。ポールは苦笑しながら隠し持った短剣に思いを馳せた。
「つーか、武器なんて買ってどーすんスか？ おじょ…イーディスさんには危ないっスよ」
「ああ、あれ？ トム爺にあげようと思って」
「トム爺さんに？」
トム爺とはマクレガー家の使用人だ。草木をこよなく愛する、ちょっと頑固な庭師である。
庭師と短剣──結びつきが全く分からない。瑞々しい果実を頬張るイーディスの隣で、ポールは疑問符を大量に量産しながら首をひねった。
「あの形、草を刈るのに便利そうじゃない？ トム爺にぴったり」
「…………」
イーディスのぶっ飛んだ考えにポールの魂が空へと昇りかける。護衛を務める程の腕前であるポールは、あの短剣がどんな物か知っているのだ。
──アレ、殺傷力えげつない武器のはずなんスけど…。
人を傷つける道具を草刈りという平和的な使い方に変えるとは。流石はマクレガー家の至宝である。思考力も発想力も常人とは異なっている。
「……オレ、お嬢のそういう平和的なとこ好きっスわ～」
「何それ？ バカにしてる？」
「いやいやいや、チョー褒めてますって。世の中平和が一番っスよね」
「褒められてる気がしないんだけど……」
「褒めてる、褒めてる。めっちゃ尊敬してますって。ほら、俺の分のいちごあげますから」
さりげなく流された気がして胸の内になにかがつっかえたような何とも言えない気持ちになる。それでも差し出されたいちごにはありがたく食いつく。端から見ればすっかり恋人同士のようだ。
「で、まだ市場は見るんスか？」
「そうね……もう少し見て歩きたいわ」
次は何を食べようか、そう考え出したイーディスの背後で一人の人物が足を止めた。
「………イディ？」
イーディスは、はじかれたように振り返った。こんなところで愛称で呼ばれるような知り合いはいない。
そこにいたのは美しい青い目を大きく見開いて驚く人物が一人。生成りのブラウスに革のズボン──下町の男性がよく着る格好だが、高貴なオーラが隠しきれていない。その人物は……。
「オ、オズワ──む、むぐっ！」
「お嬢、ここで名前を出すのはまずいっスよ」
「オズワルド殿下」と、その人物の名を口にしそうになったイーディスの口を、ポールが素早く手で塞ぐ。ここは数多くの人が行き交う市場だ。「王族」がここにいるとなると大騒ぎになりかねない。
オズワルドに視線を戻せば、いつもより険しい顔でこちらを見ていた。危うく正体をバラしそうになったイーディスに物言いたいのだろう。早足でこちらへやってくるオズワルドの顔が怖い。
「イディ、なぜここに？ それにこの男は？」
「えぇと、今日は休みなので散策に来ました。こっちは護衛兼荷物持ちのポールです」
ポールを見るオズワルドの目つきは、まるで不審者を見るかのように鋭く厳しい。何をそんなに警戒しているのかと疑問を感じていると、ルーカスと数名の護衛の姿が見えた。目が合うなりなぜか気まずそうに頭を下げられる。
「護衛兼荷物持ち……それにしては随分親しそうだな」
「えっ？」
親しいと言えばそうかもしれない。ポールはイーディスが幼い頃からマクレガー家に仕えている。嫡男として忙しい兄のアレンに代わり、よく遊んでくれたのがポールだ。イーディスにとって、よき遊び相手でもあるのだ。
「まぁ、ポールとは長い付き合いですから。私が城下に行くときはいつも一緒ですよ」
この発言に、オズワルドがイーディスのことを憎からず思っていることを知っているポールとルーカスが焦った表情になる。
イーディスはオズワルドがポールに嫉妬をしていることに微塵も気付いていないのだ。案の定、オズワルドは「長い付き合い」「いつも一緒」というところにはんのうし、盛大に眉間に皺を寄せた。
「どうかしましたか？」
人畜無害な顔できょとんとするイーディスの後ろでは、思わぬ巻き添えを被ったポールがゆっくりと半歩下がる。
──お嬢のバカー！ オレが社会的に抹殺されたらどうすんスか！！
内心ではそんな気持ちでいっぱいだ。もちろん使用人のポールがそんな事を言えるはずもない。
「……そういえば、イディは城下を歩く機会が多いらしいな」
「そうですね。市場調査は大事ですから」
何か言いたそうに見つめてくるオズワルドにイーディスは首を横に傾げた。そこで、ふと気付いた。オズワルドの側近である兄・アレンがいないのだ。
「そういえばアレンお兄様はいないのですか？」
「ああ。アレンには書類仕事を任せてきた。俺は少し調査があってな」
調査とは言え、王太子が少数の護衛だけで外出しても大丈夫なのだろうか。まぁ、ルーカスは相当な腕前と聞くので一人でも問題ないのだろう。
そんな事を思っていると、オズワルドが意を決したように口を開いた。
「イディ、この後時間はあるか？」
「はい、夕方までに帰ればいいので…？」
イーディスをデートに誘いたいオズワルド、オズワルドの意図に微塵も気付かないイーディス。二人の間に微妙な空気が流れる。
「……(お嬢、鈍いにも程があるっしょ)」
「……(殿下、もっと分かりやすく言えばいいのに)」
ポールとルーカスは表には出さないが、己の主人達に呆れていた。オズワルドは言葉足らずだし、イーディスは鈍過ぎる。
素直にデートに誘えないオズワルドは、言質は取ったとばかりに形のよい唇を持ち上げた。
「それなら、少し俺に付き合ってもらおうか」
「市場調査のお手伝いですか？ それなら少しはお力になれると思います。私で良ければお供いたしますよ」
この答えを聞いた護衛二人は遠い目になった。
心なしかオズワルドも遠い目をしている。それでも断られなかった事に安堵はしているようだ。
「……ウチのお嬢がすんません」
「……いえ、こちらこそ決め手に欠ける主で申し訳ない」
護衛二人が秘かにこんな会話をしているのだが、当の二人には聞かれることはなかった。
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